三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず酒を飲むことでした。
「それにしてもマジ、むかつくよなぁ……。あの馬鹿王様……」
過去二度にも渡り、この異世界を救った元勇者の俺に向かってカスとかメス豚とか言いやがって……。
思い出したら無性に腹が立ってきた。
どうにかしてこのストレスを発散しようにも、部屋で暴れたらお母さんに迷惑を掛けちゃうし……。
落ち着け、落ち着くんだ俺。
こういうときは深呼吸をしよう。
「あーあ。宝玉なんて取らないで無視しとけば良かったなぁ」
二度も同じ過ちを犯したことを今更嘆いても仕方がない。
こういうときは別のことでも考えて気を紛らわすしかない。
――俺は過去を思い出す。
初めてこの異世界に転生した日。
右も左も分からないまま街をうろついていると、不審者だと間違われて兵士に捕まっちゃうし。
別の世界から来ました! って言っても誰も信じてくれないし……。
ていうか余計に不審者扱いされる始末。
そのときに俺を牢から解放してくれたのがこの国の皇女、エリーヌ・アゼルライムスだった。
俺は一瞬で彼女に一目惚れしました。
天使が舞い降りてきたのかと、本気で思ったくらいだし。
「エリーヌ……。俺のこと、また忘れちゃってるよね……」
一周目の世界で魔王の軍勢がアゼルライムスに攻めてきたとき。
俺は彼女を助けることが出来ず、無残にも俺の目の前で彼女は殺されてしまったのだ。
あの時の、エリーヌの悲しそうな顔を思い出す度に胸が締め付けられる。
でも、俺には二周目が待っていた。
再び魔王の軍勢がアゼルライムスに押し寄せてきたが、今度はきっちりエリーヌを救うことに成功。
そして俺は英雄と称えられ彼女と結婚。
あとは魔王さえ倒せばハッピーエンドになるはずだったのに、奈落の底に落ちて裏ボスと戦う羽目になるなんて……。
マジ宝玉なんて無視すれば良かった。
――再び一周目の頃を思い出す。
最初のイベントは近くの洞窟に住むモンスターの討伐依頼だった。
世界中から集まった勇者候補がそれぞれ単独で洞窟内を探索し、一番奥に潜んでいるボスを討伐するというものだ。
そのボスを倒すことにより更にイベントが進み、ギルドで仲間を集めることが出来るようになるんだけど……。
「いや、本当に大変だった。思い出すだけで吐きそうになる……」
お母さんから貰ったお小遣いを持って武器屋に行って、一番安い武器である『木の棒』を買って。
防具を買うお金が無いから、どうにかヒット&アウェイを駆使してダメージをなるべく受けずに雑魚モンスターを狩りまくって。
ようやくお金が溜ったから、次に強い武器の『木の槍』に買い換えて、また雑魚モンスターを狩りまくって。
で、ようやく強化素材も集まったから鍛冶屋にそれを持っていって、『木の槍+4』に強化しました。
残りのお金と必要無くなった『木の棒』を売って防具を買って、いざ挑んだ最初のイベント。
――ボスにたった三発殴られただけで、あえなく瀕死状態になりました。
その後、何度挑戦してもボスを倒せず。
瀕死状態のまま自宅のベッドに強制送還される毎日――。
ライバルの勇者候補らはとっくに先に進んでるのに、俺だけ取り残されて。
……マジで鬱になりそうでした。
で、二周目はどうだったのかというと――。
「えい」
「グワアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!」
一瞬でイベント終了。
魔剣を軽く振り下ろしただけで、ボスは綺麗に真っ二つになりました。
当然のことながら、世界中から集まった勇者候補の中で最速でイベントをクリア。
城に報告に戻ったらアゼルライムス王は口を開いたままパクパクしてたっけ。
で、そんなこんなで最終イベントの魔王討伐も簡単にクリアしました。
めでたし、めでたし。
◇
「さて、っと……」
いつまでもベッドでゴロゴロしてても仕方がない。
イライラも収まったし、ちょっと外の空気でも吸ってこよう。
「お母さーん。ちょっと出掛けてくるねー」
台所で夕飯の支度をしているお母さんに声を掛け、俺は街に繰り出すことにしました。
始まりの街アゼルライムス。
古くから勇者を輩出し続けている伝統ある街だ。
もう何度も見慣れた光景。
もはやここが俺の故郷と言っても過言ではない。
中央通りを進み橋を渡ると、鍛冶屋の前に見知った顔を発見する。
アゼルライムス一の槍の名手、グラハム・エドリード。
洞窟のイベントを終了し、ギルドで仲間を集められるようになって、初めて仲間にしたのが彼だ。
結局ラストの魔王戦まで、ずっと一緒にパーティを組んだほどの腐れ縁。
まあ、なんていうか、兄貴的存在というか親友みたいな感じとでも思ってくれて構わない。
鍛冶屋の店主と冗談を交わし笑っているグラハム。
いつもあんな感じで周囲を和ませてくれて、色々とキツイ場面でも彼のおかげで乗り切れた気がする。
当然二周目でも俺は彼をパーティに誘い、ラストまで一緒に戦った。
でも俺は二度、彼を魔王に殺されている。
まるでそれが運命であるかのように、無情にも魔王の剣は彼の身体を貫いたのだ。
(悪かったなグラハム……。一周目も二周目も死なしてしまって……)
鍛冶屋の店主と楽しそうに話しているグラハムの脇をすり抜け、俺は大通りへと向かった。
大通りの外れにある酒場の扉を開く。
ここはいつ来ても賑やかな場所だ。
俺はカウンターの席に座り、メニューに目を通す。
「おいおい、嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんのような、お子ちゃまが来るような場所じゃ無ぇぜ?」
「むっ」
店のマスターに笑われ、俺は再び機嫌が悪くなった。
せっかく気分転換しようと思って家を出てきたのに……。
「……マスター。一番強いのを、頼む」
「はぁ? 嬢ちゃんは未成年だろう? しかも女のくせに無理に低い声出さなくたって――」
マスターがそう言いかけた瞬間、髪の長い女性が俺達の間に割って入ってくる。
あれ……? もしかして……。
「随分な言い草ね。『女のくせに』って、どういう意味かしら?」
腰に手を当てたまま威圧的な態度でマスターに詰め寄る女性。
彼女の名はリリィ・ゼアルロッド。
グラハムと同じく過去に俺とパーティを組んだ、頼れる魔道士だ。
「ちっ、厄介なのがまた来やがったぜ……」
舌打ちをしたマスターは、その場を別の店員に任せて店の奥に引っ込んでいった。
……確かこのマスターはリリィのことが苦手だった気がする。
「こんにちは。ここの店、客の対応が悪いからあまり気にしないでね。あのマスターも本当はそこまで悪い人じゃないんだけど、客商売に向いていないのね。きっと」
そう言ったリリィは俺の横の席に座った。
俺は適当に相槌を打ち、話を合わせる。
変なことを口走らないように気を付けないといけないからね。
何たって俺は『過去の記憶』があるんだから。
「貴女もアゼルライムス王の謁見の帰りかしら?」
「へ? ……あー、まあ、そんな感じです」
今の時期は街のどこに行っても、勇者候補や、それにあぶれた補欠候補の冒険者でいっぱいだ。
一応俺も冒険者っぽい格好をしているから一目見て分かったのだろう。
「ふふ、その顔だと貴女も王に色々と言われたみたいね」
「……貴女、も?」
「あーあ。あの王様、本当に頭が固いもんね。この国が女性蔑視なのは有名だけれど、ここまで酷いと頭にくるわ」
そう言い、大きく溜息を吐いたリリィ。
あの王様……マジで人を見る目が無いんだな。
ていうか初めて知った。
リリィも最初は色々と苦労してたってことを。
彼女は最終的には全ての属性魔法を使いこなせる『大魔道士』にまで成長した。
確か世界で五本の指に入る、とかじゃなかったっけ。
とにかく凄い奴なんです。
(マジであの王様駄目だな……。ていうか、二周目のときは『お義父さん』だったけど……はは……)
勇者としてエリーヌと結婚したときは、すごく喜んでくれたんだけどね。
「何か飲む? おごるけど」
ウインクをしてそう言ったリリィ。
断る理由もないし、お言葉に甘えちゃおうかな。
「……ああ。一番強いのを、頼む」
俺はもう一度低い声でそう言った。
「ふふ、何だろう。どうしてか分からないけれど、懐かしい感じがするわ」
そう言い笑ったリリィは店員に飲み物を頼んでくれた。
まあ、なんていうかグラハムもリリィも変わってなくて安心しました。
変わっちゃったのは俺の性別くらいなのかな。
……。
…………はは、笑えねぇ。