三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず伝説作ることでした。
「ようよう、そこの姉ちゃん。いつまで俺らを焦らすんだよ。俺もう我慢できねぇよ」
「そうだぜ。そんな挑発的な恰好してんだから、姉ちゃんも期待してるんだろう?」
「……」
……早速発見しました。
宿の入口をすぐ出た先にある裏路地で強面のお兄さん二人に囲まれています。
なにしとんねん、あいつ……。
「おい! 聞いてんのかよ姉ちゃん! いくらだ? 金ならいくらでもあんだよ!」
「そうだぜ。俺らこの辺で結構有名な賞金稼ぎなんだよ。1000Gか? 2000Gか? 場合によっちゃぁもっと出せるぜ」
セレンに詰め寄る二人の男。
あー、これは死亡フラグだな。
そこにいるお方は露出狂のコスプレ姉ちゃんじゃなくて、魔王様ですよー。
安心しろ。骨は拾ってやる。
「なにを騒がしくしているのでしょう……きゃっ!」
「……ルルちゃんはまだこういうのは見ちゃ駄目アルよ。私とあっちに行っているアル」
俺の後ろから顔を覗かせたルルをタオが目隠しして表通りに連れて行った。
ナイス、タオ。
どうせこれをネタにまたセレンを強請るんだろうから、腹黒精霊さんにはお帰りいただいて、と……。
「おい姉ちゃん! いつまで黙ってんだよ! ……それともナニか? ここで良いってことか?」
「そ、そうなのか……? ヤバい俺、興奮してきたぜ相棒……! こんなボインの姉ちゃんと、こんな怪しげな裏路地でナニをかまそうなんざ、期待値が高すぎて、は、鼻血が……!」
「……」
さすがに聞くに堪えませんな。
どうしてセレンが黙っているのか知らんけど、ここは俺が登場するべきでしょう。
「おーい、そこのゲス共。そこで何をやってんだー?」
「……カズハ?」
俺に気付き、こちらを振り向いたセレン。
そんな奴らさっさとぶっ飛ばしちゃえばいいのに、いちいち俺の手を煩わせないでくださいよ魔王様。
「あぁ……? おい、相棒。もう一人べっぴんさんが俺らに手を振って近づいてくるぜ」
「…………良い。凄く、良い。俺、あっちのボーイッシュな感じの子のほうが断然好みだぜ……!」
「はは、確かにお前好みの貧乳ちゃんだな、ありゃ」
「貧、乳……?」
はい、地雷踏みました。
最近、俺の周りはボインばかりで実はちょっと気にしてました。
いや別にボインになりたいとは思わないけど、こういうムカつく奴らに舐めるように見られた挙句、指摘までされると死ぬほど腹が立ちます。
「くく、潮時か……」
「ん?」
男の一人をぶっ飛ばそうと指の骨をならしたところで、セレンの目が赤く光りました。
そして男の内のひとりに何かを囁いています。
「おいセレン。お前、何を――」
「…………おい、相棒」
次の瞬間、囁かれた男の目が赤く光りました。
……うん? これってまさか……。
「どうした? 俺はもう我慢できん……! こっちの姉ちゃんはお前に任せるから、俺はあっちの子を――」
「好きだ」
「…………何だって?」
一瞬の静寂。
そして赤い目をした男がもうひとりの男の腰に手を回した。
「お前が…………好きだ」
「…………」
再び静寂が訪れる。
なんだろう。この空気。
「…………お前が、好きだああああぁぁぁぁ!!!」
「あ、ちょ、おい! お前どこ触って……いやいやいや! ちょっと待て! いきなりどうしたんだ相棒!!」
「ずっと前からお前の事が……! お前の全てが……! ああ、この溢れんばかりの相棒愛……! いやこれはそれを超越したナニかが俺の心を燃え上がらせている……!!」
「し、正気に戻れ、相棒!! ちょっと……掴むな! 引っ張るじゃない! た、助けてくれ……!!」
「くくく……!」
……。
エグいことをしますね、魔王様……。
これ前に俺にも使った闇魔法だろ……。
確か『オブセンス・ウィスパー』とかいうやつだったっけ。
「や、やめ……アッーーーーーーーーーーー!!」
昼下がりの午後に路地裏に響き渡った甘美な声。
叫び声を聞き、慌てて駆けつけたこの街の警備兵は、見るも無残な姿に声を失ったという。
それがこの街の伝説になろうとは、今はまだ、誰も知らない――。
◇
「おえっ。気持ち悪いものを見ちゃった……」
裏路地から聞こえてくる叫び声を耳を塞ぎ聞かないようにしている俺。
あれはアカン。夢に出そう……。
「くくく……。久しぶりに笑えたな。まだ腹が痛い」
「……お前、あれがやりたくてずっと黙ってたのかよ。ホント鬼畜だな、魔王様は」
「カズハにだけは言われたくないな。お前以上に鬼畜な者など、そうそういないだろう」
「マジで! 俺そんなにヤバいのか!」
うわ……ちょっとショック。
それを諸悪の根源の魔王様に言われちゃうとマジで凹む……。
「でもどうしてあんな場所で絡まれてたんだ?」
「どうして、と言われても返答に困るな。我はただ普通に外の空気を吸っていただけだ。そこにあの二人が来て、いきなり我をあの裏路地に連れ込んだのだ」
……うん。
たぶんその露出の多い格好で立ちんぼをしてたから、勘違いされたんだろうね……。
「だが……もしも我がカズハの『緊縛』を掛けられたままだったら、あの男共に好きなようにやられていただろうな。我とて魔力を封印されてしまえば、非力な人間族となんら変わらんからな」
そう答えたセレンは俺の目をじっと見つめた。
ふーん。何か知らんけど感謝されてるっぽい……?
「まあ、そんなことになったら俺があいつらをぶっ殺すけどな」
「? どうしてだ?」
そのまま首を傾げた魔王様。
そんなの決まってるじゃん。
だから俺は堂々と言います。
「だって、お前。俺のだもん」
「……どういう意味だそれは」
「いやいや、だってもう俺が『主』なんだろ? ルルから聞いたよ。『真名』を知らせるって、そういうことだって」
セレンの真名を知っているのは俺だけだ。
つまり俺はこいつの主人。
だからセレンは俺のもの。
完全論破。
「……ふっ、精霊の娘がそう言ったのか。確かに間違いではない。だがこの身をカズハに捧げたとしても、我の心まで支配できると思うなよ」
「そんな話は一切していないんですけど!?」
どうしてこう、思考がぶっ飛ぶ奴らばかりなんだよ!
俺のせいか? 俺が悪いからこういう奴らが俺の周りに集まるのか!
「……はぁ。いいか、セレン。お前だけじゃない。ルルもタオも、みんな俺のものなの。そして俺のものはお前らのものでもある。逆に言うと、お前らのものは俺のものにもなる。分かるか? この理論」
俺は腰に手を当てて、ずばっと言ってやりました。
こういうことは、はっきりさせておかないとね。
俺の考えを細部まで理解してくれないと、何かあったときにチームがまとまらないからね。
「……すまん。全く、何を言っているのかが、我には分からぬ」
「…………あそう」
俺は腰に手を当てたまま、ガクッと肩を落としました。
セレンだったら、俺の思想を理解してくれると期待してたのに……。
ていうか俺の眷属になったんだったら、それぐらい分かってよ!
ただでさえ我の強い女ばかり俺の周りにはいっぱいいるんだから!
「やはりカズハは変わっているな。我の目に狂いはなかったというわけだ。くくく……」
再び笑い始めたセレンに感化され、俺まで苦笑してしまいました。
まあいいや。そのうち嫌でも分かるだろう。
俺という人間がどういう奴なのかをな……!
ふはははは!
――とまあ、そんなこんなで俺とセレンはルル達の待つ表通りに向かいました。




