010 なんだか新しい人生が開花しちゃいそうです。
「ん……。あれ? 今、何時……?」
目を擦りつつ、診察台から起き上がります。
なんかまだ頭がぼーっとするけど、とりあえず生きているみたいです。
「ふふ、おはようカズト。そろそろお昼時かな。気分はどうだい?」
声のするほうに視線を向けると、笑顔でユウリが出迎えてくれました。
どうやら無事に俺の手術は終わったみたいです。
うーむ。それにしては気分がスッキリしないんだけど、これも偽の黒剣を抜かれている影響なのかな……。
「ガゼットのおっさんは? 手術は成功したんだろ?」
周囲を見回しても博士の姿は見えません。
まああのおっさんも忙しそうだから、別の患者の手術やら実験やらがあるんだろうけど……。
「博士はルーメリアと一緒に研究資料などの荷物を纏めているよ。勿論、君の手術は成功だ。まだ身体に薬が残っているから眩暈や吐き気がするだろうけれど、数時間もすれば収まるから、それまでは安静にしているんだ」
そう言ったユウリは手際よく手術用具を片付けていく。
……ていうか、『荷物を纏めている』? なんで?
引っ越しでもするの……?
「……ああ、その顔はどうしてって顔だね。理由は簡単さ。この研究所は、いずれ破壊される。だから僕らは博士と、彼のこれまでの研究資料を無事に帝都に持ち帰らなければならない」
「破壊される!? ここが!?」
ユウリの言っている意味が理解できない俺は、ビックリして診察台から飛び降りました。
でもその途端に膝から脱力して、危うく顔面を殴打するところだった……。セーフ。
「……まったく。安静にしていろと言ったばかりだというのに……。君の魔法遺伝子はまだ完全に無の媒体と融合を果たしていないんだよ。二冊の魔術禁書から抽出した魔法元素も抗神獣遺伝子核による抑制効果が働いているから、どうにか魔法核内に留まっている状態なんだ」
…………うん。
どうしよう。ユウリが何を言っているのかさっぱり理解できない……。
おーるえれめんと? あんちさもん?
そんな専門用語はどうでもいいから、どうしてこの研究所が破壊されちゃうのか教えてください! 先生!
「……はぁ。とりあえずまだ君の術後検査は終わっていないのだから、まだしばらくは安静にしていなきゃ駄目だ。この施設が破壊されるとはいっても、今すぐにというわけでは無いはずだから、君の術後の経過を見てから判断するよ。ほら、肩を貸すから診察台で大人しく寝ているんだ」
「……むい」
ユウリに肩を貸してもらい、再び診察台に寝転がった俺。
なんだよー、焦らすなよー。今すぐ破壊されちゃうのかと思ったよー。
でも寝てるだけっていうのも暇だから、色々質問してみよーっと。
「ええと、ユウリ先生。ちゃんと、大人しく、安静にしているから、さっきの……オールフリー? あんころもち? みたいなのを俺にも分かるように説明してくださーい」
「……魔法元素と抗神獣遺伝子核だよ。良いだろう。君に注入した無の媒体と共に、覚えておいて欲しい知識だから説明をしておこうか」
そう言ったユウリは診察台の横の椅子に座って講釈を始めました。
以下、ユウリ先生の有難い説明を俺なりに噛み砕いて理解した内容です。
まずは俺に注入した無の媒体。
うーん、これは何だろ。一言で言えば……接着剤かなぁ。
俺の身体の中に残った火と陰の魔法遺伝子の残りかすに、魔術禁書を無理矢理くっつけるみたいな?
で、その接着剤でまだ完全に火と陰の属性がくっついてないから、安静にしていろと。そんな感じ?
次に魔法元素。
これがさっき言った、魔術禁書から絞り出した魔法の元。
で、この魔法の元を安定させるために抗神獣遺伝子核っていうのが必要なんだって。
ほら、魔術禁書って恐ろしい神獣が守っているじゃん?
その神獣の設計図みたいなのが魔法の元の中にも入ってて、そいつが暴走しないようにあんころもち……じゃないや抗神獣遺伝子核が必要なんだとか。
ふーむ。魔法ってのも奥が深くてよく分かりませんなぁ……。
「――無の媒体を投与しているとは言っても、第三の属性が開花してしまう可能性は極めて低い。最終的には魔法元素、抗神獣遺伝子核と一体となって君の空になった火の魔法核、陰の魔法核内でそれぞれ融和し消滅する。それが観測されて、ようやく最終術式が決定するというわけだね」
「……あの、もしもその『第三の属性』っていうのが開花しちゃったら、どうなるんですか?」
一応、聞いてみよう……。
可能性が極めて低いとか言われても、そういうのに当たっちゃうことが今までに何度もあったし……。
「うーん……。博士の無の媒体は新生物因子とは違い無毒化された無属性因子だからね。新生物化するということは絶対にあり得ないんだけど、万が一新たな属性の開花――『無属性』が君の体内に宿ってしまったら――」
「……宿ってしまったら?」
俺はごくりと生唾を飲み込みました。
死んじゃうのかな。それとも魔力が暴走して、闇落ちカズハちゃんになっちゃうとか?
「恐らく君の魔力を司る魔法脈に多大な影響が出るだろうね。それによって各魔法核内で融合を果たしたはずの抗神獣遺伝子核が変性し、それによって抑えられている魔法元素が本来の姿を取り戻そうと活動を再開する」
そう言ったユウリは、最後に俺の目を見てはっきりとこう言いました。
「魔法元素の活動再開――つまり、火の神獣と陰の神獣がカズトの体内で再誕するということになる」
「…………」
目をパチクリとさせた俺は、無言のままユウリを見つめます。
神獣が再誕……。
うん。つまり、どういうことでしょう?
「……ええと、俺の身体の中で神獣が……生まれちゃう? え? 俺、お母さんになっちゃうってこと?」
双子? しかも、双子の赤ちゃん?
火の神獣ちゃんと、陰の神獣ちゃん?
……え? 産むの? 俺の身体、裂けちゃうんじゃないの?
「いや、神獣の母になるとか、そういう話では…………いや、そういうことになるのだろうか? ヒトから生まれし神獣――。僕もセルシアを産んだ身だから分かるけど、母とは良いものだ。……そうか。カズトも母になるという可能性があるんだね。それはとても素晴らしいことだと思う」
「いやいやいや! お前が産んだのは人の子だろが! なんで俺が神獣を産まないといけないんだよ! やだよ! 『第三の属性の開花』どころじゃないだろ! 新しい人生観が開花しちゃうよ! ……いやそれ以前に死ぬだろ!!」
俺がそう叫んだ瞬間、手術室の扉が勢いよく開きました。
……このタイミングで現れる奴は、一人しかいない。
「出産ですかっ!! カズハ様、ご出産ですか!! 御立会い、御立会い!! ここは不肖グラハム、カズハ様のご出産を邪魔する者を一歩たりとも立ち入れるわけにわいかぬええええぇぇぇ!?!?」
言い終わる前に俺の拳が火を噴きました。
うん。一応、火魔法が使えるようになったみたい。
グラハムの死は、決して無駄ではなかった。
「ふふ、まあ冗談は抜きにして、もう少し寝ているんだカズト。君が目覚める頃には出発の準備が整っているだろうから、今は十分に休息していてくれ」
それだけ言い残したユウリは鼻血を出して倒れているグラハムを引き摺り、手術室を出て行きました。
一人取り残された俺は再び診察台の上に寝そべり、そっとお腹に手を置きます。
「………………赤ちゃん、できちゃったら、どうしよう」
――そんな俺の空しい言葉が宙に溶けていきました。




