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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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003 絶壁姉ちゃんのアレまで受け入れるなんて、俺は一言も言ってないです。

 ――アゼルライムス帝国。首都より東の海岸からおよそ1600UL。

 領海の境目、フィウリオ海峡にて。


「クライシス隊長。そろそろ帝国領海を抜けます。ここを過ぎれば公国まであと一息でしょう」


 公国船、隊長室。

 女聖堂騎士団員のひとりが熱い紅茶を用意し、私はそれを硬い表情のまま受け取った。


「……ハワード副隊長のことをお考えでしょうか。……皆も不安がっております。クライシス隊長が魔王軍の捕虜となったときにも、副隊長の横暴を止められる者がおらず、騎士団としての規律は無いにも等しくなりました」


 女騎士はそう言い、時折涙を堪えるように唇を噛み締めた。

 聖堂騎士団副隊長であるライグル・ハワードの横暴はもはや見過ごすことの出来ない領域まで達していた。

 特に女性騎士に対する行為には目に余るものが多い。

 表向きは奴隷制度を禁止している公国だが、奴隷商人ガレイドと主教との関係が暗黙の了解となっていることも彼の行為に拍車をかけている。

 彼に命令されるがまま、その純白な身を捧げた女性騎士がどれだけいることか――。


「私は隊長のことが心配なのです。もしも隊長まであの男に穢されることにでもなったら……」


 私は立ち上がり、涙を堪えている女騎士をしっかりと抱きしめてやった。

 ――もう、こんなことは終わりにしよう。

 すでに光の加護を失った私だが、これまで一緒に戦ってきた彼女らを見捨てるわけにはいかない。


「……大丈夫よ。私はあの男に穢されたりしないわ。そして、貴方達のこともきっと救ってみせる」


「……? 隊長、それはどういう――」


 彼女がそこまで言いかけた直後、隊長室の扉に荒々しいノックの音が鳴り響いた。

 このような叩き方をする者など、この船にはひとりしかいない。


「失礼。入りますぞ、隊長殿」


 私の返事を待たず勝手に扉を開けた大男。

 慌てて私から離れた女騎士は表情を取り繕い、部屋の隅に移動する。


「……ライグル。いつも注意をしておりますよね。勝手に部屋に入ることは禁ずると」


 私は鋭い眼差しを向け、そのまま席へと腰を下ろす。

 しかしまったく臆する様子もなくつかつかと部屋に足を踏み入れたライグルは、そのまま手前のソファに深く腰を下ろした。


「おい、そこのお前。俺にも茶を用意しろ」


「は、はい……! すぐにお持ち致します……!」


 ライグルに命令された女騎士はすぐさま部屋を出て行った。

 その後ろ姿を舐めるような目で追うライグル。


「くく、知っておりますか? 隊長殿。あの女、隊長殿が魔王軍に捕まっていたときに主教に女にされた・・・・・んですよ。俺が誘っても頑なに断っていたくせに、相手が主教となったら尻を振りやがるメス犬みたいな奴でね。まったく、主教もガレイドから星の数ほど女奴隷を買ってやがるのに、俺の・・聖堂騎士団員にまで手を出しやがって……。隊長殿もそう思いませんか?」


「……」


 私は何も答えずに、ただ侮蔑の表情を彼に向けた。

 女を人として扱わない、旧世代の男尊女卑思想の典型のような男だ、このライグルという男は。

 私が聖堂騎士団の隊長に就任する三年前まではこの男が隊長だったのだと思うと、彼女らが気の毒で仕方がない。


「……で、話というのは?」


 この男と雑談を交わしていると気分が悪くなる。

 用件だけを聞き、なるべく早く会話を切り上げたい。


「ああ、そうでした、そうでした。話、というのはですね……。魔王軍から捕虜の解放と同時に返還された『エニグマ』――。あれを俺に返してもらえないかと思いまして」


 ソファから身を乗り出し、そう話を切り出したライグル。

 『エニグマ』――聖堂騎士団の隊長としての証。別名『公国の盾』とも呼ばれる神器の一つを、あろうことかこの男は私から奪おうとでも言うのだろうか。

 ――いや、これは好機・・だ。

 話というから、もしかしたら女性騎士としてこの船に潜伏しているミミリの素性に気付いたのかとひやひやしたのだが、そういうわけでもないらしい。

 ここはこの男の話に乗り、首都メリサムに到着するまでは私に意識を傾けさせなければ――。


「……『エニグマ』。確かにあれは私よりも貴方のほうが相応しい盾なのかもしれませんね。以前も少しだけ話しましたが、私はメリサムに到着したら騎士団の隊長の座を降りるつもりでしたから。『剛盾』の貴方に使われるのでしたら、公国の盾も本望でしょう」


「……ほう?」


 私の返答が意外だったのか。

 身を乗り出したライグルはそのまま隊長席の前に歩み寄り、私の顔に自身の顔を近づけた。

 額や頬にいくつもの傷を負った歴戦の猛者。

 還暦を過ぎてもなお『最強』の名を欲しいままにしている男に怯むことなく、私はただ黙って彼の目を見据えている。


「何を聞き違えたかと思っていたが、あの話・・・は本当だったのか。隊長の座を降りるということは、正真正銘、主教の女になるというわけか? ……ふん、どうやってお前を殺して隊長の座とエニグマを奪い返してやろうかと考えていたが、それも杞憂だったな。どうだ? あの年寄りの女になるくらいだったら、俺の女にならないか? 今までの無礼を詫び、今すぐここでエニグマを渡すのだったら考えてやってもいい」


 ライグルは手を伸ばし、私の髪をそっと掴む。

 そして鼻から深く息を吸い、肺の奥に届かんばかりに髪の匂いを嗅いだ。

 ――隊長の座を退くとなったら、すぐにこれだ。

 この男から感じる視線はいつも、私に対する憎悪と欲情に満ちていた。

 世界最強と名高い公国の槍、聖堂騎士団。

 しかしその内情は見てのとおり、腐りきった私利私欲の掃き溜めでしかない。


 ――でも、魔王は違った。

 彼女は私のすべてを満たしてくれる。

 辛い過去もトラウマも、そして大切な部下達も。

 きっと、全部、受け入れてくれる。


「失礼します。お茶をお持ち……致しました」


 扉が開き、先ほどの女騎士が部屋に入ってくる。

 少しだけ舌打ちをしたライグルは私の髪から手を放し、隊長席から少しだけ離れ後ろを向いた。


「では、先ほどの件は早急に回答をお願い致しますぞ。隊長殿・・・


「……」


 女騎士から茶を受け取らず、そのまま隊長室を後にしたライグル。

 私はふうと息を吐き、席を立ちあがった。


「クライシス隊長……! 今のは――!」


「大丈夫。紅茶が勿体ないわね。私がいただくわ」


 そのまま笑顔で茶を受け取った私は、それを息で冷ましつつ喉に流し込んだ。

 首都に到着するまでの間、どうにかしてあの男から部下とミミリを守らなければならない。

 この身を奴に捧げる気はさらさら無いが、私は彼ら・・と約束をしているのだ。


 ――『仲間』。そう、私を仲間と言ってくれた。

 世界を救うために、世界の敵となった彼らに報いるためにも――。


「――うん。頑張らなくちゃ」



 紅茶を飲み干した私は、エニグマを持ち出すため、保管庫へと向かったのだった。




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