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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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024 魔導増幅装置(アヴェンジャー)の大量生産は俺のせいじゃないだろ! ……俺のせいだった!

 アゼルライムス帝国領海、周囲およそ200ULウムラウト――。

 第二次精魔戦争の最終局面にて、世界各地より帝国に進軍した連合軍総勢七万五千を乗せた艦隊に埋め尽くされた海域は、先の第一次精魔戦争以上の熱気を帯びていた。

 精霊王の再来を誓った四皇はその背後に陣取り、事の顛末を見守っている。

 彼らの狙いは二つ。魔王軍もろとも帝国を滅ぼし、議会の元、世界の統一を計ること。

 そして唯一現存を確認されている精霊のルリュセイム・オリンビアを確保し、その血肉をもって不老魔法ディストピアを完成させ、彼らの念願である不老不死を手に入れることである。


 艦隊の背後には四皇を守るかのように、無属性因子を取り込んだ武具に身を包んだ新生物キメラ部隊の大軍が不気味な笑い声を上げ戦況を注視している。

 しかし、彼らの長であるはずの新生物部隊長『重剣』レイヴン・リンカーンを始め、副隊長『双剣』マルピーギ・ゾルロットと兵士長『十手』スパンダム・グラッチの表情は固く、まるで戦う前から敗軍の将にでもなったかのような出で立ちであった。


 だが『四皇』ジェイド・ユーフェリウスは勝利を確信していた。

 議会を通じ世界中から集めた金を惜しげもなく使い、短期間でラクシャディア共和国が誇る陽魔道士部隊の補強と世界最強と謳われるユーフラテス公国の聖堂騎士団の大幅な補強に成功。

 元聖堂騎士団隊長である『絶盾』セシリア・クライシスの造反、及び奴隷商人ガレイドの元で働いていたラビット族のミミリにより光と体の魔術禁書を奪還されるも、魔王軍が所持していない残りの魔術禁書――『水』、『風』、『木』を集め魔王軍に牽制を仕掛けることにも成功している。

 さらには黒剣を通じ魔王から吸い上げた魔力を用い、新生物部隊の増員と魔導増幅装置アヴェンジャーの起動増産にも成功。

 現在では参号機から拾号機までが完成し、この度の最終決戦における主要戦艦に配備されていた。


 ――もはや世界ギルド連合軍の勝利を疑う者などいない。


 それは魔王軍きっての宰相にすら焦りを齎す事態となっていた。





 アゼルライムス帝国、首都アルルゼクト、王の間にて――。


「どういうことですか、ユウリ殿! 敵軍の将や軍勢は事前の調査とほぼ戦力が変わりませぬが、あの新生物キメラ部隊の軍勢と魔導増幅装置アヴェンジャーの数までは聞いておりませぬぞ!」


 会議テーブルを叩き、まず立ち上がったのは『竜槍』グラハム・エドリードである。

 連邦国における魔法都市アークランドの研究施設襲撃による傷が完全に癒えぬ状態であるが、彼はそれを気にもせず宰相であるユウリ・ハクシャナスに詰め寄っていた。


「……いや、敵軍の将だって情報よりも遥かにやべぇ。特にあの『血槍』……。俺ですら歯が立たない上に、奴は『水』と『風』の魔術禁書だって隠し持ってやがんだぜ?」


「……ええ。それに私の『エニグマ』も、ライグルの手に渡ってしまいました。『剛盾』の名に相応しい、彼本来の強さを取り戻した今、艦隊の前線に立ってあらゆる攻撃を防ぐ盾となってしまう……」


 神妙な面持ちで口を開いたのは『次元刀』ゲイル・アルガルドと『絶盾』セシリア・クライシスだ。

 彼らも各地での任務を終え帝国に戻ってきたが、数々の報告を受けるうちに敗戦が濃厚だと察し始めていた。


「ちょ、ちょっと二人とも……! 戦う前からそんな暗い顔をしててどうするアルか……! こ、こっちにだってまだ魔術禁書が七冊もあるアルよ!」


 震える声で会議テーブルに並べられた七つの魔術禁書――『火』、『氷』、『体』、『土』、『気』、『陰』、『闇』を指差すタオ。

 皆の視線がそれら禁書に注がれるが、それを打ち破るようにユウリが重い口を開く。


「……禁書はあくまで『脅し』だよタオ。本当に使ってしまっては、それは世界を破滅させる引き金となってしまうだろう。……僕は完全に読みを間違えてしまった。ガゼット博士の研究所を襲った魔獣も、恐らくは新生物因子でコントロールされた政府指定危険魔獣だろう」


「『政府指定危険魔獣』って……前に公国で私達を襲ったデビルスフィンクスみたいな危険度S級のモンスターのことじゃない! それを政府が使役するなんて……そんな……」


 ユウリの言葉に落胆するリリィ・ゼアルロッド。

 世界ギルド連合が持つ底知れぬ強さに皆、心が折れ掛かっているのが一目で分かる有様だ。


「まだ諦めるのは早いじゃろう。こちらにはまだ四宝――『弓』、『爪』、『刀』、『扇』の四つ神器の力を十二分に発揮できる者がおるし、本物の・・・黒剣――血塗られた黒双剣ブラッディ・スパーディオンをジェイドに奪われたわけではなかろう。一騎当千級の将の数では敵に勝っておるのだし、防衛線を死守し、まずはルルや民間人を魔王城まで避難させるのが得策じゃと思うが……おぬしはどう見る」


 蓄えた髭を撫で、周囲をゆっくりと見回したゼギウス・バハムート。

 この中で最も落ち着いているのは彼と、元魔王であるセレニュースト・グランザイム八世くらいであろう。

 彼に促され、再び口を開くユウリ。


「そうだね。確かにゼギウスの言う通りだと思う。……でも僕が『読み間違えた』と言ったのは、その部分じゃない」


「? どういうことでしょう?」


 ユウリの言葉に首を傾げたレインハーレイン・アルガルド。

 彼女とタオの間に立つ精霊の娘、ルリュセイム・オリンビアは押し黙ったままずっと床を眺めているだけだ。

 それを心配そうに眺めているラビット族のミミリ。

 自分のせいで仲間を危機に晒してしまう以上に苦しいことなど、彼らの中には存在しない。

 言葉には出さずとも、皆心は一つだった。


「……ここからは僕の予想だけど、恐らくジェイドはカズハから奪った黒剣が偽物の剣・・・・であることに・・・・・・気付いている・・・・・・


「!? まさか、そんな……。それではこの作戦が意味が――」


 思わずユウリの言葉に口を挟んだグラハム。

 しかしそれをユウリはすぐに遮った。


「いや、当初は・・・それで良かったんだ。彼は奪った黒剣が本物であろうが偽物であろうが、最終決戦を挑むべき条件が揃ったと判断し、進軍を開始したのだろう。偽の黒剣であっても、相当量の魔力をカズハから吸い続けているからね。それによってすでに配備されていたであろう新生物キメラ部隊の兵士への魔力供給と増強を行い、議会で集めた七万五千の兵力をもって帝国を滅ぼしルルを奪う計画だった・・・――。しかし・・・直前で状況が・・・・・・一変した・・・・


 ここで話を一旦止め、仲間達を見回したユウリ。

 皆固唾を呑んで彼が続きを話し出すのを待った。


「……魔導増幅装置アヴェンジャーは最初から戦艦に積まれていたはずだ。使用するに・・・・・足り得る・・・・魔力量に・・・・達していなくとも・・・・・・・・、ね。彼が誇る最終兵器――人生を賭けて開発した技術アヴェンジャーを、最終決戦に投入しないという選択肢を彼が選ぶはずもない。しかし、ここで予想外の事態・・・・・・が発生した。参号機から拾号機の全ての魔導増幅装置アヴェンジャー一斉に・・・起動を・・・開始したんだ・・・・・・。それらに必要な魔力量は僕にだって想像もつかない。そして――その原因が一切分からないままなんだ」


 帝国最強の頭脳と噂される宰相ユウリ・ハクシャナスでさえ理解ができぬ現象。

 皆は各々顔を合わせ、その予想外の状況について議論を始める。


「……奪われた黒剣が本物であったという可能性は?」


 これまで口を閉ざしていたセレンがゼギウスに向け口を開く。


「それはない。この儂が自身の作った剣を見間違うわけもなかろう」


 即答するゼギウス。これに対して異論を唱える者は誰もいない。


「……もしも本物の黒剣を奪われていて、ジェイドがその刀身を抜いているんだったら、カズハは干からびて死にかけてるってことアルよね」


「た、タオさん……! 冗談でもそういうことは仰らないでください! カズハ様が死にかけてるなんて、今すぐここを飛び出してカズハ様の元へ駆け付けたくなってしまうではありませんか! 死ぬのであれば私の膝の上で膝枕をしていただいて私の献身的な介護のもとこの世を去る時は私も御一緒させていただきたく――」


「ああ、もう分かったアル! 私が悪かったから落ち着くアルよ……!」


 騒ぎ出すレイをどうにか抑えるタオ。

 しかし魔王の名が出た瞬間、皆の表情が変化する。

 そしてそれは彼らの中で、何故か確信に変わっていった。


「……まさか、カズハ様がまた・・何かを……?」


「いやいや、カズハ様の魔力はすでに大半が吸われ、残っているのは中級魔道士ほどのものだったはずですぞ……! 魔導増幅装置アヴェンジャーを八機も同時に稼働させるほどの強力な魔力など残っているはずが――」


 次々と魔王に対し議論を始める魔王軍のメンバー。

 しかし、結論が出ることはない。

 ただ一つだけ分かっていること。それは――。


「……要はカズハが原因で、敵軍は短期間で一気に戦力を拡大したわけだ。ユウリの読みが外れたのもそれが原因というわけか。……クク、面白い! 相変わらず我が主は予想の斜め上を走り抜けていくな……!」


「ど、どうして笑っていられるのですか……! これから皆、死んでしまうのかもしれないのですよ……! 私のせいで……皆……」


 ようやく口を開いたルリュセイム・オリンビアだったが、またすぐに口を閉ざして下を向いてしまう。

 だが彼らを取り巻く空気はすでに先のものとは変化していた。

 圧倒的な絶望に押しつぶされそうだった彼らに、一筋の光が差し込んだからだ。


「……僕らはもう、カズトに賭けるしかない。魔導増幅装置アヴェンジャー同時に・・・八機も・・・起動させるほどの魔力・・・・・・・・・・――。もしもそれが本当だとしたら、彼は今、全ての力を振り絞ってこちらに向かって来ているはずだ。先ほどゼギウスが提案したとおり、民間人と僕ら以外の魔王軍、帝国軍、エルフィンランド軍の兵力――八千の兵、それにルルを魔族の領土デモンズ・テリトリアに一時撤退させ、一騎当千級の僕らだけでカズトの到着を待つ。エアリー、ゲイル、デボルグ、ルーメリアは各々の四宝を装備し帝国領土への世界ギルド連合軍の進軍を阻止、及び四宝の力を十二分に発揮させ超距離射撃にて敵軍艦隊を威嚇。リリィは彼らの魔力の貯蔵部隊タンクとして魔力の供給を随時行ってくれ。セシリアとセレンは帝国領海30UL付近にて『剛盾』率いる聖堂騎士団艦隊を、僕とグラハムは帝国領海160ULまで進軍し『鼠刃』率いる共和国陽魔道士部隊の艦隊を押さえる。レイは……申し訳ないけど――」


「ええ、分かっておりますわ。あの『血槍』率いる新生妖竜兵団の空からの襲撃を抑えれば宜しいのですよね? 私とて『剣姫』と呼ばれた女。カズハ様から頂いた勇者の剣――聖者の罪裁剣エンジェルスブレイマーの名の通り、見事あの男女を断罪してみせましょう!」


 ユウリの言葉を聞き、勇者の剣を抜いて天に掲げたレイ。

 兄であるゲイルすら凌駕した『血槍』と戦えることに、不安はおろか期待感をも抱いた表情を浮かべている。


「わ、私達はどうしたら良いアルか……?」


 残ったのはタオとゼギウス、それにミミリだ。

 一騎当千とはいかない彼らに対し、ユウリはすでに結論を出していた。


「タオとゼギウスも首都を放棄し、ルルと共に魔王城に向かってくれ。それとミミリも――」


「私は戦わせて下さい! カズハ様から頂いたこの『炎剣ドグマ』――。これまで訓練してきたのも、今日この日のためだと思うんです……!」


「ミミリちゃん……」


 彼女は真っ直ぐにユウリを見つめ、はっきりとした口調でそう答えた。

 それを見たタオはぐっと拳を握り、彼女に続き再び口を開く。


「そ、そうアルよ……! 私だって戦うアル! ルルちゃんのことはゼギウスに任せて、私達もここ・・を、皆を、守りたいアル……!」


「…………」


 二人の申し出を聞き、少しだけ悩んだユウリ。

 だが彼女らの意志は変わらない。

 そして何よりも魔王であれば、こう言うであろうと彼は予想する。


「分かった。君達二人は帝国領海10ULで待機し、領土に侵入しようとする敵軍の将軍以下クラスの兵を処理してくれ。それと情報の伝達も重要だ。前衛にいるセシリア、セレン、後衛にいるリリィ達に戦況が変わったらすぐに伝達をすること。出来るかい?」


「!! ……はい! もちろんです!」

「今こそ訓練の成果を見せる時アルよ、ミミリ! 私達だって活躍するアル!」


 喜びのあまり手を取り合ったタオとミミリ。

 彼らは出陣の準備をするため、王の間を出て行った。


「…………」


「そんな暗い顔をするでない、ルルよ。きっと大丈夫じゃ」


「……でも、皆が戦うというのに、私だけ……私の、せいなのに……」


 皆に続き王の間を出ようとしたユウリは立ち止まる。

 しかしゼギウスは彼に顔を向け、自身に任せるようにと合図を送る。

 軽く頷いたユウリは前を向き、表情を引き締めた。


 ――『誰一人として、死んではならない』。


 これは魔王が唯一、仲間に向けた命令だ。

 それを守れずして、何が帝国宰相か――。

 ユウリは静かに決意し、決戦の準備のため王の間を後にした。


「避難するのはおぬしだけではなかろう。それに皆、この国が大好きなのじゃよ。誰一人として命を落としてはいかん。……これはあの阿呆・・・・の命令じゃからな」


 ゼギウスは優しく微笑み、ルルの頭を撫でた。

 その一言で涙が溢れそうになった彼女だったが、まだ泣くわけにはいかない。

 皆が必死に頑張ってくれているのであれば、自身もまた全力を尽くすのみなのだ。

 ジェイドに不老魔法ディストピアを完成させてはならない――。

 

 精霊の娘は決意する。

 全ては、この戦いに勝利してからだ。

 きっと全て、彼女・・が解決をしてくれる。


 これまでも。これからも、ずっと――。


「……ええ、そうでしたね。貴方の言う通りです。行きましょう、私達も――」


 彼女はそう言い、ゼギウスと共に王の間を後にした。




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