021 レイヴンさん、さようなら。(一年ぶり、二回目)
魔法を司る十二の元素。
本来、魔族にしか備わらないはずの魔力の源には対応する十二の神がいた。
その神を現界させようなど、神への冒涜以外の何ものでもない。
しかし、時代は変わる。
魔法遺伝子の研究が進み、魔法の真理に迫った研究者らが何百年にも渡り夢見た一つの成果。
――すなわち、神獣の再誕とその使役だ。
「な、なんだ……? 何が起きている……?」
異常を察したのか、リンカーンさんは俺の首から手を離し周囲に視線を這わせます。
さっきまで快晴だった空には暗雲が覆い、まるで夜中みたいに真っ暗になっちゃいました。
『ククク……。ああ、久しぶりのシャバだな。完全な自由とまではいかないが、これはこれで退屈しのぎには十分だぜ』
空から舞い降りてきたのは、仮面にマント姿という、まるで死神のような姿の人物です。
でも周りの兵士達には姿が見えないみたい。
低く不気味な声が響くだけで、オロオロとするしか出来ないみないです。
「りりり、リンカーン隊長……! ままま魔王の、魔王の、ままま魔力測定値が…………!!!」
全身フルアーマーの化物兵士が何やら機械を見ながら、怯えた声でリンカーンさんを呼んでます。
うーん、あの死神みたいなのが陰の神獣のジルって奴かぁ。
頭の中で響いてた陰湿な声に違わず、ヤバそうなオーラを発してますね。
……アレが俺の子か。うん。
そう考えたらグレてあんな感じになっちゃうのも仕方ないとか思っちゃう……。
「落ち着け。どうせ魔王が最後の悪あがきをしているだけだろう。貴様の魔導測定器は旧式だからな。この俺の最新型で測ってやろう。……。…………。………………なん、だと?」
二本の長刀を背負った犬の化物……ええと名前なんだっけ。ゾルロットさん……だっけ。
その人が自分の懐から取り出した測定器を眺めて固まっちゃってます。
『あまり時間はありませんよ、ジル。マザーの魔法核内には、あの研究者が投与した抗神獣遺伝子核がまだ完全に消失せず、私達を封印するに十分な量が残っています。迅速に敵を無力化、もしくは撤退させ、抗神獣遺伝子核に捕捉される前に核内に戻りましょう』
先ほどの死神の声とは違い、理性的な女性の声が周囲に響き渡る。
暗雲は吹き飛ばされ神々しい光が深い森を照らし、空から炎に身を包んだ女神が降臨した。
死神と女神。対極にも程がありますね……。
なんか羽生えてるし。さすがは火の神獣ちゃん。
「どうなされた、ゾルロット副隊長? …………!? こ、この魔力値は……いや、そんな、まさか…………」
犬の化物に続き、俺を捕縛した鹿の化物まで口をあんぐりと開いて思考停止になってます。
うーん、どれくらいの魔力値になってるのか気になるけど、ここからじゃ見えないし……。
ていうかそれ、たぶん俺の数値じゃなくて、こいつら二人の魔力値じゃね?
相変わらず俺は偽の黒剣に魔力を吸われ続けてると思います。ダルいままだし。
「ちっ、落ち着けお前ら! どうせハッタリに決まっている! どんな魔法を使ったかは知らんが、目の前にいるのはただの落ちぶれた裸の女! 今から俺がそれを証明してやろう……!!」
重剣を地面に突き刺し、鎧を脱ぎ出したリンカーンさん。
そして何やらズボンのベルトをカチャカチャやってます。
……うわー、マジ引く。ここで俺をやっちゃおうとか、そんな感じ?
二人の子供が見てるんですよ! どんな寝取られシーンだよそれ! アホか!!
『……ジル』
『分かってるっつうの。いちいち俺に指図すんじゃねぇよ』
火の神獣ちゃんが怖い目で死神を睨んでます。
溜息を吐いた死神は何やら魔法を詠唱し始めました。
それも俺が良く知っている魔法を、ね。
『――常世の闇に集いし陰法師よ。次元の狭間へと怨敵を封じ込めるのだ。世界はそれで終焉する。《大奈落》』
「「へ――?」」
俺の周囲を取り囲んでいた化物兵士達の足元に突如、真っ黒い空間が出現。
まるでブラックホールのようなそれは次々と彼らを飲み込んでいく。
「!? まだこんな魔力が残っていたのか……! しかしこれは、陰の上位魔法……!?」
間一髪地面を蹴り、宙に逃れたリンカーンさん。
それに続いて犬の化物と鹿の化物も大奈落から回避し上空に逃れています。
さすがはボス級のお三方。でもすでに火の神獣ちゃんが次の魔法を詠唱してます。
――それも特大の、俺がかつてたった一度だけ使ったことのある、あの魔法を。
『一つ、真なる炎の神は我に魂を授け、二つ、円なる紅蓮の神は我に仇名す敵を授け、三つ、業なる太陽の神は我に溢れる慈愛を授け、………………』
「ひっ……!? そ、その詠唱はまさか――」
リンカーンさんの顔が青ざめます。
でも、時すでに遅し――。
『自身の行いを悔いなさい――――《永遠の業火に眠れ》』
「「ひぎゃあああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!」」
深き森ごと燃やし尽くすほどの巨大な火柱が立ち上がり、三人の敵将は炎に包み込まれた。
うわー、丸焼き……。こうやって改めて見ると恐ろしいな、禁断魔法って……。
だって精霊王の亡霊だって悲鳴上げてゲイルの身体から逃げ出したくらいだもんね。
あれはきっと助からない――。
キラッ――。
「うん?」
今一瞬、燃えさかる奴らの周囲に謎の光が灯った気がしました。
うーん、なんだっけあの光……。随分前にも見た記憶が……。
『……逃げられましたか。転移魔石とは、厄介な代物を持っているのですね』
「あー、転移魔石かぁ。そういや、そんなのあったなぁ」
俺はそのまま地面に大の字で寝転がります。
なんかもう、色々あって疲れました。
でもまあ、生きてたからラッキー。
『ったく、色気の欠片もねぇな。この魔王様はよ』
『用が済んだらマザーの中に戻りますよ、ジル。……それではマザー。しばらくはまた貴女の体内で眠りますが、すぐにまた会うことになるでしょう。我らとの契約は成立しております。今は身体を休め、然るべき時に備えておいて下さい』
そう答えた火の神獣ちゃんは再び俺に融合しようとします。
バツが悪そうに頭を掻いた死神も渋々それに従うように付いてきました。
そうだよね。疲れたし今は休むべきだよね。
手術したばっかだし、安静にしてないと。
……。
…………じゃなくて!
「休んでる暇なんてないっつうの! ジェイドの野郎が一斉に帝国を襲ってルルを連れ去ろうとしてるんだから、早く戻らないと……!」
慌てて起き上がった俺は二人にそう叫びます。
なのに、どうしたことでしょう。
死神と女神は顔を合わせ、互いに首を横に振るだけです。
なんなの! 何かおかしいこと言ったか俺!?
『……良いでしょう。しかし、貴女に説明をしている時間はありません。このまま魔法遺伝子核内に融合し、私の思考をマザーとリンクさせます。それで全てが理解できるでしょう』
『ほんっと馬鹿だなお前は。俺とフェニクスが復活した時点で気付けよ。お前は今までに、何をしてきたのかをな』
「何をしてきたのかって……あ、おい!」
俺の制止を聞かず、死神と女神は俺の身体と融合してしまいました。
……うーん、意味不明。
でもまあ、そこまで言うんだったら大丈夫なのかな。たぶん。
ちょっと疲れたし、少しだけ休ませてもらおう。
ああ、空が綺麗だ。雲一つない。
……うん。周囲の森も焼かれて、何も無い。
解放感。まるでこの世界には俺しか存在しないみたい。
…………うん。どうしよう、着る物まで燃えちゃって何も無い。
…………。
「また風邪引くやろっ! 素っ裸で寝られるか!! 何か無いの! 葉っぱとか! …………何もねぇじゃん!!」
――俺の空しい叫び声が焼け野原に木霊しました。




