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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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035 なんかヤバい予感がするんだけど、とりあえず末代まで祟るのだけはやめてもらいます。

 ――アゼルライムス帝国北部、およそ1500ULウムラウト

 魔族の領土デモンズ・テリトリア中心部、グランザイム城にて。



――――――――――

おい! ユウリ! なんかヤバいことになってるよ!

聞いて驚くなよ! なんと聖堂騎士団がみんなゾンビになってるんだよ!

俺もう、おしっこチビるとこだったよ! だって急に四人くらいが合体したらビビるだろ普通!

……いやそんなことはどうでも良いんだけど、これってヤバくね? 

ジェイドの野郎、絶対またなんか企んでるっしょ!

俺もこれから魔王城に戻るから、対策のほう頼むね! あと美味しい紅茶も用意しといて!


みんなのアイドル カズハちゃんより


PS.

セレンへ。末代まで祟らないで。

――――――――――



「…………」

「…………」


 王の間に集まっているのは魔王軍の錚々たる顔ぶれであった。

 さらには帝王ガロン・アゼルライムス、その妻デメル王妃。

 そしてエリーヌ皇女殿下やエルフィンランド宰相であるザノバ・ストコビッチの姿も見える。


「……はぁ。あのお馬鹿は相変わらずだねぇ」


 魔王カズハからの魔法便を読み終えたアルゼイン・ナイトハルトはどこか嬉しそうな表情で溜息を吐いた。

 それを傍から見ていた姉、レベッカ・ナイトハルトもまた同じように溜息を吐く。


 円卓のテーブルに並び座った面々は、皆カズハの到着を心待ちにしていた。

 言いたいことは山ほどある。

 だがそれらは全てが終わった後、世界が平和になったその時に投げかける言葉だと各々が心に決めていた。


「『対策』ねぇ……。おい、ユウリ。あの馬鹿が一体何を見てきたのか、この文面だけじゃなんとも言えねぇが、明らかに何か・・が起きてるのは間違いねぇだろうな」


「うん、そうだろうね。それにカズトが見たという聖堂騎士団は恐らく、帝国領土に最接近していた前衛部隊の残りだと思う。つまり『剛盾』が撃破された直後に撤退した部隊が、再び領土近くまで進行していたということになる」


 デボルグ・ハザードの問いに答える形で口を開いたのはユウリ・ハクシャナスである。

 彼は何度も魔法便の内容を読み返しては顎に手を置き、真剣な眼差しで仲間全員を見渡している。

 そして一呼吸置いた後、再び口を開いた。


「……まず、僕らが最優先で行うべきことは、『精霊であるルルを保護すること』であることは変わらない。そして次に守るべきは、『僕ら自身の命』だ。ジェイドが狙うとしたら、まずはこの二つ、もしくは両方同時である可能性が非常に高い。理由は……もう皆も分かっているよね?」


「ルルちゃんを狙っているのは、不老魔法ディストピアを完成させるため。私達の命を狙うのは、それがカズハにとって『最大の弱点』であるから……アルよね」


 おもむろに口を開いたのはタオである。

 彼女の言葉を聞き、隣に座っていたルリュセイム・オリンビアは少しだけ肩を揺らす。

 それに気付いたレインハーレイン・アルガルドは彼女の肩に優しく手を置いた。


「うん。これはカズト個人の問題――言ってしまえばアルゼインと同じ症状・・・・だよ」


「同じ症状?」


 ユウリのこの言葉に眉を顰めたのはアルゼイン・ナイトハルトである。

 だがその場にいた彼女以外のほぼ全て・・・・の面々が、すでにそのことに気付いていた。


「簡単な話さ。『依存症』――。お前がカズハに依存しているのと同じように、あいつもまたお前を含めた・・・・・・仲間全員に・・・・・依存している・・・・・・っていう話だろう?」


「でもそれは……ここにいる皆さんも、私も、カズハ様と想いは同じなのでは?」


 レベッカの答えに満足がいかなかったのか、セシリア・クライシスが口を挟む。

 しかし、その言葉に続く者は誰もいない。

 セシリアは更に何かを言おうとするが、それをセレニュースト・グランザイム八世が制した。


「……お前はまだカズハと知り合ってから日が浅いから知らぬだろうが、奴が我らに向けた『愛情』、『信頼』、『友情』はもはやそういうレベルのものではない。我らとて仲間同士、命を張って守る物もあれば、時に仲間全員、もしくは国全体のために何かを犠牲にすることもやむなしと考えるだろう」


「……でも、カズハ様は決してそのような考え方をいたしません。もっと言ってしまえば、国がどうなろうとも、世界が破滅に向おうとも、自らの命を落とすことになったとしても――彼女はきっと『私達』を選択するでしょう」


 セレンに続き口を開いたレイ。

 そしてジェイド・ユーフェリウスがその弱点に気付き、行動を起こしているという事実。

 驚異的な魔力を取り戻したカズハがいたとしても、一抹の不安を拭いきれずにいるのが現状である。


「僕らの『最大の戦力』が、『最大の弱点』と表裏一体にあるからこそ、僕らのほうで彼女をサポートしてあげないといけないんだ。……まあ、その辺はこれまでと同じだから引き続き注意するとして、問題なのは何故、撤退したはずの聖堂騎士団がゾンビ化して帝国領土に再進行してきたのか――」


「んなもん決まってるだろ。ジェイドの野郎が最終決戦に挑む気だからだろう? ゾンビっつうのも、俺らが散々見てきた新生物キメラ化に違いねぇだろうし、『剛盾』、『血槍』、『鼠刃』と立て続けに撃破されたら、後はもう残りの部隊で総攻撃しかねぇじゃねえか」


「いや、それならば一度全軍を撤退させ、作戦を練り直すはずだ。『四皇』にはジェイド以外にも連邦国、共和国、公国の三大国の代表もいる。カズトの魔力覚醒の情報はとっくに敵に渡っているはずだし、勝ち目の無い戦争を長引かせても無意味だろう。彼らとて、僕らが殺戮の限りを尽くして世界征服を目論んでいるなどとは到底考えてはいないだろうから、すぐに戦いを終わらせて次の作戦に移ったほうが遥かに効率が良いと思う」


「……まぁ、そりゃそうだろうけどよ」


 ユウリの言葉に押し黙ってしまうデボルグ。

 他のメンバーもまた、ジェイドの不可解な行動に頭を悩ませていた。


「……ガゼット博士。博士はどうお考えでしょうか? ここに来てジェイドが全軍を率いて進行してくる根拠――。僕にはどうも、彼が勝利を確信・・・・・しての行動・・・・・に思えて仕方がないのですが……」


「まさか……!」


 ユウリの言葉に驚きの声を漏らしたミミリ。

 底の知れぬ相手だからこそ、彼らの警戒心は最高潮に達していた。


「…………可能性があるとするならば」


 少し時間を置いた後、おもむろに口を開いたガゼット・オルダイン。

 その場にいる全員が息を呑み、彼の発言を待つ。


「いや、過度な期待はしないで聞いてもらいたい。本当に、僅かだが『可能性がある』というだけの話だ。私はずっと引っかかっていたのだよ。ジェイドはどうやって・・・・・聖堂騎士団を・・・・・・新生物化・・・・させたのかと・・・・・・


「どうやってって……お父さん。カズハの手術の時のように、魔法元素オールエレメントを抽出して魔法核融合をするわけじゃないんだから、無の媒体ゼロ・メディウムを必要としないじゃない。新生物キメラ因子――つまり、あのジェイドや他の『四皇』の魔法核内にある特殊な魔法遺伝子の塩基配列を抽出した因子を浸した培養液に数日間浸せば…………あっ!」


「そういうことだ。聖堂騎士団以外の敵軍も、全て新生物キメラ化していると考えるとおよそ七万の兵。それだけの兵士を新生物キメラ化させるには議会の財力があったとしても恐らく数ヶ月はかかるだろう。時限装置のようなもので意図的に発現を遅らせることは可能だとは思うが、兵士全員を・・・・・一斉に・・・新生物キメラ化させることは不可能だ。生物には個体差があるからね」


 そこまで言ったガジェットは一旦言葉を切る。

 新生物キメラ化された大勢の兵士達。

 どのようにして短時間で大量の新生物部隊を造り得たのか。


 ――その答えは、一人のエルフ少女が持っていた。


「……あのぅ、もしかしてそれって私の国に伝わるアレ・・のせいなんじゃ……」


「どうしたアルか、エアリー。何か知っているアルか?」


 おずおずと右手を上げて発言したのはエアリー・ウッドロックである。

 しかし急に全員の視線が彼女に集まり、落ち着きなく周囲を見回すことしかできない。

 そこに助け舟を出したのはエルフィンランド宰相であるザノバ・ストコビッチであった。


「ええ、その可能性がありますな。……いや、あるというよりも、それ以外は考えられませぬ。『破理』――すなわち理を破る。先ほどガジェット殿は『生物には個体差がある』と仰った。その理を破り・・・・新生物キメラ化の時限装置を同時に発動させることが可能である、エルフィンランドに伝わる秘剣『妖精剣フェアリュストス』ならば、あるいは」


「『妖精剣フェアリュストス』だと? しかし、あれは長年行方知れずとされた幻の秘剣じゃないか……!」


 堪らず口を挟んだアルゼイン。

 半分エルフの血が流れている彼女も、その存在を知る者の一人である。


「落ち着きなされ、アルゼイン殿。貴女も御存じの通り、秘剣の調査は当時よりリンカーン家が中心となり行われておりました。かの家にはエルフィンランドに伝わる二大秘剣の内の一つ、『重剣アルギメテス』があるのはご承知の通りです。その調査のための資金が何処から出ていたのか知らないわけではありますまい?」


「……資金は、ジェイド・ユーフェリウスが開発した魔導増幅装置アヴェンジャーの技術を連邦国に提供した見返りに得た物……。そうか……奴は秘剣を我が物にすることも計算済みで……」


「そういうことで御座います。ユウリ殿。これで謎が解けましたかな?」


 ザノバの言葉を聞き、皆がユウリに視線を集める。

 しかし顎に手を置いたまま浮かない顔をしている彼を見て、補佐であるデボルグは溜息交じりにこう言った。


「あーあ、やめやめ。『破理』だかハリネズミだか知らねぇが、ジェイドの野郎が全軍率いてラストバトルをかまそうっつうのは変わらねぇんだろう? カズハの馬鹿もすぐに到着するんだろうし、俺らがやることはたったの二つ。ほれ、新入りのセシリア」


「え? あ、はい……! ええと、『ルルさんを全力で守る』! 『誰一人死なせない』、です!」


「合格だ。それだけ守れりゃ、あとはあの馬鹿がどうにかすんだろ。相手はジェイドと化物将軍三人、それと七万の新生物キメラ兵士。デモンズブリッジの死守は当然だが、どうせ化物だから翼ぐらい生えてんだろ。空からの奇襲を最大限警戒して陣形を取る。これが最後の防衛戦だ! 気合入れていけよ、おめぇら!」


 バン、と円卓のテーブルを叩いて仲間達の気持ちを集中させたデボルグ。

 彼の号令により慌てて準備に向かう魔王軍の面々。


「……ユウリ君。何から何まですまないね」


「いいえ、ガロン帝王。こちらこそ王妃にはセルシアの面倒まで見ていただいて……」


「良いのですよ、ユウリ様。小さい頃のエリーヌを思い出させてもらっておりますから、私まで若くなったような気になりますわ」


 ゼメル王妃の腕の中には、少しだけ成長したユウリの子、セルシアが静かに寝息を立てて眠っていた。

 つい先日、つかまり立ちが出来るようになり皆が目を細めて微笑んでいたのが記憶に新しい。


「帝王と王妃、それにエリーヌ様とザノバ様はリリィが造った防護結界の部屋で待機を」


「ええ。この子のことは任せてくださいね。しかし、カズハさんのお母様は宜しいのですか?」


「彼女は最果ての地の住人と一緒に別区画に避難させております。カズトは帝国では魔王というよりも『戦乙女』で名が通っておりますからね。その母親ともあれば、住民は絶対の信頼を寄せて彼女の指示を聞いてくれますから」


 そう話すユウリの表情はどことなく母としての面影を見せていた。

 その返答に満足したデメルはセルシアを抱いたままリリィに促され、帝王らと共に王の間を後にする。


 仲間ら全員が持ち場に向かい、王の間にただ一人残ったユウリ・ハクシャナス。

 彼は目を閉じ、先ほどの疑問に思考を凝らす。


 ――破理。生物の個体差という『理』を破り、新生物キメラ化を同時発現。

 しかしそれだけで他の四皇が納得し、全軍進行という指示を出すだろうか。


 ――破理。破理。ことわり。それを破るということの意味。

 その能力は、不死をも・・・・破ることが・・・・・可能なのでは・・・・・・ないだろうか・・・・・・

 もしもそうであれば、辻褄が合う。

 他の四皇の・・・・・意向を聞かずとも・・・・・・・・進行に踏み切れる・・・・・・・・という辻褄が・・・・・・


 それと、あと一つ――。

 ジェイド・ユーフェリウスがこの戦いの勝利を、確信するに至った理由――。



「…………カズト。君の予感・・・・は当たっているのかもしれない」



 彼の言葉は宙に混ざり、そして消えていった。




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