009 とうとう俺の魔法が復活する瞬間がやってきました。
――夢を、見ていた。
以前にも見たことがある夢。
広大な海の中で、俺はただひとり膝を抱えて丸くなっている。
俺は、この場所を知っている。
黒と白の菱形の魚影が俺のすぐ脇を横切り、その拍子に俺は海底から転がるように前へと進んだ。
海底に沈んだ無数の魚の死骸が俺を恨めしそうに見つめてくる。
それらはすべて楕円であり、かつて俺が殺した魚達でもあった。
色を失った死骸は俺の行く先を阻もうとする。
意志のないそれらは俺の全身に絡みつき、道連れにしようと模索しているようにも見えた。
きっと、俺を恨んでいるんだろうな。
このまま一緒に地獄に落ちてやりたいところなんだけど、やるべきことがまだまだ沢山残っているんだ。
悪いけどまた、俺と一緒に生きてもらうぜ。
殺した俺が言うのも何なんだけど、お前らがいないと仲間を全員守り切ることが難しいから――。
◇
魔法都市アークランド、オルダイン研究施設、第一手術室――。
被験者:カズハ・アックスプラント。
病名:魔法核の変異及び魔法脈流不全、通称『属性消失者』。
執刀医:ガゼット・オルダイン、助手:ユウリ・ハクシャナス。
術前計画:
①被験者の魔力量の測定、魔力暴走に対する綿密な準備
②無の媒体の投与後、継続的に魔力量の測定
③火と陰の活性秘薬の投与及び魔導識別器具によるサンプルと媒体の融合確認
④火と陰の魔術禁書の解体及び抗神獣遺伝子核による魔法元素の抽出
⑤魔法元素による魔法核融合を確認及び魔力暴走の危険度を再測定
――以上の手術が終了後、最終術式の決定。
「ユウリ君。準備は良いかね?」
「はい、博士。よろしくお願い致します」
術衣に着替えたガゼットとユウリは麻酔により手術台の上で眠る被験者、カズハ・アックスプラントを見下ろしていた。
彼女の表情は穏やかであり、また助手を務めるユウリの表情も緊張で張りつめた様子は見られない。
「君は彼女に信頼されているのだね。この寝顔がそれを物語っている」
そう答えたガゼットは魔導識別器具を操縦し、被験者が見ているものと同じ映像をモニターに映し出すための準備をしていた。
「……ええ。でも僕だけではありません。カズトは仲間全員を信頼しています。勿論、お嬢様のことも」
そういいニコリと笑ったユウリは魔導測定器に視線を向けた。
低下したままのカズハの魔力は手術に最も適した魔力量を維持している。
満足そうに頷いた彼は一本の注射器を取り出し、慎重にカズハの腕に針を刺し込む。
「無の媒体の投与、問題ありません。被験者の魔力量、微上昇を測定」
「活性秘薬の投与は上昇が収まり次第開始する。投与後、サンプルとの融合が確認できたら抗神獣遺伝子核の準備を」
ガゼットの言葉に頷いたユウリは魔導測定器に注視しつつ、二冊の魔術禁書を手術台の上に置いた。
それを溶解液で満たされた瓶の中へと浸し、その様子を確かめた。
「一時間ほどで完全に溶けるはずだ。その後溶解液を遠心分離にかけ、上澄みだけを抽出しなさい」
「はい」
魔術禁書を溶かし、それを守る神獣の本体ともいうべき遺伝子を取り出す。
そこにガゼットが開発した抗神獣遺伝子核を投与し、魔法遺伝子の元となる物質――魔法元素を抽出するのだ。
世界中にいる研究者の中でも、ガゼットにしか出来ないと言われている属性復活手術。
それを魔王級の被験者で行うのは、当然過去に事例など存在しない。
失ったものを取り戻すには、それと同等の対価が必要なのは医療の分野でも同じだった。
膨大な魔力を誇る、カズハの失われた火と陰の属性。
対価として選ばれたのは、世界を破滅させるほどの力を持った魔術禁書――。
手術は順調に進んでいく。
――そして、その時はやってきた。




