030 馬鹿っていう奴が馬鹿だから俺は馬鹿って言われても少ししか気にしない。
――同時刻。
アゼルライムス帝国、帝都アルルゼクトより南約20UL。
帝国領土沿岸付近による防衛戦にて。
「醜い男共よ……! 私の舞にひれ伏しなさい! 《デビルチャーム・パペット》!!」
四宝のうちの一つ、『扇』を自在に操る可憐な女。ルーメリア・オルダイン。
怒涛の如く押し寄せてくる世界ギルド連合軍は、兵士のほぼ全てが魔導増幅装置により魔力が強化されるも、一騎当千級の彼らを封じるのは至難の業ではなかった。
「な、何という美しい舞……! この胸の高鳴りは一体どうしたことか!」
「准将! それは恋だ! 俺もこの舞姫に恋をした! もうどうにでもしてくれ!!」
悪魔のような魅惑の舞を放ったルーメリアに、強化された兵士らは次々と跪く。
そして後ろを振り向き、味方であるはずの連合軍に攻撃を仕掛けていく。
「ちぃ……! 陽魔道士部隊の二番隊と四番隊は連邦国軍八番隊に掛けられた魅了の解除を! 伝令! 聖堂騎士団の増援はまだなのか!」
「報告します! 敵将、エリアル・ユーフェリウスの放つ『弓』の長距離攻撃により聖堂騎士団の部隊は帝国領土沿岸部に到達できない模様!」
「大佐……! 陽魔道士部隊の『解魅』ではルーメリア・オルダインの放つ強力な『扇』の魔力に対抗できません! ……ひいぃ! 何をする! 敵はこちらではな――ぎゃあぁぁぁ!!」
「くそ! 連邦国軍一番隊及び陽魔道士部隊一番隊! ありったけの魔導増幅装置を起動し沿岸部に進行中の全兵士の魔力を最大まで出力させるのだ! 『四皇』には俺が責任を持って報告する!」
「駄目です! 両軍一番隊は『神の爪』デボルグ・ハザードの猛攻を防ぐのに手一杯です……! かくなる上は我らが戦艦に搭載されている遠隔操作機器を使い、全魔導増幅装置を最大値まで同時出力させます!」
敵将の一人が船に向かい走り出す。
しかし、彼が辿り着く前に異界の門が開き、一人の男が立ち塞がった。
「お、お前は……『次元刀』!?」
「へぇ……。魔導増幅装置を遠隔操作できる機械っつうのが、あの船に載ってるわけだ」
「き、貴様……何を――」
兵士が言い終わる前に、『次元刀』――ゲイル・アルガルドはその腰に差した『刀』を抜いた。
そして目にも止まらぬ速さで居合を放ち、再び刀を鞘に仕舞う。
数秒後、ゴゴゴという音と共に縦に真っ二つに斬り裂かれていく巨大な戦艦。
「ほ、報告します! 『次元刀』により連合軍第一戦艦が崩壊……! 繰り返します! 連合軍第一戦艦が崩壊……!!」
「ぐぐぐ……!! どいつもこいつも化物じみた強さをしおって……!! もう良い! 連邦国軍八番隊ごと奴の餌にしてしまえ! これは戦争だ! 多少の犠牲は想定内とする!」
「か、畏まりました!」
慌てて何かの装置を起動させた連合国軍の兵士。
すると海上が大きく蠢き、海底から巨大な化物が出現した。
「あ、あれは……『政府指定危険魔獣』!」
驚きの声を上げたルーメリア。
彼女の前に前方より陸に迫ってくる化物は、先日魔法都市アークランドの研究施設を破壊した怪物だった。
世界ギルド連合により危険魔獣として指定されている、数少ない危険度S級の魔獣――『ギガントキメラ』である。
「おいおい、アレはやべぇ奴じゃねぇかよ……。ジェイドの野郎、政府指定危険魔獣にまで魔導増幅装置で強化してやがる」
「どどど、どうするのですかぁ……! 頭がライオンさんで、背中が山羊さんで、尻尾が蛇さんの時点で怖いのに、魔力値がとんでもないことになっていますよぅ……!」
魔力測定器を翳したエアリーはそれを仲間に見せ声を震わせている。
彼女の傍にいたデボルグはそれを確かめ、深く溜息を吐いて首を横に振るばかりだ。
「ゲイル! さっさとあれも斬っちゃってよ!」
「簡単に言うんじゃねぇよ、この娼婦! 奴の魔力値を見ただろうが! 俺ら全員が同時に攻撃しても、致命傷にすらならねぇよ!」
ゲイルの言葉を聞き、青ざめるルーメリア。
エアリーに至ってはデボルグの背に隠れる始末である。
「こりゃ先に残り全ての魔導増幅装置を破壊しなけりゃ、俺ら全員奴の餌にされて終わりだな……。ゲイル、レイからの連絡はまだか?」
「ああ。おそらくまだカズハの野郎が到着していないんだろう。それに相手はあの『血槍』だ。奴の恐ろしさは俺が良く知っている。いくらカズハが覚醒したからとはいえ、そんな簡単に勝てる相手じゃない」
ルーメリアに続き青ざめた表情を浮かべたゲイル。
圧倒的な力の差を味わった彼は、すでに死を覚悟していた。
見逃された理由はただ一つ。
命をとるまでの相手だとは認識されなかったため――。
悔しさに拳を握り締めるも、今は目の前の脅威に立ち向かわなくてはならない。
「残り全ての魔導増幅装置を破壊するって言ったって……。あの化物が私達を見逃してくれるはずが無いじゃない! それに残りの兵士達も大勢いるのよ?」
「俺とゲイルでどうにか奴を食い止める。その隙にお前とエアリーは奴らの戦艦から小型船を奪って魔導増幅装置を破壊するんだ。さっき奴らが遠隔操作の機械を使おうとしてただろう? あの戦艦の残骸に残りの魔導増幅装置を示す装置が搭載されているはずだ。船は真っ二つだが機械自体は壊れていないだろう。それを探し出して、一つずつ確実に魔導増幅装置を破壊するんだ」
「はぁ!? あんた、馬鹿じゃないの!? そんな本当に無事かも分からない機械を探して、小型船を使って一個ずつ魔導増幅装置を探して破壊する……!? そんなことをしている間にあんたもゲイルも喰われて死ぬわよ!?」
「大丈夫だ。こいつは不死だから死なねぇよ」
「だから、そうじゃなくて……! ああ、もう……!!」
デボルグに詰め寄るルーメリアだが、言い争いをしている時間など彼らにはない。
陸に上がったギガントキマイラは大きく口を開け、凝縮されたエネルギーを放出しようと構えた。
「ちっ、来るぞ! ゲイル! 『刀』の魔力を最大限解放しろ!」
「ああ、分かってるよ……! あんなのまともに喰らったら俺の身体ごと蒸発しちまいそうだからな……!!」
ルーメリアとエアリーを押し退けた二人は『爪』と『刀』を構え自身の持つ最大魔力を解放する。
喰らえば無事に済まないことは理解しているが、彼女らを無事に逃がすにはこれしか方法が無いのだ。
「はわわわ……! こ、こんな時にカズハ様が居てくれれば……!」
「あんな馬鹿に期待したってどうしようもないでしょうが! 元はと言えば、あの馬鹿が黒剣を奪われるからこうなったわけで――」
――キラリ。
「え――」
突如、天から光る物が舞い降りてきた。
それは轟音と共に落下し、砂浜に追突する。
「な、何だこんなときに……!」
「……いや、あれは……」
四人の意識は墜落したそれに注がれた。
土埃の中から姿を現したのは――。
「けほ、けほっけほ! おい! 誰だ今、俺のこと『馬鹿』って言った奴! 正直に言いなさい!」
「「「「…………」」」
四人の目が点になる。
そして、静寂――。
「…………あれ? デボルグにゲイルに、エロ担当に、犬耳エルフ。ってことは、ここは帝都の南の海岸か。おっかしいなぁ……。瑠燕の野郎が乗っている船に向かったはずなんだけど……。まあいいや。ていうかお前らここで何してんの? 遊んでんの?」
「「「戦ってんだよ!!!」」」
「………………はい?」
直後、ギガントキマイラの口から放たれたエネルギー砲。
今しがた天より舞い降りた――墜落した魔王カズハ・アックスプラントを除いた四人はその場を緊急離脱する。
敵に背を向けていたカズハには一体何が起きているのか知る由もなく――。
「おんぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
前方約10ULの海岸線は一瞬にして蒸発。
事前に状況を察知していた連合軍はすでに退避しており、ギガントキマイラの攻撃による犠牲者はカズハ一人と思われる。
後に残ったのは巨大なクレーター状の穴。
もはや生命の存在を許さないその穴は、まるで地獄と繋がっているかのように人の目には映るだろう。
「…………痛いし! 熱いし! ケツ焦げたし!! なにすんの!! ていうか何なのいきなり!!!」
「「「…………」」」
――再び、静寂。
その場にいる誰しもが言葉を発せなかった。
彼らの眼前に立っているのは、無傷のまま文句を垂れて膝の汚れを払っている黒メイド少女、否、魔王が一人。
さすがのギガントキマイラも目が点である。
「あれ、お前……。この前ガゼットのおっさんの研究施設ぶっ壊した奴だろ。見覚えあるもん。ていうかゲヒルロハネス連邦国に生息してる政府指定危険魔獣って一匹しかいねぇし。お前か。俺のケツを焦がしたの」
『グルルルルゥ………』
「よし。ぶっ飛ばす」
軽く首を鳴らした魔王カズハ・アックスプラント。
その後の戦闘は――ものの数秒で勝敗が決したことは言うまでもない。




