037 もう鹿なのか蜘蛛なのか分からないから刀でスパッとやっちゃって下さいゲイルさん。
精王歴4995年、末日――。
異形と化した七万もの新生物兵士を率い、帝国領土に攻め入ったジェイド・ユーフェリウスは瞬く間に帝都アルルゼクトを制圧。
それに伴い帝国軍は市民を誘導し、エーテルクランの街まで後退。
また帝都よりほど遠い地域に住む者は港町オーシャンウィバーや港町グランザルより出航させ、エルフィンランドに向け避難を開始させた。
帝都を制圧した新生物部隊は、次なる目標を魔王城グランザイムへと移行。
すでに先行部隊を率いた『十手』スパンダム・グラッチは空より奇襲を開始。
また地上部隊を率いた『双剣』マルピーギ・ゾルロットは精霊の丘まで制圧を完了していた。
異常な速さで侵攻してくる敵軍に対し、魔王軍宰相ユウリ・ハクシャナスは対抗部隊を編成。
『十手』にはゲイル・アルガルド、デボルグ・ハザード、ルーメリア・オルダインを将とした対空部隊を。
『双剣』には自身の他にグラハム・エドリード、リリィ・ゼアルロッド、エアリー・ウッドロックを将とした地上部隊を配備した。
魔王カズハ・アックスプラントの到着まで、あと僅か。
彼女の到着は人類の希望となるのか、それとも――。
◇
「やれやれ……。この世の終わりじゃねぇか。何だよ、あの空の色は」
グランザイム城、上空――。
『十手』スパンダム・グラッチが率いる新生物部隊の軍勢により真っ黒に染まった空を仰ぎ見て、溜息を吐く一人の青年。
彼は腰に差した刀をゆっくりと抜き、天に向かい刃の切っ先を向け目を細めた。
「けっ、ちょっと前まで『この世を終わらせようとしていた』野郎の言う言葉じゃねぇな、元勇者様」
「その話はもう勘弁しろよ、赤髪」
苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた青年は、しかし空から目を逸らさなかった。
彼の視線の先にいるのは異形の翼を生やした敵将だ。
すでに能力などの情報は聞き及んでいるはずだが、何かが違う。
ゲイル・アルガルドは本能でそれを察知していた。
自身と同じ『体質』。
奴は、恐らく――。
「ここまで来て喧嘩なんてしないでよ、まったく……。ねぇ、デボルグ。あの『十手』とは前にも戦ったことがあるんでしょう? 確か、蜘蛛の化物……だったかしら」
「ああ。目に見えない蜘蛛の糸のような物を操って、相手の自由を奪いやがる。それにあの得物――。ありゃ十手っていうより棍棒だぜ、マジで。どんな腕力をしてるんだか」
ルーメリアの問いに答えたデボルグは首の骨を鳴らし戦闘の準備を整える。
過去の戦闘では辛くも勝利を収めたが、当時とは状況も違えば環境も異なっていた。
魔王からの報告では、蜘蛛以外に鹿のような化物にも変貌を遂げたとあった。
つまり、新生物因子を複数注入された複合型の新生物兵士ともいえる。
「『鹿』の能力は、あの馬鹿から得た情報しかないから詳しいことは分からないけれど……。でもきっと可能でしょうね。あのジェイドが持つ科学力は底が知れないってお父さんも言ってたから」
「科学力、ねぇ……。そんなモンで身体を強化されて、何が良いんだか俺には分からねぇけどな」
準備を終えたデボルグは後方で待機をしているエルフィンランド空軍らに指示を出す。
正確な数は把握できないが、恐らく上空を覆っている新生物兵士の数はおよそ五百ほどだろう。
先行部隊にしてはあまりにも少ないが、陰や陽魔法で周囲に潜伏している様子も見られない。
「雑魚はエルフィンランドの奴らに任せて、俺らは一気に『十手』を叩く。異論は?」
「あるわけないでしょう。ゲイルもそれで良いわよね?」
「…………」
ルーメリアの問いに返答せず、ただじっと空を見つめたままのゲイル。
顔を合わせ首を捻った二人だったが、沈黙を破ったのは敵将『十手』スパンダム・グラッチであった。
「!! 来るぞ!!」
「…………え?」
空から急降下してくる謎の物体。
三人はそれぞれ瞬時に地面を蹴り、その場を回避する。
「ちっ! あの野郎……! いきなり十手を投げつけてきやがったか……!」
城壁の一部を大きく破壊した巨大な十手は、すぐさま上空にいるスパンダムの手に戻っていく。
目には見えないが、恐らくあの十手には例の蜘蛛の糸が張り付けられ、それを自在に操っているのだろう。
それに気付いたデボルグ、ルーメリアの両者はお互いにタイミングを合わせ地面を蹴り、上空に飛び上がる。
「しっかり援護しろよ! ルーメリア!」
「分かってるわよ、そんなこと!」
デボルグに促され、ルーメリアは四宝の一つである『扇』を構えた。
彼女の周囲に無数の小さな光の粒子が集約していく。
「輝きを放て! 《神裁・旋風扇刃》!!」
「こっちも行くぜ! 光の龍よ、邪悪な者を噛み砕け! 《光龍波》!!」
デボルグの放った光の龍を追随するかのように、幾千もの光の刃がスパンダムに目がけて放たれる。
大きく口を開いた龍はそのまま彼を丸のみするかと思われた、その瞬間――。
【No Damage】
けたたましい音と共にスパンダムの頭上に青白いエフェクトが発生。
そして次々と衝突する光の刃。しかし表示されるのは同じ文字のみであった。
【No Damage】【No Damage】【No Damage】【No Damage】……………………。
「あれは……エルフィンランドでカズハがジェイドと戦っていたときに出現した文字……!」
「嘘……。だって、不死魔法が付与されたのは『四皇』だけなんでしょう……? どうして『十手』が……?」
地面に着地した二人は異常事態に気付き、その場で硬直してしまう。
四宝である『爪』と『扇』の二つの奥義をもってしても、傷一つ付けることすら叶わない。
「くくく……! くはははは……! これぞ我が主、そして世界の神となるジェイド様より与えられし新たな力……! 愚かな魔王軍よ! 魔導増幅装置を破壊し、いい気になっていたのだろうがそれもここまで! これぞ新生物の真骨頂……! とくとその目に焼き付けるが良い……!!」
バキバキと音を立て、蜘蛛の姿へと変貌を遂げるスパンダム。
しかし変化はそれだけでは終わらない。
巨大化はさらに進み、大きな鹿の角を生やしたこの世の者とは思えない化物へと進化する。
八本の腕、巨大な翼と角――。
複数の新生物因子を極限まで注入された戦士は、不死の身体を手に入れ世界最強の怪物として生まれ変わったのだ。
「――《時空移動》」
「!!」
何の前触れもなく空間が斬り裂かれ、そこから出現したのはゲイルだった。
間一髪、居合を避けたスパンダムは翼を羽ばたかせ上空に待機している新生物兵士らに指示を出す。
「くく、『次元刀』か。確かにお前のその刀は厄介だ」
「けっ。簡単に避けておいてよく言うぜ」
それだけ言い残し再び時空の狭間に姿を隠したゲイル。
再び姿を現したときには、すでにデボルグとルーメリアの背後でつまらなそうに溜息を吐いていた。
「……どういうことだ? お前の『刀』だったら、あの野郎の不死魔法を破れるっつうわけか?」
釈然としない表情でゲイルに質問を投げかけるデボルグ。
「そんなわけねぇだろうが。この世に不死魔法を破る方法なんざ、存在しねぇだろうよ。……だが、頭を使えば戦い方は無限にあるってだけだ」
「頭を使う……?」
彼が何を言いたいのか理解できず、ルーメリアに視線を向けたデボルグ。
「……なるほど。そういうことね。つまり、前にカズハがジェイドにやったのと、同じような方法よ」
「同じ方法っつったって…………あっ、そういうことか!」
ポンっと手を叩き瞳に輝きを取り戻したデボルグ。
同じ方法――つまり無理に倒す必要などなく、無力化することに専念すれば良いというわけだ。
次元刀で空間を斬り裂き、そこにスパンダムを封印する。
魔王カズハはかつて二度、不死の者との戦いに勝利していた。
魔獣王ギャバランを倒した際は、月にまでかの者を吹き飛ばしたという実例もある。
戦いに『絶対』など存在しない――。
それは敵とて同じことだった。
「……いや、方法があるのは分かったけどよ。敵さんにもそれがバレてるんじゃ、もう二度目はねぇんじゃねぇか?」
「ああ。無いだろうな。さっきの一撃で仕留められなかったのが悔やまれる」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったデボルグ。
千載一遇のチャンスを逃したというのに、ゲイルは悪びれた様子もなく再び鞘から刀を抜いた。
「だが俺らで奴を止められなければ、それで終いだ。恐らく他の奴ら――『双剣』と『重剣』も同じく不死魔法を得たと考えて間違いない。カラクリは分からねぇが、ユウリ達だって今頃苦戦してるんだろうぜ。つべこべ言ってねぇで、やるしかねぇだろう」
それだけ答えたゲイルはもう一度次元の狭間に身を隠す。
その場に一人残されたデボルグはトレードマークの赤い髪を掻き毟り、大声を発して気持ちを落ち着けようとしていた。
「だああぁぁ! もう知らねぇ! おい、ルーメリア!」
「うるさいわね! いちいち名前を呼ばないでよ、この馬鹿デボルグ! 分かってるっての!」
阿吽の呼吸で同時に地面を蹴った二人は、ゲイルをサポートするため攪乱作戦に移行。
少しでもスパンダムの気を逸らせ、ゲイルの『刀』による一撃に賭ける――。
――三つの光は不死の者を阻止することが出来るのか否か。