三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず街を下ることでした。
「あ、終わったアルかー?」
表通りに向かうとタオが手を振って俺達を出迎えてくれた。
その横を走っていくのはこの街の警備兵達だ。
……きっとあの気持ち悪い叫び声を聞きつけて裏路地に向かったんだろうね。
「はぁ……。あの叫び声から察するに、また問題を起こしてきたアルね」
「うん。まあ結果的に問題を起こしたことになったけど、あれはあいつらの方が悪い。俺もセレンも悪くない」
俺は堂々とそう言ってやりました。
だってそうじゃん。
こんな日の高いうちにあろうことか魔王様をナンパする奴らが悪くね?
まあセレンの格好も問題といったら問題かも知れないけど……。
「お前、その恰好どうにかならないのか? どこからどう見てもただのエロい姉ちゃんにしか見えないんだけど」
「どうにか、と言われても……。我の魔力を十二分に発揮するためにこの魔装は作られたのだ。それに皆、魔族の女は同じような恰好をしておるぞ」
「マジですか……」
俺が知ってる魔族と全然違う……。
これも三周目の影響なんでしょうか……。
「じーー……」
「……ルルさん。どうしてさっきから黙って俺のことを睨んでいるのでしょうか……」
タオの後ろに隠れ、顔だけちょこんと出したルルが俺をジト目で睨んでいる。
そういう目で見られると変な汗とかでちゃうからやめて下さい……。
「いえ、私の勘違いだとは思いますが、カズハと魔王が非常に仲良く見えたので、ちょっとだけ恨みを込めた目で睨んだまでです」
「怖えぇよ! やめなさい! そういうの!」
幼女が恨みを込めたらアカン!
もういい加減仲良くしないと怒るぞ!
……あー、でもあれか。嫉妬ってやつかな。
これだから子供は困るよなぁ。
よし。ここは大人の代表としてルルのご機嫌をとっておこう。
「ほら、おいでルル。抱っこしてやっから」
「結構です」
「…………あそう」
大人の代表は見事に玉砕しました……。
「ルルちゃんは素直じゃないアルからねぇ」
お、タオさん良いですね。
気の利いたコメントをいつも入れてくれるタオさんは大好きです。
結婚しよう。
「タオは黙っていて下さい。私はいつだって素直です。そこにいる穢れた魔王とは違うのですから」
「ふっ、まだ我に喧嘩を売るか。良いだろう。受けて立とうぞ」
「受けて立つな! これ以上騒ぎを大きくするな!」
何故かカンフーのポーズをとったルルと、腕を組み不敵な笑みを浮かべているセレン。
とりあえず幼女のほうはタオに任せて、俺はセレンの背を押し表通りを東に進む。
「離して下さいタオ! 今こそ、ここで魔王と決着を付けなくてはいけないのです!」
「はいはい、また今度別の場所でやるアルよ。ここじゃ目立っちゃって警備さんに取り押さえられちゃうアル」
暴れる幼女を抱っこして先に進むタオ。
もはやお母さんと言っても過言ではない。
「カズハー? これからどうするアルか? 結局魔剣は奪えなかったアルし……」
後ろを振り向いたタオはセレンの腰に視線を落とした。
そこには魔王様専用の魔剣がしっかりと鞘に納められている。
すっかり忘れてたけど、当初の目的は魔王からこの魔剣を奪うことだったのだ。
どういうわけか魔王をお持ち帰りしちゃったわけなんだけど……。
「……カズハは我の魔剣が目的だったのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「そんなことは初耳だぞ。我と初めて対峙したとき、カズハは『我が欲しい』と堂々と答えたではないか」
……。
…………うん。
記憶は定かではないけど、セレンの言うとおりかも知れない……。
「……カズハ」
「まさか、本当に初対面の女性にいきなりそんなことを言わないアルよね……」
幼女とチャイナ娘が呆れた顔で俺を振り返っています。
……うん。ごめん。言っちゃった。確かにそう言っちゃった。
しかも今の今まで、魔王城に向かった理由をセレンに言ってなかった……。
「……えー、こほん。では改めて、セレンさん。魔剣ください」
「いくら我の主となったカズハの頼みでも、それだけは聞けんな」
「なんで!?」
ご主人様の命令は絶対じゃないの!?
……あ。でも俺が止めてもルルと喧嘩ばっかりしてるから、言うことを聞いてくれるわけじゃないのか。
じゃあアレじゃん! 名ばかりご主人様ってことじゃん!
「はぁ……。ここまでカズハがいい加減だとは思いませんでした」
幼女に溜息を吐かれました……。
でも本当は俺がいい加減なことくらい、とっくに分かってるだろう。
…………うん。
自分で言って凹んじゃった……。
「でもどうしてもう一本の魔剣が必要アルか? そういえばまだ理由を聞かせてもらっていないアルよね。ルルちゃんは知っているアルか?」
「いいえ。私もカズハが魔剣を手に入れようとしていることくらいしか知りません」
二人が顔を合わせて首を傾げている。
そうか。ついに皆に明かすときが来たか……!
耳の穴をかっぽじってよく聞くがいい……!
「実は……」
俺はこれまでの経緯を三人に説明しました。
エーテルクランの闘技大会に出場したこと。
そこで出会った巨乳剣士――もといアルゼイン・ナイトハルトに強請られたこと。
まあ、どうして強請られたのかは内緒にするしか無いんだけどね。
俺が『三周目の人生を歩んでいる』なんて言っても、こいつらは信じないだろうし……。
口止め料の代わりに要求されたのは二つ。
一つ目は俺が国を作ったら幹部として彼女を迎えること。
そして二つ目は魔王から魔剣を奪い、それを彼女に譲渡すること。
「……またとんでもない要求をされたアルね」
「そのアルゼインという剣士は何者なのですか? カズハを強請るとは、どんな弱みを握られたのでしょうか……」
ルルとタオが興味深々といった顔で俺を見ている。
こいつら……! 俺の弱みに付け込もうとしているのが見え見えだ……!
絶対言わねぇ!
こいつらアルゼインよりもっと俺を強請る気だ!
幼女こわい! チャイナ娘こわい!
「しかし、どうするのだカズハ。今の話を聞いて、さらに我は魔剣を手放す気が失せたぞ。そんなわけも分からん輩に、命の次に大事な魔剣を譲るわけにはいかんな」
セレンさんの眉間に皺が寄ってます。
うーん、まあそう言うだろうと思ったよ。
「アルゼインには俺の魔剣をやるよ」
そう答えた俺は腰に差した魔剣を抜いた。
まあ、これしか方法はないわな。
「そ、そんなことをして大丈夫アルか? カズハの戦闘力が落ちちゃうアルよ?」
「うん。落ちるね」
「……そんなあっさり答えられても困るアル」
ガックリと肩を落としたタオ。
でもまあ、それでも俺強いし。レベルMAXだし。
ゼギウスの爺さんに作ってもらった大剣で遊ぶのも、暇つぶしにちょうど良いと思ってたし。
「私は反対です。魔剣を扱う者は闇に落ちると言うじゃありませんか。まさしくカズハが良い例です。それに、人間族を守るのが私の役目。わざわざそのアルゼインという剣士が闇落ちするのを見過ごすわけにはいきません」
「おいこら、そこの幼女。今さらっと失礼なことを言わなかったか」
俺が睨むと幼女は口笛を吹きそっぽを向きました。
ていうか、魔剣を扱う者が闇に落ちるとか嘘を言うんじゃない。
だって普通は魔王以外魔剣を使わないんだから。そもそも世界に一本しかないんだし。
俺が三周目のチート転生者だから魔剣を使えているわけで、前例がないんだから闇落ちの確証も無いだろうが。
……いや、違う?
俺を見て確証を得やがったか、この腹黒幼女……!
「とにかく、街を下りてエーテルクランに向かうアルよね。もうここまで来たらとことん付き合うアル……って、聞いていないアルね」
逃げ回る幼女を追いかける俺。
タオの深い溜息が聞こえた気がするが、そんなことはどうでもいい。
今日こそ、この幼女を懲らしめなければならぬ……!
「放っておこう。少しはあの精霊もこってり絞られれば良いのだ」
「そ、そうアルね……」
――二人はそう呟き、街の南門に向かっていったとさ。




