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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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012 幼女の決意とか、嫌な予感しかしないからやめて下さい。

 ――アゼルライムス帝国、帝都アルルゼクト。

 ルリュセイム・オリンビアの部屋にて。


「…………」


 私はきつく目を閉じ、耳を澄ます。

 開いた窓の外から聞こえてくる風の音。小鳥のさえずり。

 一見、平穏に見える日々が徐々に崩壊していく様が瞼の裏に浮かび上がる。

 そして木々のざわめきが、私の不安を増長させる。


 ――『憎しみ』。

 あの男は、男達は、世界を憎しみで溢れさせようとしている。

 かつて、世界の王であった精霊王がそうしたように。

 

 まだ私が幼き頃に母から聞かされた一つの童話があった。

 そこに登場する魔族は悪逆非道でもなければ、戦を好まぬ温厚な民族であった。

 ただひとつ他と違っていたのは、『魔法』という特殊な能力を得ていたこと。

 それに嫉妬した精霊王は秘密裏に当時の魔族の女を攫い、血肉を啜り、同じ力を得ようとしていたという話だ。

 私はその話を聞くのが怖かった。

 どうして母は精霊族の偉大な王の悪口を言うのだろうと、いつも疑問に思っていた。


 時を待たずして病を患っていた母は天に召され、この世界に残された精霊は私だけとなった。

 母の残した言葉を封印し、先祖の汚名を晴らす――。

 この世界を支配する人間族に聖なる力を与え、憎き魔族を滅ぼすことだけを考えて生きてきたのだ。


「…………はぁ」


 深く溜息を吐き、ベッドにこの身を預ける。

 今ではその考えが正しかったのかどうか、私には分からなかった。

 ただ、純粋に、今の生活が楽しかった。

 魔族への復讐など忘れ、仲間と共に生きる生活が、本当に楽しかった。

 

 だから私はこの生活を、この世界を、守りたいと思った。

 たとえ自身の命が尽きようとも、かけがえのない仲間だけは守りたい――。


「……ふふっ」


 唐突も無く笑みが零れてしまう。

 これは完全に彼女・・の受け売りなのだろう。

 あの男――ジェイド・ユーフェリウスは底の知れぬ男だ。

 完璧な作戦など、この世には存在しない。

 かつての精霊王が、圧倒的な軍事力の差がありながら魔族に敗れたように。

 彼女の持つ幸運もいずれきっと、どこかで途絶えてしまうのだろう。


 その時に、命を落とすのは私だけで良い。

 精霊王の亡霊を道連れにして、皆のいるこの世界を平和に導く。


 ――それこそが、最後の精霊の役目。

 私がこの世界を生きた、人生最期の大仕事となるのだ。


「……?」


 扉の外に人の気配を感じ、思考を止める。

 その人物はノックを躊躇しているのか、しばらくの間は小鳥のさえずりの音だけが部屋の中に木霊した。


「誰ですか? 用があるのでしたら、入っても構いませんよ」


 私がそう答えると、程なくして扉が開いた。

 そこに現れた顔を一瞥し、小さく溜息を吐いた私は再びベッドに横になる。


「…………」


 無言のまま扉を閉めた女。

 そして部屋の入り口で立ち止まったまま、何を話すでもなくこちらに視線を向けている。

 かつて私が最も憎んだ魔族の王――セレニュースト・グランザイム八世。

 カズハに敗れ、彼女の眷属と成り下がった女に、今の私は何の感情も沸きはしなかった。

 ただひとつ言えるとすれば、その哀れみを含んだ視線が許せない。

 言いたいことがあれば、以前のようにいくらでも喚き散らせば良いとさえ思う。


「……何でしょうか。用件がないのでしたら、出て行ってもらえませんか。考えごとをしていますので」


 無言の視線に耐えられなくなった私は寝返りを打ち窓に顔を向けた。

 遠くの空に浮かぶ分厚い雲が太陽の光を遮り、辺りは一面影となる。

 明日は嵐にでもなるのだろうかと思ったところで、セレンが重い口を開いた。


「……あやつは、きっと怒るぞ。今までだってそうであっただろう。なのに何故、同じことを繰り返す?」


 腕を組んだままゆっくりと室内を歩くセレン。

 彼女の質問の意味を問いただすまでもない。

 私は振り向きもせず、ただ淡々と質問に答える。


「戦争を終わらせるためです。精霊自ら世界に平和を齎したとして、それの何が間違いなのでしょう?」


 死ぬことに、恐怖などない。

 むしろこれは私の使命とさえ思う。

 精霊王が残した憎悪を、精霊族の生き残りである私が解決する。

 そして、第二次精魔戦争は終結を迎える――。


「そんなことは聞いておらぬ。あやつの――カズハの感情・・のことを言っている」


「感情? それを気にしたところで、この世界が救われるのですか? 貴女こそカズハに魔王の地位を奪われて、眷属に成り果てて、骨抜きにされた身ではないですか。そんな貴女に指図されるような私ではありません」


 言ってしまった後に、言葉に棘があったことを反省する。

 他の仲間の前では冷静でいられるのに、彼女の前では感情が剥き出しになってしまうことが多々あるのは事実だ。

 しかし、それは仕方のないこと。

 精霊族と魔族――。

 互いに相容れない存在が共にあること自体が異常なのだ。


「あやつが一言でも『世界を救う』などと言ったか? お前にも分かっているはずだ。ユウリやリリィがお前の提案を授かったのも、みすみすお前を死なせるためのものではない。何を一人で抱え込んでいる? 自分一人の命でどうにかなるとでも思っているのか?」


「……貴女には何を言っても理解されないでしょうね」


「ああ、分からんな。分からんから聞いている。あの異端の科学者の放った言葉が原因か? 『不老魔法ディストピア』――。お前の血肉が目的だから、我らが狙われ、それにより世界が破滅に向かうと?」


「…………」


 セレンの言葉に私は何も答えない。

 ここで言い返せば、彼女の口からどのような言葉が発せられるのか予想が付くからだ。

 彼女もまた、精霊王を主として崇めるメリサ教の総本山がある国――公国側から命を狙われている。

 つまり、立場は同じだと言いたいのだろう。


「……まあ良い。だが我はカズハに約束した。お前を必ず守る、とな」


 それだけ言い残し、部屋を後にしたセレン。

 再び静かになった部屋の中で、私はきつく唇を噛み締める。


 カズハの気持ちなど、とうに理解している。

 理解していない者など、この国にはいないだろう。


 だからこそ、私は余計に機嫌が悪くなった。

 何もかも一人で抱え込む彼女に、私はただ何もせず、黙って守られていろ、と?

 私は彼らのお荷物ではない。

 世界に危機が迫っているというのに、何もしない精霊など、存在価値が無いにも等しいのだから。


 

 ――かけがえのないものは、自分の力で守り抜く。



 ベッドから降りた私は、暗く陰った空に決意の眼差しを向けた。




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