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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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033 妖精剣と無の禁断魔法って、それアカンやつではないでしょうか。

 ――魔王カズハ・アックスプラントが共和国軍隊長、『鼠刃』瑠燕リュウヤンを討伐した直後。

 アゼルライムス帝国領海沖およそ200ULウムラウト

 世界ギルド連合軍艦隊本部、通称『精霊船ヘレスト号』にて――。



「一体これはどういうことだ! 『剛盾』に続き『血槍』や『鼠刃』までもが次々と敗北だと……!?」


 部下から魔法便で連絡を受けた『四皇』の一人、共和国宰相ハウエル・メーデーはそう叫び、勝利の美酒であったはずの高価な酒の入ったガラス製の陶器を床に投げつけた。


「聖堂騎士団、新生妖竜兵団、陽魔道士兵団……。そのどれもが世界最強クラスと謳われた兵力なのだぞ……! それがいとも簡単に撃破されるなど、あってはならないこと! 兵力増強にいくら投資したと思っておるのだ!!」


 ハウエルに続き叫んだのは同じく『四皇』の一人、公国の主教エルザイム・マカレーンである。

 彼は落ち着きなく周囲に向けて目を血走らせ、従者らは目を合わせまいと下を向くばかりであった。


「いや、それよりも問題なのはマクダイン卿だ。一人娘のシャーリーを軍に置くこと自体、彼は当初から反対をしていた。それが敵の捕虜となったとあれば、議会は我々に問責決議を出すであろう。……ジェイドよ。この度の計画は全てお前が主導して行ったもの。責任を取る覚悟は出来ておるか?」


 甲板に用意された王座から立ち上がりそう言ったのは、同じく『四皇』の一人、連邦国首相バルザック・レイサムである。

 彼は鋭い眼差しを一人の男に向け、回答をじっと待つ。

 先ほどとは打って変わり精霊船は不気味なほどの静寂に包まれ、息を呑む音だけが静かに木霊していた。


 男は軽く溜息を吐き、皆の視線を物ともせずにゆっくりと椅子から立ち上がった。

 『四皇』という肩書に未練などない彼は、それでも表情を一切変えずに周囲を見回している。

 

 彼――ジェイド・ユーフェリウスは考える。

 常に予想を遥かに上回る行動を起こす魔王のことを。

 彼女に対する分析はとうに済んでいるが、それでも予想の範疇を大きく逸脱する奇行、愚行。

 やはりこの手の者を黙らせるには、方法は一つしか存在しない。

 

 『最も愛する人』の死。絶望に次ぐ、絶望。

 再び立ち上がる気力させ失わせてしまえば、勝利をこの手に掴むことができる――。


「……やはり、それ・・しかありませんか。初めからそうしていれば、調子に乗らせることもなかったのですが」


「おい貴様、ジェイド……! バルザックの質問に答えぬか! 『四皇』の名に泥を塗りおって……! この半エルフめ!!」


「…………」


 エルザイムの叫びに周囲が気付かぬほど僅かに肩を揺らしたジェイド。

 それを感じ取った兵士らは一触即発の事態を防ごうと、慌てて彼らの間に割って入ろうとした。

 しかし、ジェイドは右手を上げてそれを制す。

 安堵の溜息を吐いた兵士らは後ろに下がり、膝を突いて頭を垂れた。


「……エルザイム様。質問にお答えしましょう。確かにこの度の計画――『第二次精魔戦争』を主導して行ったのは私と言えましょう。魔王を滅ぼすため、ありとあらゆる人、物、金を注ぎこみ、我らが野望の成就のために綿密に計画してまいりました。『剛盾』、『血槍』、『鼠刃』の陥落は予想外であったと認めましょう。――そして魔王カズハ・アックスプラントは、我らが・・・未だ把握していない・・・・・・・・・新たな力・・・・に目覚めたとも提言しておきましょうか」


「あ、『新たな力』、だと……!?」


 ジェイドの言葉に周囲にどよめきが溢れた。

 つい先日、ギルド公報で発表された魔王の危険度は『D』と認定されたばかりである。

 魔力値も中級魔道士レベルだと断定されたからこそ、世界ギルド連合は他の魔王軍幹部の対策に目を向けてきたのだ。

 それを根底から覆す発言を、『四皇』の一人が公の場で行うことの重要性――。

 すなわち、議会、世界ギルド連合、各国政府による調査の正確性に関わる重大な問題でもあった。


「そ、そんな話は聞いておらぬぞ……! あの黒剣のは偽物だとは聞いておったが、刀身は本物なのであろう……! 現に魔王から溢れ出る魔力の効果で八機もの魔導増幅装置アヴェンジャーが同時起動をしておるではないか!」


「ええ。しかし急激な魔力流動・・・・・・・があったのも事実。あれは魔王が新たな力に覚醒し、そこから・・・・零れ落ちた魔力の・・・・・・・・一欠片に過ぎない・・・・・・・・と考えれば、全ての辻褄が合います」


「そんな馬鹿げた話があるか……! 貴様、此度の罪を逃れようと嘘を言っておるのだろう!」


 ついに我慢がしきれなくなったハウエルは腰に差した軍刀を抜き、ジェイドの首に刃を当てた。

 再び精霊船は緊迫した空気に包まれるも、ジェイドは瞬き一つせずその刃に指を滑らせた。

 一筋の赤い線が指を裂く。だが数秒後には傷口が完全に塞がり出血が止んだ。


「我ら『四皇』は不死魔法エデンにより守られた身。このようなことをされても、死ぬことなど決してございません」


「ぐっ……! そんなことは分かっておる! おい、そこのお前! 彼奴をつまみ出せ! 連合軍は一時撤退させ、新たに力を得たとされる魔王の対策を早急に――」


 軍刀を鞘に納めたハウエルはジェイドに背を向け、兵士の一人に指示を出した。

 が、直後に彼の動きが止まり周囲は唖然となる。

 それもそのはず。

 ハウエルの肥えた腹を、宝石のように・・・・・・輝く刃が・・・・貫いていたからだ・・・・・・・・


「…………なっ……これ、は……一体…………?」


 真っ赤に染まった自身の腹から生えた剣。

 ジェイドにより背中から刺されたことに気付くまでに数秒を費やしたことだろう。

 何が起きたのか理解できないのはハウエルだけではない。

 その場にいる全員がその光景に目を疑った。


 ハウエルの出血は止まらず、彼はゆっくりと目を閉じ息絶えた。

 不死魔法エデンを付与されたはずの彼が死ぬということの意味――。

 口を開けたまま、何も言葉を発することができないエルザイム、そしてバルザック。


「……? ああ、この剣ですか。美しいでしょう? 『妖精剣フェアリュストス』。ガレイドに命じて秘密裏に捜索させていたのですよ。彼には体の魔術禁書を賊に奪われたというペナルティがあった。これでチャラとはいきませんが、それでもそこの・・・老いぼれ・・・・よりかは遥かに使える」


「き、貴様……ハウエルに、一体何を……」


 震える声でどうにかジェイドに質問したエルザイム。

 彼の言う『老いぼれ』とは、死ぬはずのない共和国の主導者を指す言葉であることはその場の誰もが気付いていた。

 目の前で起きた現実に目が眩み、青ざめたまま一歩、また一歩と後ずさるエルザイム。


「ええ、ええそうでしょう。何が起きているかも分からない。これまでの計画も全ては欺瞞・・・・・。それを今の今まで気付かない。……世界ギルド連合? 議会? 『四皇』と呼ばれ久しいですが、そんなものに何一つ価値などありません。それにすがり続けたあなた方は、これからの新時代には相応しくない」


 そう言いハウエルの身体から妖精剣を引き抜いたジェイド。

 と、同時に彼の周囲を赤黒い霧のようなものが覆い、バルザックは目を見開いた。


「その霧は不死魔法エデンの……! ジェイド……まさか、貴様……!!」


「はい、その通りで御座います。ハウエルに掛けられた不死魔法エデン。その効果をこうやって抜き取った・・・・・のですよ」


「ば、馬鹿な……! そのようなことが出来るはずが――」


「いいえ、エルザイム様。それができるのです。この妖精剣と――無の禁断魔法・・・・・・があれば・・・・


「!!?」


 一瞬のうちにその場を飛び退き、エルザイムの背後に陣取ったジェイド。

 そして未だ血が滴る妖精剣を横に振り抜いた。

 宙に舞う首。そしてゆっくりと地面に落ちたそれは鈍い音を上げた後にごろりと甲板を転がっていく。


「ぐっ……! 何をしている! ジェイドが乱心しておるのが分からぬのか! 全兵! 彼奴を即刻捕えよ!!」


「無駄ですよ、バルザック様」


「何を――」


 幅広剣を引き抜き、臨戦態勢をとったバルザックだがすぐに異常に気付く。

 周囲にいる兵士らの様子がおかしい。

 皆一様に頭を垂れたまま微動だにしないのだ。


『ううぅ……。ウグルゥゥ…………』

『ひひ……うひひひ………ヒヒヒヒヒ…………』


「……まさか……新生物キメラ化……か……?」


「ご明察。我が新生物キメラ部隊だけでなく、聖堂騎士団、新生妖竜兵団、陽魔道士兵団、その他全ての連合軍兵士の体内に新生物因子を仕込ませておいたのです。ふふふ……『妖精剣』、『無の禁断魔法』、そして新たな七万の新生物キメラ部隊――。これらが揃えば、私は覚醒した魔王すら凌駕できる……! ふはは、ふははは、ふはははははは!!!」


 精霊船はもはや世界の、もしくは人類の希望とは程遠い不気味な亡霊船と言えるだろう。

 ジェイドの笑い声が帝国領海全域を覆うように木霊していく。


「嘘、だったのか……? 精霊王を復活させるという、我らの悲願は……? 我らが租、アーザイムヘレストの夢であった不老不死は……?」


 死を覚悟したのか。バルザックの手から幅広剣が零れ落ち、彼は顔を覆い膝を突いてしまう。


「……くくく……ええ、嘘です。精霊王復活など、真っ赤な嘘。精霊王などこの世には必要ありません。必要なのは、ただ一人の『神』だけ。つまり――」


「!!」


 ――剣閃。

 肩から胴体を両断されたバルザックは痛みを感じる間もなく命を落とす。

 再び全身を赤黒い霧に巻かれたジェイドは剣の血を拭い、満足そうに天を仰ぎ見た。


「――私が・・神となる・・・・


 彼の呟きと同時に新生物キメラと化した兵士らが跪いた。

 その中より三人の兵士が彼の前に歩み出る。


「ジェイド様。全ての準備が整いました」


 新生物キメラ部隊隊長、レイヴン・リンカーンは彼の前に跪き、妖精剣を受け取った。

 その背後には同じくマルピーギ・ゾルロットとスパンダム・グラッチが彼に頭を垂れていた。


「ええ。では、不死魔法エデンを与えましょう。我が血を受けし、お前達に」


 ジェイドが手を振りかざすと、赤黒い霧が三人を覆う。

 そして体内に吸い込まれるように全身を侵食していった。


「ふふ……ふはははは! これが無の魔術禁書の力……!! 全ての能力を奪い・・・・・・・・他者に・・・与えることも・・・・・・できる神の力・・・・・・……!! もはや私に敵などいない! 後は精霊の娘を捕え、血肉を貪るのみ……! さあ、魔王カズハ・アックスプラントよ! 貴様の力も全て吸い尽くし、我が物としてやろう……!! ふはは、ふはははははは!!!」



 ――幻の秘剣、妖精剣フェアリュストス。

 そして幻の十三番目の属性、無の禁断魔法を得ていたジェイド・ユーフェリウス。

 


 魔王対世界ギルド連合の戦いは最終局面を迎える――。




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