041 幼女と無言で見つめ合っても恋には発展しませんでした。
――アゼルライムス帝国北部、デモンズブリッジにて。
「うーわ、めっちゃいる……!!」
魔王城の手前、デモンズブリッジに到着した俺は目の前の光景に吐き気を催しちゃいました。
だってさ……真っ黒なんですもん。
あの巨大な橋も、空も、橋の下の崖にも、ゾンビみたいになっちゃった元世界ギルド連合軍の兵士達で犇めいているんだもん。
何万人いるんだか知らないけど、もうこの世の終わりだろこれ……。
「あいつら大丈夫かなマジで……。ユウリのメッセージを読んだ感じだと、たぶん魔王城で籠城してるんだと思うんだけど……」
俺は前方で犇めいているゾンビ達を無視して、その奥に佇んでいる城に視線を向けます。
……うん。城も真っ黒。まあ元々魔王城だから、ていうか今でも魔王城だから、あんまり色的には変わってないけど……。
――キラリ。
「…………ん? あれって…………?」
俺は真っ黒になった城の上空に視線を移しました。
そこから猛スピードでこちらに向かって降下してくる巨大な竜がいますね。
うわ、なにあの立派な竜。……あれ? なんか口を開きましたね。
あー、エネルギーが集約されてね? 口に。うん。
『――《竜の炎》!!』
「あちぃ!! 何すんだよ、このドラゴン! 三枚におろされたいんかっ!!」
いきなりドラゴンブレスをかましてきた巨大竜に俺はとっさに黒剣を抜きました。
……いや、待てよ。どっかで見たことあるな、このドラゴン……。
『この馬鹿カズハっ! ここには来てはいけないという、ユウリからの伝言を確認していないのですか!?』
「……あれ? なんだぁ、ルルじゃん。ビックリさせるなよー。危うく狂暴なドラゴンに襲われたかと思って黒剣抜いちゃったよー。…………。いや! 今お前、ドラゴンブレスかましてきたやろ! 危ねぇな! 何すんの!」
『そんなことはどうでも良いんです! 今すぐここから立ち去りなさい! でないともう一発、特大のをお見舞いします!』
「何で!? 意味分からないんだけど!?」
俺の目の前に着地したドラゴン――もといルルは牙を剥き出しにして執拗に俺を追い払おうとします。
どうしちゃったんだろう、この幼女……。
もしかしてジェイドに操られてるとか……?
「いいからそこをどけ、ルル。俺はジェイドをぶっ飛ばしに行く」
『いいえ、ここは通しません! どうして分かってくれないのですか? カズハの持つ魔力がジェイドに奪われてしまってからでは遅いのです!』
うーん……。そういえばこの三周目の世界で最初にルルと出会った頃も、こんなやりとりがあったような……。
あの時は世界のために勇者に協力(?)して、魔王を倒せとか言ってたっけ……。
断ったらいきなりドラゴンブレスぶっ放してきたよな……。
あんときはマジでムカッときたけど……。
「…………よし。そういうことなら、これしか方法はない」
『わ、分かってくれたのですね……! もう間もなく敵軍の対空部隊が私を追ってここに到着するでしょう……! その前に早くここから立ち去り、エルフィンランドに残っている大臣達とドベルラクトスのラドッカ・ドドラコス族長に連絡を取り、今後の対策を――』
「《緊縛》」
『…………』
ウインドウを操作して、陰魔法の『緊縛』を選択。
次の瞬間、ルルの足元に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり――以下略。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う二人。
そしてここから恋へと発展――することはありませんでした。
「……何を、して、いるの、ですか?」
「え? 見て分かるだろ。『緊縛』かけたの」
見る見るうちに顔が高揚していく幼女。
ていうかすでに怒りで声が裏返っちゃってます。
「『緊縛』……? 『緊、縛』? なに、それ……?」
「えー、お前精霊のくせに陰魔法の『緊縛』も知らねぇの? いいか、『緊縛』ってのは使った相手の能力を封じ――」
「そうではありませんっ!!! どうして! この大変な時に! 私の話もまともに聞かずに! そんな馬鹿な魔法を使ったのかって! 聞いているのです!! 馬鹿なんですか! ええ、知ってましたとも! 貴女は馬鹿で! 馬鹿で! そのうえ馬鹿なことは! 全員……ええ、私達全員、知っていましたとも!!!」
「褒めるなよ」
「褒めてない!!!」
……幼女の唾がさっきから顔にすっごい飛んできます。
そんな至近距離で怒鳴られたら、耳がキーンってなって聞こえなくなっちゃう……。
「ユウリから魔法便は届いたのでしょう! ジェイドは相手の能力を奪うのです……! 無の……、無の魔術禁書の力で!!」
声を震わせてそう言ったルルは俺から顔を離し、その場で頭を抱えて蹲ってしまいました。
あー……なるほどね。そういうことか。
ここにきて、存在するかどうかも分からなかった無の魔術禁書がジェイドの手に渡ってたと。
ふーん……。無の禁断魔法の効果は『対象の能力を奪う』かぁ。
えげつねぇ魔法だなぁ……。
「それに加え、エルフィンランドの秘剣である『妖精剣フェアリュストス』まで手に入れたジェイドは、もはや敵なしと言えるでしょう……。『破理』の効果でこの世の常識を破壊し、その破壊したものさえも無の禁術で自らの物にしてしまう……。そしてそれらを自在に他の者に与えることすらできるのです。ジェイド以外の『四皇』から奪った不死魔法は新たな『四皇』――レイヴン・リンカーン、マルピーギ・ゾルロット、スパンダム・グラッチに分け与え、更にはユウリ達の能力もすでにほぼ全てが奪われてしまいました」
「え? マジで!? それもう絶体絶命ってやつじゃん!」
「だから言っているのです! ここでカズハの能力まで奪われたら、世界の破滅が決定してしまう……! だから私達は貴女に一縷の望みを賭けたのです……! 今すぐエルフィンランドを経由し、ドベルラクトスのラドッカ族長に事情を説明して協力を仰いでください! ジェイドらに国宝の一つである体の魔術禁書を奪われたかの国であれば、世界の危機に知らぬ顔を続けているわけにはいきませんし、魔法遺伝子の研究支部があるリーングランドにはガゼット博士の研究データがまだ残っています! それを使って破理の剣と無の禁術に対する対策をどうにか――」
「『どうにか』って、そんなもん、どうにかなるもんなの? ていうかお前らは? ユウリ達は籠城戦をしたままなんだろ?」
さすがにもう、ジェイドが得た能力をどうにか出来るような研究データとか残っていないだろうし……。
残ってたとしても、ユウリやガゼット博士がいなけりゃどうにもならないと思います。
対抗策ができた頃には、とっくに世界は終わってるだろ。
……いや、ていうかそれ以前の話なんだけど。
「私達のことは……もう諦めて、下さい」
「はぁ?」
「これが……そう、きっとこれがカズハの『試練』なんです。ユウリが言っていました。貴女にも、アルゼインと同じ『依存症』があるのだと。貴女は仲間のことを想い過ぎる――」
「…………」
「……カズハ。貴女は『王』なのです。そしてこれは『戦争』――。仲間同士の仲良しごっこでは済まされません。時には仲間を、部下を見捨てる選択も必要です。……もう一度だけ言います。私達はカズハに一縷の望みを賭けました。どうか……分かってください。これは私達全員の望みです」
ルルは真剣な表情で俺を見上げます。
冗談なんか一つも無い。死を覚悟した表情で。
だから俺は、一旦深呼吸をしてそれに応えました。
言うべきことは、たった一言――。
「嫌だ」
「……!!」
俺は首の骨を鳴らし、ルルの肩をぽんと軽く叩きました。
そして久しぶりに、心の底から怒りが込み上げてきました。
「お前らにそんな『覚悟』を負わせたジェイドが許せねぇ。それに俺がお前らのことが好きなのが『依存症』っていうんなら、それで全然構わないし。なんか都合悪いのか? 依存してたら」
「それは――」
黒剣を抜く。手加減は無し。
最初からフルパワーで雑魚は無視。
敵の親玉の首を最短最速で狙う。
そしてふと思い立ち、ウインドウを開き陰魔法を選択。
『鎖錠』を使用し、自身の左腕とルルの拘束具の右腕を繋ぐ。
「……え?」
「お前も連れて行く。まあこのまま一人にもしておけないしな。だから目の前で見てろ。俺の戦いを」
「ええっ!? きゃっ――!」
ルルの言い分も聞かず、俺は彼女を肩車して地面を蹴った。
音速で宙に舞った俺はデモンブリッジを飛び越え――。
――いざ、ジェイドの待つグランザイム城へ。




