028 さすがの俺もレイさんには敵わないです。
――アゼルライムス帝国領海約230UL。
『血槍』シャーリー・マクダイン率いる新生妖竜兵団が駐屯しているアゼリウム諸島にて。
「くっ……! 《アクセルブレード》! 《レイニースラッシュ》!!」
「あはは! あはははは! そんなものなの? 勇者の血を引く『剣姫』の女よ……!」
ありとあらゆる剣技がいとも簡単に回避される。
これが『血槍』シャーリー・マクダインの力――。
兄であるゲイルがまったく歯が立たなかったのも頷ける。
「……あら? もう息が上がっているのね。ふふ、あとどれくらい貴女の魔力は残っているのかしら」
シャーリーは舌なめずりをした後、再びあの赤い大槍を構えた。
少しでもあの槍に触れるとたちまち魔力が奪われ、彼女の力に変換されてしまう。
そうなれば無数に繰り出される無魔法の餌食となり状態異常の対処に意識が逸らされてしまうのだ。
毒、麻痺、石化、睡魔、鈍足、沈黙、盲目――。
対『血槍』戦でかき集めた状態異常回復薬はすでに底を突きかけていた。
「勇者の剣、聖者の罪裁剣よ……! あと少しでいい……! 私のありったけの魔力をこの最後の一閃に賭けます!」
魔王カズハがすでに城に帰還したとの報告を受けていた私に、恐怖は微塵も感じられなかった。
目の前の強敵に対する恐怖。死に対する恐怖。
それらを超越し、絶対の信頼のもと私達は今を生きている。
魔王と共に。仲間と共に――。
「ふーん、貴女も数多無数のつまらない奴らの一人というわけね。そんな一撃が私に効くはずがないのに……。それとも魔王帰還の一報がそんなに嬉しかったの? あんなの誤報に決まっているじゃない。ジェイド様の封印は絶対なの。議会も世界ギルド連合も高貴な吸血一族も、この戦争が終わった直後に世界を支配する側に立つわ。ああ、待ち遠しいわ……。美男美女が私の足元にひれ伏し、私に血を差し出す様が目に浮かぶよう……」
うっとりとした表情を浮かべ、まるで夢遊病者のように空に視線を漂わせているシャーリー。
彼女の部隊である新生妖竜兵団の軍勢も、彼女の命によりフェアリードラゴンに乗ったまま空で待機をしている。
私にとっては好都合だったが、どちらにせよこの一撃で最後だろう。
死ぬつもりは毛頭ない。理由は簡単だ。それが私の敬愛する魔王の唯一の命令だからだ。
だから、私は――。
「……! ちっ、あの女……! そういうことね……!」
異変に気付いたシャーリーが慌てて私を止めようとするも、もう遅い。
私の剣閃は彼女とは反対方向、背後に広がる戦艦に向けて放たれた。
連邦国正規兵が乗るあの戦艦には、魔導増幅装置のうちの一基が設置されている。
魔王によりエニグマを持った『剛盾』が船ごと撃沈されたという情報は敵軍の様子から察するに、これも誤情報として伝達されているようだった。
――だが、私には分かる。
すでに戦況は根底から覆されていることを。
「ふん、無駄な足掻きね」
「え――」
シャーリーは懐から怪しく光る鉱石を取り出した。
それを天に掲げると空間が歪み、異空間へと続く扉が現れた。
「まさか……転移魔石!?」
ニヤリと笑ったシャーリーは姿を消したが、その転移先は時を待たずして容易に判明する。
私の放った渾身の一閃が魔導増幅装置を搭載した戦艦に到達する直前、まるで巨大な盾のようなものが出現しいとも簡単に衝撃波を弾いてしまったのだ。
それを確認した私は肩を落とし、その場に蹲ってしまう。
「……相手が悪かったな、『剣姫』。主の命により貴様を捕縛する」
いつの間にか私の周りには新生妖竜兵団の軍勢が取り囲んでいた。
私は勇者の剣を地面に置き、抵抗の意志が無いことを伝える。
兵士の一人がゼノライト鉱石で作られたと思わしき手錠を私の両手に掛け、敵将捕縛の知らせを軍本部に伝達しているのが見える。
程なくして再び私の前に現れたシャーリー。
激戦の直後だというのに息一つ切らさず、余裕の笑みで私を見下ろしていた。
「……ふーん。戦っているときには気付かなかったけど、結構綺麗な顔をしているじゃない、貴女」
「…………」
顎を持ち上げられ、舐めるような目つきで全身を隈なく見つめてくるシャーリー。
その様子を固唾を呑んで見守る敵兵達。
彼らはすでに慣れているのだろう。
『血槍』シャーリー・マクダインが捕えた兵士に、どのような刑罰を与えるのかを――。
「うっ……」
手錠ごと持ち上げられ強制的に立たされた私は彼女から目を逸らす。
赤い血のような瞳はまるで本物の吸血鬼のように捕えた私を逃さない。
その手が白銀の鎧の隙間に差し込まれ、私は一瞬身を捩らせた。
彼女の細い腕は別の生き物のように鎧の中で蠢き、つい私は膝から脱力してしまう。
周囲にいる男共の視線。恐ろしいほどに美しい吸血鬼による凌辱行為。
まともな女性であればその羞恥心に耐えられるはずもない。
ああ、親愛なる魔王カズハ様。
私はこれからこの絶世の美女である吸血鬼に、屈強な男達に、犯されてしまうでしょう。
それは死よりも残酷な行為。ここで舌を噛み千切り自ら命を絶ったほうが賢明といえるでしょう。
しかし貴女様は私に死を選ぶことを禁じた。ならば私は受けて立つ以外に方法がありません。
ああ、嫌なのに。これほどまでに嫌悪を抱いているというのに。
彼女の白くて細い手は私の全身を愛撫し、私の意識はそれに溶かされてしまいそうです。
恥辱。屈辱。敗戦の将の末路とは、どうしてこうも、こんなにも――。
「――甘美で魅惑的で情熱的で、私の心を十二分に満たして下さるのでしょうか!!!」
「知るかっ!!! 途中までのまともな話が全部ふっとんだよ!!!」
パコーンと小気味の良い音が周囲に響き渡ります。
驚いた私は何が起きたのかを確かめようとしますが、どうやらハリセンのようなもので後頭部を叩かれた模様です。
それよりも先ほどまで私の全身をまさぐっていたシャーリー、及び敵軍勢らがぽかんと口を開けたまま微動だにしません。
せっかく良い所――絶対絶命のピンチであったのに、それを吹き飛ばした聞き覚えのある声――。
「レイ様……! 今、その手錠を解きます……!」
バチバチと音を立てて私の眼前に出現したのは――。
「セシリア!? 貴女、一体何処から――――!?」
「ほい、転移魔石の奪取成功ー。うわ、マジで男女なんだなこいつ……。今ちょっとこいつの股間に手が当たったけど、アレがあったし……。うげー、キモイー」
「カズハ様! そんな悠長なことを仰っている暇はありません……! すぐに戦闘が始まります!」
何が起きているのか頭で理解が追いつく前に、同じく異空間から姿を現したのはまぎれもなく魔王カズハ・アックスプラント様でした。
――いや、違う。これは彼女の得意とする陰魔法の一つ。
通常の『隠密』とは比べ物にならないほどの魔力を宿した、究極の『隠密』――?
「…………はっ! いかん、新生妖竜兵団全軍に告ぐ! 敵軍スパイが近くに隠れていた模様! マクダイン隊長の魔具、転移魔石が奪われた! 敵はたったの二名! うち一人は『絶盾』セシリア・クライシスと判明! もう一人は……黒メイド服の女……?」
「レイ様! こちらに……!」
魔力の枯渇した私を抱え、一旦その場から離脱しようとするセシリア。
ああ、そうなのですね。来て下さったのですね、最愛の魔王カズハ様。
こんなにも早く。私の危機を察して、セシリアと共に帝都から最短で――。
――もう少し遅くても良かったですのに。
「……セシリア。レイさんの心の声が聞こえてくるから、もっと俺から遠ざけてね」
「は、はい……!」
カズハ様の命を受け、私もろとも姿を消してその場を離脱したセシリア。
その直後、私は気を失ってしまったのだった――。
◇
「…………は。あはは。あはははは……! 何、今のは……? 手品? その黒メイド服姿――。貴女が魔王ですって? はは、あはははは! これは傑作だわ! その程度の魔力で、あのハワードを撃退したぁ? 冗談にも程があるわ!」
はい、どうもカズハです。
変態レイさんには眠ってもらえて一安心。
もうあれ完全に病気だよね。だからあまり深く関わらないのがベスト。
放っておくに越したことはないです。
「た、隊長……! 『絶盾』と『剣姫』は如何致しましょう……!」
「どうせその辺に隠れているだけだわ。陰の魔法には陽の魔法。捜索範囲をここを中心に半径15ULに絞って早急に確保なさい」
「はっ!」
赤髪の姉ちゃんが命令すると兵士達は俺達を置いて二人の捜索に向かって行きました。
この辺はなんか徹底してますね。たぶんジェイドの命令なんだろうね。
俺の仲間を一人でも捕えれば、この戦争は勝ったも同然ってやつ?
でも大丈夫。特大の陰の付与魔法をセシリアに掛けておいたから、絶対に見付からないし捕まらないです。
「なあ、お前が『血槍』って奴だろ? すっごい強いんだってな。あのゲスゲイルがびびって尻尾巻いて逃げ出しちゃうくらいなんだろ?」
俺は鼻をほじりながら質問します。
転移魔石は手に入れたし、レイさんも助けたから別に俺はこいつにもう用は無いんだけどね。
さっさとジェイドをぶっ飛ばして戦争終わらせて家庭菜園でもやりたいんだけど……。
「……はぁ。本部は何をしているのかしら。こんな阿呆みたいな奴に踊らされて、誤情報を真に受けるなんて。幹部連中は全員処刑ね。戦争が終わったらお父様にお願いしてみようかしら」
溜息を吐いた赤髪の姉ちゃん。どうやら俺のことはガン無視することに決めたらしいです。
いや、気持ちは分かるよ? 手配書と全然違う髪型だし、黒メイド服だし。
自分のことを魔王だと勘違いしている頭のおかしい子だと思うのが普通だと思います。
今までも何度も同じこと言われてきたし……。さすがにもう慣れたわ。
「槍使いかぁ。俺、あんまり槍は詳しくないんだけど、切れ味良さそうだねそれ」
「……ちっ」
赤髪の姉ちゃんが背負った槍に手を伸ばした瞬間、ひゅっという空気が裂けるような音が聞こえました。
うん。凄い速さで槍を振り抜いた音ですね。
正確に、俺の首を切断するほどの剣閃。かなりの猛者でも一瞬であの世行きだろうね。
首が捥がれたことにも気付かずに、周囲に血の雨が降るっていうえげつない状況になるんだろうけど。
――普通は。
「――っ!!」
「あっぶねぇなぁ。ちょーっとだけ見せてもらおうと思っただけじゃん。別にとらねぇよ。どうせお前しか使えない感じの武器なんだろう? そういうの、もう一個持ってるし。セレンが」
そのまま丁度良い大きさの岩を見付けて腰を下ろします。
あ、今自分のパンツが見えた。
……これスカート短すぎね? 股から風邪引くやろ、こんなん。
「貴女は一体――」
「だーかーらー、魔王だっつってんだろ。もう面倒臭いから俺が一人で勝手に喋るね。お前って世界ギルド連合を動かしている中心組織、『議会』のメンバーなんだろ? で、敵さんの最強戦力。お前を捕縛したら『四皇』も動き辛いんじゃね? だから捕縛する。以上」
ユウリは俺に『血槍』を撃破しろと言っていた。
でも去り際にこうも言っていたのだ。
『彼女の捕獲に成功したら、世界はより平和に近づける』と。
まあ、つまり戦争が終わった後のことを言っているっぽいね。
議会の代表には赤髪の姉ちゃんの親父のマクダイン議長? って奴もいるみたいだし。
ジェイドと他の四皇のジジイ達よりは立場は下だけど、奴らをぶっ飛ばしたあとも各国を治める者がいないと暴動が起きたり色々と大変なんだって。
まだ戦争中だってのに終わったあとのことまで考えるなんて、流石はユウリ! 俺には出来ないね!
「へぇ……捕縛? この私を? ふふ、まぐれで私の一撃を運よく避けられたからって、舐められたものよね。良いでしょう。私も良いところを邪魔されて鬱憤が溜まっているの。貴女でこのムラムラを晴らしてもらいましょうか。私……結構凄いモノを持っているのよ?」
妖艶な笑みを浮かべ股間に手を当てた赤髪の姉ちゃん。
うん。大丈夫。うちにも変態はいっぱいいるから俺には免疫ができてます。
俺は汚物を見るような目で赤髪姉ちゃんを見上げ、ゆっくりと立ち上がりました。
……はぁ。できれば捕縛したくないなぁ。