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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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018 こんにちは、カズハです。早速ですがお母さんになりました。

 はい、こんにちは。カズハです。

 単刀直入に、正直に言います。ピンチです。

 いやだってSPが底を突いちゃって、もう通常の魔法すらまともに使えないんだもん。

 偽の黒剣があればどうにかなったかも知れないけど、グラハムに預けてきちゃったし。


「魔王カズハ・アックスプラントよ。大人しく我らに捕縛され、その身をジェイド様に捧げるがよい」


「来た……!」


 十手を構えた鹿の化物は地面を蹴り、猛スピードで突進してきました。

 うわ、マジ速えぇ……!

 スピードだけで言えばレイさんに匹敵するかもしれない。


「無理! とりあえず逃げる!」


 構わず俺は後方を振り向き、全力でその場から逃げ出します。

 ちょっとでもいいから時間を稼いでSPを回復させないと、何にもできませんからね!

 それに次の戦術を考える時間とかも欲しいし……!


「逃がすか、馬鹿め! 新生物キメラ部隊よ! 迂回して奴を囲い込み、無魔法を撃ち続けよ!」


 鹿の号令で九体の化物達が右からも左からも空中からも俺を囲い込みます。

 ああもう! 足まで遅くなっとるやん俺!

 こんなんじゃ時間稼ぎにもならないよ! どうすんの!


「《パラライズ・ビー》!」

「《スネークバインド》!」

「《ダークネスセル》!」


 次々と無数に繰り出される無魔法。

 もう俺の周囲は蜂やら蛇やら貝やらで、よく分からん状況になってます……。


「痛いっつの! ケツを刺すな! ケツを噛むな! お前ら俺のケツ好きすぎるだろっ!!」


 と、しょうもないことを叫んだ直後、何故か俺の身体は何かに・・・引っ張られたかの・・・・・・・・ように・・・後方に吹き飛びました。


「何!? 今度は何!? バンジージャンプ!?」


 まるで背中にゴムでも付けられた感じです。うん、ちょっと楽しいかも。

 ……じゃなくて! どうすんの! 鹿の化物のほうにすっ飛んでいくんですけど!


「くく、情報共有・・・・もしとらんとは、片腹痛いわ! 《ラミア・シーイング》!」


「やべっ……!」


 ついうっかり鹿の方を向いてしまい、奴と目が合ってしまいました。

 その瞬間に、あの石化する無魔法を詠唱されちゃいました。

 俺はすっ飛びながら徐々に足先から石化していきます。

 ……うん。絶体絶命。これはアカンやつや。


「我らが隊長を侮辱した罪は重いぞ、魔王よ……!」


 バキバキと音を立てて、鹿の化物から何本もの手や足が生えてきました。

 そして十手を振りかぶり、俺にとどめの一撃を喰らわそうとします。

 ……うん。蜘蛛? ……うん。…………うん?


「…………鹿なのか、蜘蛛なのか、はっきりしなさい!!」


「ぐっ……!?」


 鹿? 蜘蛛? の奴が十手を振り下ろした瞬間、俺は体勢を変えて石化したほうの足を奴の手の甲にぶち当てました。

 でも十手を落とすまでのダメージにはならず、そのまま俺は何本もある奴の手に四肢を掴まれてしまいます。

 もう、なんなの新生物キメラって! 超嫌い! キモイ!


「……ふん、最後の蹴りだけはまあまあだったな。だがこれで終わりだ。魔王捕縛、完了した!」


 鹿蜘蛛男の声により、兵士達に歓声が上がった。

 俺はそのまま身動きが取れない状態で隻眼の男の元に連れられて行く。

 ……あー、今になって思い出した。

 紅魔の里でデボルグが戦った奴は、蜘蛛男だったって。

 見えない蜘蛛の糸を出して動きを抑制する無魔法。ええと……なんとかバインドって名前のやつ。

 ……うん。俺はそれを前にルーメリアに掛けられて、それでレイさんとエルフ犬に繋がれたんだっけ。

 …………うん。 


「……どうしてそういう大事なこと、忘れちゃうの俺っ!!」


「ちっ、少しは黙っていろ魔王! その口も糸でグルグル巻きにしてやろうか!」


「……はい。すいません」


 鹿さんに怒られた俺は、空気を読んでちょっとだけ黙ります。

 俺の目の前には鋭い目つきで睨んでくるリンカーンさんがいます。

 うんうん、確かにこんな目をしてたね。あのエロエルフ。

 アルゼインが知ったらどんな顔をするのやら。


「……今の気分はどうだ、魔王カズハ・アックスプラントよ」


「最悪です」


 リンカーンさんの質問に即答する俺。

 きっと俺はこれから魔力を吸い尽くされて、人体実験とかもされて、新生物キメラ因子とかも注入されちゃうのかも知れません。

 魔王軍は敗北。この世界はジェイド率いる世界ギルド連合の物となってしまうのでしょうか。


「分かっているかとは思うが、貴様さえ捕えればこの戦争は我らの勝ちだ。じきに帝国も落とされ、精霊の娘の血肉により我らの『四皇』は不老不死の神となる。精霊王の意志を引き継ぐ、新たな王の誕生だ」


「そんなに上手くいきますかね」


「…………」


 俺の四肢を束縛している鹿さんの蜘蛛の手が若干力を強めました。

 このまま引き千切られても困るので、俺は軽く頭を下げて謝罪します。


「世界を統一したら、ジェイド様は帝国の一部を俺にくれると約束してくれた。もちろんアルゼインも俺の物となる。俺はそこに理想郷を造る。俺のための、俺にだけ尽くす民のいる理想郷。そして、リンカーン家の再興――。この重剣アルギメテスに誓った俺の野望が、今こそ果たされるのだ」


「アルゼインは俺のだから、お前になんかやらねぇよ」


「…………ブチィッ!」


 あっ、なんか今血管が切れる音が聞こえた。

 凄い怖い顔で俺を睨んで、地面に突き刺してた重剣を抜きました。

 それを振りかぶり、俺に目がけて振り下ろします。

 あ、死んだかも。真っ二つ……?


「…………あれ?」


 俺の目の前で空を切った重剣。

 でもその直後、はらりと俺の服だけ縦に斬り裂かれました。

 ……あー、なるほど。またまた忘れてた。

 こいつは・・・・こういう奴・・・・・だった。

 兵士達からひゅうひゅうと歓声が上がる。


「ふん、アルゼインとは比べ物にならんが、それなりに良いものを持っているじゃないか」


「成長期だからね」


「ぐっ……、貴様には恐怖という感情がないのか! それとも本当に犯されて死にたいとでも言うのか!」


 右手を突き出したリンカーンさんは俺の首を締め上げました。

 いや、別に余裕ってわけでも無いんだけど……。

 俺が死んだら、俺のことが大好きな仲間達が可哀想だし、せっかく救った世界がボロボロになるのも気分悪いし……。

 でもまあ、ここらで潮時なのかなって正直思っています。

 だってもう手がないもん。縛りプレイもここまできたら、お手上げです。

 だからせめて、命乞いじゃなくてお願い・・・くらいはしておこうと思います。


「……なあ、一応駄目もとでお願いしてもいいでしょうか」


「……ほう?」


 急に目の色を変えたリンカーンさん。

 世界最強と謳われた魔王からお願いされるなんて、貴方もラッキーですね。


「俺のことはお前の好きにして良いから、帝国もお前らにやるから、俺の仲間達の命だけは助けてくれねぇかな。あ、できれば当面の生活の保障と最低限の個人の尊厳は守って欲しいんだけど」


 これは俺の本音だ。

 今まで迷惑を掛けた仲間達がこれ以上苦労するのを見たくない。

 だって俺のせいで散々大変な目に遭ってきてるし。


「……自身の尊厳や命をなげうってでも、仲間の尊厳と命が優先か」


「うん」


 リンカーンさんは何やら顎に手を当てて考え込んでいる様子です。

 もしかして、話が通じちゃったりするんだろうか……。

 それだったら後で今までの非礼を詫びてあげよう。

 そして気の済むまで俺をいたぶれば良い。


「…………くく、くくく、くはははは! おい、お前ら聞いたか! 魔王様ともあろうお方が、この俺にお願いだとよ……! くはははははは!!」


 一斉に笑い出した兵士達。

 でも俺はまだ奴の回答を聞いていない。

 だからじっと押し黙ったまま、返事が来るのを待ちます。


「……くくく、ああ、久々に心から笑うことができたぜ。礼を言わせてもらおう、魔王カズハ・アックスプラントよ」


「え? じゃあ――」


 俺がそう答えた瞬間、奴の表情が豹変した。


「…………駄ぁぁ目ぇぇだ!! くははは!! 駄目だ駄目だ駄目だ……!! お前の望みは叶わない! アルゼインは俺の物になり、その他の仲間は全員殺されるか、慰み者になるか、血肉を喰われるか、新生物キメラになるか以外の選択肢は無い!! お前は命が尽きるそのときまで、仲間が苦しむ姿を延々と見続けるのだ……!! ジェイド様はとっくにお見通しなんだよ……! 貴様が『最も苦しむ方法』をな!!」


「…………あー」


 俺の言葉はたったそれしか発せない。

 精霊王のときもそうだったけど、まるで言葉が通じる気がしない。

 本当にいるんですね、こういうクズ野郎って。

 ……まあ知ってたけど。


 うーん、じゃあどうしよう。

 もう奇跡でも起きないと、この状況を覆すことができません。

 仲間を救えるんだったら、俺の命がどうなったっていい。

 何度も死にかけてるからね。今更死ぬことなんて怖くないし。


「……ん?」


 今、なにか声が聞こえた気がしました。

 もしかして神様が俺の願いを聞き届けてくれた、とか……?

 これまで俺を地獄のループに閉じ込めてきた神様も、とうとう俺にご褒美をくれるとか?


『――命を投げ出す覚悟。それが本物であれば、私はマザーに力を貸しましょう』


 ……うん。なんか女の人っぽい声が脳内に響きます。

 でもマザーって誰のことなんやろ。

 何かまた嫌な予感しかしない……。


『けっ、これだからお嬢は困るんだよな。力を貸すんじゃねぇ・・・・・・・・・俺らを・・・目覚めさせろ・・・・・・って、はっきり言ったらいいじゃねぇか』


 ……うん。なんか今度は陰湿な男の声が脳内に響きました。

 やばい。脳内に二種類の声が聞こえるとか、メルヘンな世界にでも足を踏み入れちゃったのかな……。

 それとも、この二人がこの世界の神様、とか?


『余計なことを言ってマザーを困らせている場合ではないですよ、ジル。彼女の魔力が底を突いた今だからこそ、抗神獣遺伝子核アンチサモンの効力が弱まり我らがこうやって語り掛けることができるのですから』


『まあ、そうだわな。あの博士が造ったっていう無の媒体ゼロ・メディウムもベタベタして鬱陶しいからな。今のうちに魔法元素オールエレメントから遊離しないと、俺らの意識は完全にマザーの魔法核内に閉じ込められちまう』


 ……うん。なんかまた良く分からない会話が俺の脳内で繰り広げられています。

 どうしよう。会話に混ざっても平気なのかしら。


『……ああ、ほらジル。マザーが困っておりますよ。……申し遅れました。私は火の神獣のフェニクスと申します。そしてこっちが陰の神獣のジル』


 …………はい?


『まあ、なんだ。混乱するのも無理はないがよ。今は時間がない。俺らの意識が失われる前に、宿主マザーであるあんたに提案があるっつーわけよ。まあギブ・アンド・テイクだな』


 …………はい?


『貴女は先ほど、命を投げ出す覚悟があると仰いました。本当にその覚悟がおありでしたら、我らは貴女に力を貸すことができます』


『条件はそれぞれ、たったの一つ。フェニクスの嬢ちゃんを神獣として復活させるのに、あんたの・・・・残り寿命の・・・・・半分・・が必要。俺を復活させるのに、そのまた半分の寿命が必要。どっちか片方でも良いし、俺らの両方と契約してもいい。まあ、今の状況を脱するのに必要そうな戦力を選べってことだ。簡単だろ?』


 ――火の神獣、フェニクス。陰の神獣、ジル。

 魔術禁書を解体し、俺の体内に注入した奴らを、俺自身で目覚めさせる……?

 対価は残りの寿命の半分。二人とも復活させるのであれば、更に半分を失う。

 

「……ぷ、ぷぷぷぷ……」


「……あ? この期に及んで、何を気味の悪い笑い声を上げている……?」


 リンカーンさんが俺を睨みつけてそう言います。

 いや、だって笑うやん、こんなん。

 確かに夢を見たよ。火のように明るい女児と陰湿そうな男児の夢。

 ユウリも俺の体内に無属性が宿ったら、神獣が復活するって言ってたし。

 でも、俺には無属性は開花していない。

 つまり、まだ安定していない・・・・・・・・・俺の魔力が・・・・・極限まで・・・・枯渇したために・・・・・・・中途半端に・・・・・覚醒した神獣・・・・・・――。


『……マザー?』


『あー、頭イカレちまったかな。いやでも、元々イカレてるのか。魔法核に融合した時点で、この魔王の記憶は俺らと融合したんだからな。とんでもねぇ宿主マザーに取り込まれたもんだな、俺らも』


『口を慎みなさい、ジル。そんなことを言っていては、マザーと契約してもらえるのは私だけになるかも知れませんよ』


『けっ、別に俺はそれでもいいさ。お前みたいな腹黒女と一緒に現界されたって、これっぽっちも嬉しくねぇ』


『相変わらず素直ではないのですね。マザーの爪の垢でも煎じて飲ませてもらったら良いのに』


『……あぁ? どういう意味だそりゃ?』


 勝手に脳内で喋りまくる神獣達。

 俺はどうにか笑いを堪え、宙に視線を注ぎます。

 どっちと契約するって? そんなの最初から決まってんだろうが。


 だから俺は大声でこう叫びました。


「火の神獣フェニクス! 陰の神獣ジル! 二人とも、俺と一緒に大暴れしてくれ!!」


 俺の言葉が周囲に響き、兵士らは驚き一瞬だけ静寂に包み込まれた。

 そして俺の脳内には、二人の男女の声が響き渡る。


『……了解しました』

『はいよ。そう言うと思ったけどな』


 

 ――さてと。じゃあ、反撃を始めちゃおうかな!




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