011 俺をハブにして勝手に計画とか立てないで下さい。
――ああ、また夢を見ている。
広大な海の中で、俺は赤子を抱えていた。
火のように明るい女児と、陰湿そうな笑みを浮かべている男児。
こらこら、喧嘩したら駄目だぞ。
双子なんだから協力して生きていかないと、困難に直面したときに乗り切れない――。
「――じゃなくてっ!! 何なのこの夢!? 陰湿な男児とか、めっちゃ嫌なんですけど!!」
悪夢から解放された俺は、叫び散らしながら飛び起きました。
あー、怖かった……。
双子の赤ちゃんにおっぱいをあげる夢なんて、マジ勘弁して欲しい……。
――ガタガタガタ。ガタガタガタ……!
「……ん? なに、地震……?」
目覚めたと同時に揺れを感じ、俺は周囲に視線を向けます。
手術室内はしっかりと整理整頓され、もうあらかた荷物は運び出してあるみたい。
そういえばユウリから、どうしてこの研究施設が破壊されるのかの理由を聞いていなかったっけ。
……もしかして、ブルドーザーとかで解体作業が始まっちゃったとか?
…………。
俺がまだ診察台で寝ているのに?
「か、カズハ様! 大変です! 起きていらっしゃいますか!!」
手術室の扉が開き、グラハムが慌てた様子で中に飛び込んできました。
奴の鼻血が完全に止まっているところから察するに、あれからまた結構な時間熟睡しちゃったみたいです。
「うん。今起きた。グラハム、状況の説明」
そのまま診察台を飛び降り、壁に掛けてある黒剣を手にします。
まあ偽物だと分かったとはいえ、このうち一本はあのラスボス魔王の使ってた巨剣の欠片を素材にした刀身であることには変わりがない。
ユウリも魔剣級の刀だって言ってたし、帝都に帰るまでは使ってあげようかと思います。
「連邦国軍です! 数は不明! それととてつもなくデカい魔獣が一匹……! この研究所を押し潰そうと、建物の入口で暴れております!」
「……あー、なるほど。そういうことね」
今のグラハムの説明で納得した俺はすぐに手術室を出ました。
――つまりこれは、ジェイドの差し金だ。
俺が帝国を出発して連邦国に来ることも、この研究所で属性を復活させる手術を受けることも奴には筒抜けだったというわけだ。
まあミネアの大渦で待ち伏せされていた時点で、ユウリはとっくに理解していたんだろうけれど……。
「ユウリ殿とルーメリア殿が奴らと交戦中です! 俺はこれからガゼット博士と研究所の職員らを裏口から避難させ、港町ガイトに用意しておいた偽装船に乗り込みます! カズハ様も御一緒に――!」
「いや、退路はもう十分に確保してあるんだろう? だったらお前だけで十分だ。俺はちょっくら新しく生まれ変わった自分を試してくる」
「何を馬鹿なことを言っておられるのですか! カズハ様はまだ絶対安静の身なのですぞ! これ以上ユウリ殿の計略を踏みにじることはお止めください!!」
「うっ……」
グラハムに『馬鹿』って言われた……。
これ以上ショックなことはない……。立ち直れない……。
「ど、どうされましたかカズハ様……! はっ、まさか……つわりですか!?」
「ちげぇよ! お前に『馬鹿』って言われたから落ち込んでんだよっ!!」
バシっとグラハムの後頭部を叩き、俺はふうと息を吐きました。
確かに相手はあのジェイドだ。
ユウリの計略により退路を確保してあるとはいえ、敵の増援が待ち伏せしているとも限らない。
ここはちゃんと部下の言うことを聞いて、さっさとガイトの街に向かったほうが吉か。
もう怒られるの嫌だし。
「よーし、じゃあ今回は大人しくします。それとグラハム。まだ俺ちょっと具合悪いから黒剣持ってって」
ひょいと二本の黒剣を投げ渡し、廊下を走りつつ首の骨を軽く鳴らします。
手術が成功したのは良いんだけど、相変わらず魔力が垂れ流しなので腕とか疲れちゃうんだよね……。
今の俺だと足手まといになっちゃうんだろうなぁ。
なんかすごい悔しいけど、どうにかしてジェイドから黒剣の刀身を取り戻して元気いっぱい夢いっぱいに戻りたいんだけど、どうしたもんか……。
「なあ、ユウリは奪われた黒剣をいつ頃取り戻すとか言ってた?」
大きな破壊音を背に、俺とグラハムはひたすらに長い廊下を走り抜けます。
なんか俺のせいで研究所まで破壊されてホントごめんなさい……。
あとでガゼットのおっさんに会ったら謝っておこう……。
「はい。取り戻さないと仰っておりました」
「…………」
何だろう。今、ものすごい聞き間違いをした気がする。
取り戻さない? ハハ、そんなわけないじゃん。
「ユウリ殿は今回の件を逆に利用し、あえて世界ギルド連合側に先手を打たせるおつもりです。カズハ様より奪った黒剣が本物であると確信している彼らは、その魔力を元に魔導増幅装置の大量生産に着手するはず。そうなれば、残る目的はあとふたつ――。カズハ様を捕え、永遠に魔力を吸い続ける永久魔導機関として利用すること。そして不老魔法を完成させるために、全軍事力を帝国に向けて発動するということ」
「え……?」
全軍事力を帝国に発動……?
それは、つまり――。
「おい、まさかルルを餌に敵を呼び寄せて、そこで一気に叩く作戦ってか? 誰がそんな許可を出したんだよ!!」
立ち止まった俺に苦しそうな表情で振り向いたグラハム。
……何だよ、その顔は。
俺に内緒で何を勝手に決めてやがったんだ、お前らは……?
「――ルル殿です。彼女自ら、この作戦を志願なされました」
「…………は?」
時が、止まる。
ルルが……そう志願した?
なんでそんな重要なことを俺に言わないんだ……?
まさか、帝都を出発する前から計画されていた――?
「……ユウリ殿の計略では、時を待たずして帝国に主要三カ国の全軍、それとその他同盟国らも進軍してくることを見越し、帝国領海内での大規模戦闘を予想しております。魔導増幅装置による魔力増強を主軸とした軍編成を逆手にとり、帝国領海に集まった船団をエアリー殿の『弓』、デボルグ殿の『爪』、ゲイル殿の『刀』、そしてルーメリア殿の『扇』による最大火力で押し切り、将軍級の者を全員捕縛。不死の属性を持つ者に対しての対策も万全と聞きます。以前、カズハ様が魔獣王ギャバランに用いた方法をとれば、倒さずとも無力化することは可能でしょう。偽の黒剣から吸い上げられるカズハ様の魔力には限界があります。限界に到達したチャンスを狙い、一気に決着を付けるとのことです」
俺は下を向いたまま何も答えなかった。
ユウリが考えた計略なんだから、このまま黒剣を取り戻さなくても俺は魔力が枯渇して死ぬなんてことは無いのだろう。
それよりも俺の魔力が弱まった状態のほうが、勝手に色々と行動をされなくて済む分、あいつには計算がしやすくなるのだと思う。
――でも、問題はそこじゃない。
ルルを餌に、敵を誘導する?
もしも、万が一、その作戦が失敗して、ルルがジェイドに攫われたらどうなるのか――。
「……カズハ様。これはルル殿が望んだことです。勿論、最初は我々も反対しましたが、彼女の意志は本物でした。ユウリ殿も最後まで悩んでおりましたが、偽の黒剣を奴らが奪ったことで状況が変わったのです。ルル殿は絶対に奴らに渡さないと俺が誓いましょう。世界戦争を終わらせるためには、これが最もリスクの少ない方法なのです」
「…………」
グラハムに諭され、俺は肩の力を抜いた。
そう。これは皆が真剣に考えて出した結論。
身勝手な俺に振り回されてばかりで、世界中から命を狙われる羽目になって。
それでも俺に付いてきてくれた、仲間達の出した結論――。
「……分かったよ、グラハム」
俺がそう言うと、グラハムはほっと溜息を吐いた。
世界戦争が終わるんだったら、それに越したことはない。
ルルの覚悟も本物だろうし、きっと最善の策が幾重にも張り巡らされていて彼女の安全は保障されているのだろう。
――でも、やっぱり、何かが違う。
ルルの覚悟は、『犠牲を伴う覚悟』だ。
自身の命を差し出せば、万が一最悪のケースが訪れた時にでも、仲間の命だけは救われるかもしれない――。
そんなことを、あいつが考えていること自体が、気に喰わない。
だから俺は、言うことを聞かない――。
「《隠密》!」
薄紫色をした煙が身を包み、俺はいつぶりだか分からないほどの陰魔法を詠唱した。
この懐かしい感覚――。
しかし、心は踊らない。悔しさで心臓が締め付けられそうなほどに痛い。
もしくは、絶対安静の身で魔法を詠唱したことによる副作用の影響なのか。
「い、陰魔法を……! くっ、ここでカズハ様を見失っては、皆の覚悟が水の泡に――!」
闇雲に腕を突き出し、姿を消した俺を捕えようとするグラハム。
俺はそれを潜り抜け、長い廊下をまっすぐに走っていく。
――ルルの元へ。
誰よりも早く、彼女の元へ――。
裏口を飛び出した俺は、眠らない街をただひたすらに走り去っていった。




