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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
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001 魔女メビウスってこういう婆さんだったんですね。

第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)、スタートします!

よろしくお願いします!

 ゲヒルロハネス連邦国、首都ベリベルン。

 国家魔法研究所、第一研究施設――。


「……ふむ。確かにゼギウスの銘が刻まれておりますね」


 鎖の付いた眼鏡を上げ低い声でそう呟いた男。

 彼の周囲にはホルマリン漬けされた様々な種類のモンスターが広い施設内に犇めき合っていた。


「そ、そうでしょう……! これで俺も晴れて議会のメンバーに昇進させてもらえますよね……!」


 声高らかにそう叫ぶのは、大柄な体に隻眼の眼帯を巻いた男だ。

 彼は一本の刀を男に見せ、興奮した様子で次の言葉を待っている。


「ですが、レイヴン。貴方に命じたもう一方の指令は失敗しているではありませんか」


「それは……」


 刀を実験台に置き、小さく溜息を吐いた男。

 彼は椅子から立ち上がりホルマリン漬けをされたサンプルをゆっくりと見て回る。


「……まあ、魔王の捕縛は貴方には重荷なのは承知していましたし、今回はこれで良しとしましょう」


 男は振り返り、レイヴンと呼ばれた男の肩を軽く叩いた。

 その笑みは不敵とも慈愛ともとれる不思議な笑みだ。

 レイヴンは喜びを噛み締めるように力強く拳を握り立ち上がった。


「明日、貴方には正式に新生物キメラ部隊長の辞令を下します。神獣ブラックレヴィアタンの力のコントロールにも慣れたようですし、破壊された魔導増幅装置アヴェンジャー試作弐号機の修理にも時間は掛かりません。それに今度は簡単には破壊されないよう、小型化に改良しておりますからね」


「小型化……?」


 レイヴンの疑問に答えるように、実験室の奥から布に包まれた荷物を取り出した男。

 台の上でそれを解くと、レイヴンの表情に光が灯った。


「これは……俺の『重剣』!!」


「ええ。リンカーン家の家宝、重剣アルギメテス。ここまで復元するのに一体どれだけの金が掛かったか……。エルフに伝わる二大秘剣のうちのひとつですからね。妖精剣フェアリュストスの行方はまだ分かっておりませんが、それもいずれ見つかるでしょうから抜かりはありません」


 そう言った男は重剣をレイヴンに託した。

 感激し震える手でそれを受け取ったレイヴンは、天高く剣を掲げる。

 鈍い銀の光は研究所の薄暗い照明の光を反射し、ガラス張りのサンプルを怪しく照らした。


「……? この窪みは……?」


「気付きましたか。そこに小型化した魔導増幅装置アヴェンジャーをはめ込む予定なのですよ。表面を無魔法でコーティングすれば増幅された魔力の影響を受け局所的に防護結界を張ることが可能です。貴方が神獣の状態に変化している際の、あの防護結界を凝縮させたようなものでしょうか」


 ガラス張りのサンプルのひとつをじっと見つめ、男はさして興味が無さそうにそう答えた。

 すでに完成させた技術よりも、更に先の未来に視点を定めている。

 男の最終目的はただひとつ――『不老不死』。


「それにもう少しで、貴方の右腕となる二人の部下も誕生します。……いや、再誕と・・・言うべきか・・・・・


「……それは一体どういう――」


 そこまで言いかけてレイヴンははっと息を呑んだ。

 男が先ほどから見て回っているホルマリン漬けのサンプル――。

 その中にいくつか見知った顔・・・・があったからだ。


「くく、どうしましたか? ここは国家魔法研究所ですよ? 第一研究施設といえば貴方も御存じのとおり、新生物キメラ因子の研究において最先端の施設です。貴方の身体もここで生まれ変わったではありませんか」


 男の表情が変化し、レイヴンは戦慄で肩を震わせた。

 目の前のガラス張りのサンプルには、半モンスター化したかつての旧友が眠っていたからだ。

 ――紅魔の里の監獄長マルピーギ・ゾルロットと、同施設副所長スパンダム・グラッチの姿が。


「死んだ……はずではなかったのですか? 報告ではそうありましたが……」


 レイヴンの元には二人の死亡が報告されていた。

 魔王軍幹部、『神の爪』デボルグ・ハザードと、元魔王セレニュースト・グランザイムによる犯行。

 世界ギルド連合からの危険度見直しが大幅に行われた今回の案件も、この事件が大きく関わっていると彼は聞いていた。


「ええ、死んでいますよ。ですから今、彼らに生命の息吹を咲かせている最中です」


 そう言い不敵に笑った男は、ホルマリン漬けされたサンプルに一粒のカプセルを放り込んだ。

 赤黒い色をしたそれは液体と混ざった瞬間に溶け、一瞬だが二人の遺体がぴくりと動いた。


「あのカプセルには我ら四皇の血液が混ざっております。十日に一度、我ら四人は精霊王の聖杯に生き血を捧げているのは知っていますよね。我らアーザイムヘレストの末裔には不死の魔法が掛けられていますので、まあ、言ってしまえば『おすそ分け』ですか。くく、くくく……」


 男のくぐもった笑い声が施設に響き渡る。

 その様子を黙って見ていたレイヴンも、あまりの異様さにごくりと唾を飲み込んだ。

 四皇――この狂った研究者、ジェイド・ユーフェリウスを含めた連邦国、公国、共和国の代表者四人を指す言葉だ。

 彼らの血により二人は再び蘇り、新生物部隊の戦士として魔王軍と戦うのだとレイヴンは理解した。

 いずれ自分も同じように扱われる日が来るのかもしれない――。

 そんなことを考えたレイヴンだが、今は議会を信じ、己の道を進むしかないと覚悟を決めている。


「で、では俺はこれで……。ジェイド様はこれから、どうされるのですか?」


 一礼をし、その場から去ろうとするレイヴン。

 これ以上この場所にいると、体内に宿った新生物因子が暴走を起こしかねない。

 ようやく制御できるようになったのは良いが、気を抜くと再び精神を神獣に奪われそうになってしまう。


「私は今からこの黒剣――血塗られた黒双剣ブラッディ・スパーディオンを解析します。確かな銘もあり、魔力量も申し分ありませんが、さらに細かな解析が必要です。どのような仕組みで魔王の持つ巨大な魔力を吸収しているのか。現存するどの鉱石にも当てはまらない素材を加工していますので、調達した場所の調査も必要です。それにまだ未解明の能力も宿っている可能性がありますから」


 そう答えた男――ジェイドはレイヴンを振り向くことなく再び実験台の前へゆっくりと歩んだ。

 その言葉を聞きもう一度礼をしたレイヴンは研究施設の扉を開け、その場を後にする。


 静かになった施設内。

 ホルマリン漬けされたサンプルに投入された管から零れる泡の音だけが施設内に木霊する。

 ジェイドは十二分に黒剣を眺めた後、刀身を鞘から抜くためにそれを持ち上げた。


『……やめておくのじゃ。抜くときっと後悔するぞ』


 何処からともなく聞こえてくる声。

 その声に動揺することなく、ジェイドは黒剣を置き周囲にぐるりと視線を這わせる。

 とある中空に視線を定めた彼はふうと息を吐き、いつもの不敵な笑みを浮かべ口を開いた。


「これはこれは、高名な魔女が我が研究施設にいらっしゃるとは光栄の至りですな」


 ジェイドの言葉が終わると同時に姿を現した一人の少女。

 宙に浮いた身体は重力に反しふわりと地面に舞い降りる。


「久しいな、ジェイドよ。こうやって直に会うのは半世紀ぶり……いやもっと経っておるか」


 少女はつかつかとジェイドに歩み寄り、一定の距離を保った場所で立ち止まる。

 小さな身体に似合わない大きな三角帽子を被った年端もいかぬ少女。

 しかしどちらも表情に変化はなく、ただ淡々と話しが進む。


「ふん、不死になってからというもの、年月がどれだけ経ったかなど覚えておりませんな。聞けば貴方は魔王の軍門に下ったのだとか。ならば何故こうやって敵となった旧友の元にのこのこと現れるのでしょうか。それに……『黒剣を抜くな』と? 後悔をする、とはどういう意味なのでしょう?」


 立ち上がり、実験台の横に立てかけておいた魔道杖を掴み上げたジェイド。

 旧友という言葉とは裏腹に、すでに敵同士という認識がお互いにあることだけは確かだった。


「言葉通りの意味じゃ。抜くのはやめておけ。おぬしら四皇はいずれカズハらに滅ぼされる運命じゃ。不老不死など完成せん。諦めて世の理に埋没するのが吉じゃて」


 少女は一歩だけ後ずさり、そう答えた。

 手には光輝く玉を持っているが、それに臆する様子もなくジェイドは返答する。


「運命……? くく、貴女ともあろうお方が何を言っているのでしょう。不老不死の完成を否定する貴方が、半不老不死の状態・・・・・・・・となっているというのに」


「……」


 眉を一つも動かさず、ただ黙って聞く少女。

 何時、どのタイミングで攻撃が開始されるか、お互いに手の内を探り合っている。

 それが無意味と知っていても、自身の突き進むべき道を邪魔する者は排除しなければならない。


「魔女メビウス――。古代において、魔族と精霊族の・・・・・・・ハーフでありながら・・・・・・・・・人間族である・・・・・・アーザイムヘレストに・・・・・・・・・・恋をした哀れな女・・・・・・・・。くく、文献にもしっかりと記載されておりますよ。まあ閲覧できるのは限られた人間だけですがね」


 ジェイドのくぐもった声が研究施設に木霊する。

 メビウスと呼ばれた少女は、ただ真っ直ぐに彼を見据えていた。

 そのような言葉で心が揺らぐほど、彼女は短い時間を生きていなかった。

 むしろ自身の正体を知る者がいて安堵のため息が出てしまうほどに。


「我らが母よ。貴方の子孫は立派に古代の知勇の意志を継いでおりますぞ。まあ、多少なりとも魔族の血が混ざっているのは許し難いことですが、それが無ければ不死魔法エデン不老魔法ディストピアも完成しませんからなぁ。魔法は魔族あってのもの。それぐらいのことであれば偉大な精霊王もお許しになって下さるはずです」


 そう言いふうと大きく息を吐いたジェイド。

 掌を上にして魔道杖を実験台の横に立てかけた。

 停戦の合図――。

 彼は戦うことを諦め、再び雄弁に語り出す。


「精霊族の血を半分受け継ぐ貴女でも、不老不死にはなれない。ならば何故、貴方は半不老不死となったのか――。私が調べた文献によると、我らが始祖アーザイムヘレストが処刑される前日、貴女は彼と秘密裏に会ったとされている。そこで彼に託された物――」


「……」


 これまで眉一つ動かさなかったメビウスは、ここで初めて表情が変化する。

 注意深く観察していなければ分からないほどの、微妙な変化。


「……くく、くははは! やはりそうなのですね! 精霊王の・・・・聖遺物・・・……! ラクシャディアの古代遺跡に眠っていた棺には確かに御身が眠っておりましたが、左薬指が・・・・紛失しておりました・・・・・・・・・……! くく、貴女はその夜、愛する男から託された聖遺物を言われるがまま飲み込んだのでしょう! その身に『不死』を宿すために! 子を宿した女を守るための、知勇と呼ばれた男の最後の大仕事! くははは! 世界は愛で満ちているではありませんか!」


 ジェイドはまるで子供のようにはしゃぎ、笑った。

 その異様さはホルマリン漬けにされた無数のサンプルを凌駕する。

 メビウスは深く溜息を吐き、笑い転げるジェイドに冷たい眼差しを向けたまま重い口を開いた。


「……ワシの話をこんな人気のない場所で暴露して満足かの? お前さんのような子孫をあやつが見たらきっと嘆き、悲しむのじゃろうな」


「…………あ?」


 メビウスの言葉で笑いを止めたジェイド。

 そのままのそりと起き上がり、彼女を上から見下ろす格好で制止する。


「あやつは確かに魔族を憎んでおった。魔王が支配する暗黒時代に於いて、両親を殺され兄を喰われ妹を犯され親戚友人を皆処刑されたのじゃからな。最期にはあやつ自身が、今度は同じ人間族に処刑される羽目となった。しかしそれも、すべては戦争のせいじゃ。ワシはもうそんな世界を見たくなくての」


 そこまで言い、再びふわりと宙に舞ったメビウス。

 忠告ついでに話し合いをと考えた末、やはり自分はその役に向いていないと悟ったのか。

 しかし彼女の表情は決して険しくなかった。

 未来は若者に託す。その決意が見て取れる表情だ。

 はたまた世の末を知っているのか――。


「最後に、もう一度だけ言うぞ。その剣を抜かぬほうが良いぞ。必ず後悔するからな」


 それだけ言い残し、メビウスは中空から姿を消した。

 再び静寂が戻った研究施設。

 興醒めした様子のジェイドはふらふらと実験台の前に戻り、置いたままの黒剣と対峙する。


「……くく、くくく、くくくくく。何を戯言を。あの死にぞこないが。不死が故に殺さないだけでいるものを。我らが知勇が世界を愛するはずがない。何故、皮肉が通じないのか……理解ができぬわ」


 誰もいない研究施設でジェイドの呟きだけが木霊する。

 そして再び黒剣を持ち上げ、彼は最後にこう呟いた。


「……後悔? くく、私がこの黒剣の魔力に潰されるとでも思っているのか? これがあれば魔法遺伝子の研究は飛躍的に進む。そして念願の『不老不死』と――」


 目を見開き、一気に黒剣を鞘から抜いたジェイド。


「――精霊王の復活が目前に迫っているのだ!!」


 彼の周囲に強大な魔力の渦が発生した。




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