035 頑張っていれば、きっといつか良いことがある。
シャキーン。……違う。
シャキン、シャキーン。…………違う。
シャキン、シャキン、シャキン、シャキーーン。
…………これも違う。
「ねぇし! ていうか多すぎてどれを抜いたか分かんなくなったし! うがーーー!!」
半分くらい黒剣を抜き終えたところで、俺はついに発狂しました。
こういう単純作業とか嫌いなの! つまんないの!
「もういいから全部適当に抜いて! お前ら暇だろ! 見てないで手伝え!!」
「あ、は……はい!!」
ぽかんと口を開けていた闇ブローカー達は慌てて数十本に及ぶ黒剣を鞘から抜き始めました。
どうせまた、この中に本物は無いとかいうオチなんだろ! 知ってるよ!
今年の俺は絶対に大殺界だな! だってツイてないもん!
「…………ふにゅぅ」
……あれ?
今、なんか急に力が抜けた。
もしかして、誰か本物を当てた?
「ちょ、ちょっと! いま抜いたの誰!? どれ!?」
周囲にいる闇ブローカー達は、またもやぽかんと口を開けて俺を眺めています。
……うん。黒い剣が、いっぱい。
もう全部抜かれてる。その辺にいっぱい転がってる。
「どれ、と言われましても……。全部、適当に抜けという指示でしたので……」
「………………うん」
微妙な空気が俺達を包み込みます。
……いやいや! そんなこと言っている場合じゃない!
どんどん魔力が抜けてるから! 眩暈してきたから!
「分かった! とりあえず全部、元の鞘に戻して! 死んじゃうから!!」
「え? 全部? あ、は……はいっ!!」
俺が半狂乱で叫ぶと、再び慌てて黒剣を鞘に戻し始めた闇ブローカー達。
危ない、危ない……。
どれが本物かは分からないけど、この中にあるのだけは確かだろう。
あとでゆっくり、今度はイライラしないでちゃんと一本ずつ調べれば俺の勝ちだ!
「…………ふにゅぅ」
……あれ?
全部鞘に戻してもらったのに、まだ力が抜け続けてるし……。
ナニコレ。どういうことなの。
「どうされたのだ、お嬢さん。この中に探していた黒剣とやらは無かったのか?」
心配そうに俺の顔を覗き込むフェイ。
もしかして、本当は良い奴なのかなこいつ。
……じゃなくて! 俺はチョロインか!
「お前らアレだろ! 抜いた黒剣を、元の鞘に戻してないだろ! ちゃんと元通りにしてっ!! 死んじゃうからっ!!」
俺の叫び声が店内に木霊します。
若干声が震えているのは、俺が死にそうだからです。
ゼギウス爺さんの作った黒剣は、剣と鞘が一体になっている奇剣なの!
ちゃんと元の鞘に戻さないと意味が無いの!
「元の鞘、と申されましても……。もうどの黒剣が、どの鞘なのか、見当も付かないです」
「………………うん。そうだよね」
再び微妙な空気が俺達を包み込みました。
どうして、いつもこうなるんだろう。
毎日毎日、一生懸命頑張っているのに、神様は俺に何の恨みがあるんだろう。
「……よし! もういい! これ、全部貰っていくね! 俺、急いでるから!」
「あ、ちょっと、お嬢さん……! ボディガードの件は――!」
全ての黒剣をかき集めた俺は、フェイの言葉も聞かずにその場をダッシュで立ち去りました。
このまま店にいたら、今度こそ俺の女としての貞操が危ないからね。
魔力が駄々漏れの俺なんて、いくらでも好きなようにできちゃうだろうから。
「お……も……い……! でも……がんばるもん…………!!!」
数十本の黒剣を抱え、俺は人目の付かない場所に走り去りました。
◇
――二時間後。
港町ガイトから離れた丘の上で、俺は黒剣の塊との孤独な戦いを無事に終えました。
「はぁ~~…………疲れた。でも見付かって良かったぁ…………」
剣の山の上に寝転がり、深い溜息を漏らします。
本当にもう泣きそうだった。心が折れかけた。
神様、ありがとう。これからも俺、頑張れる気がする。
ピー、ピー。
「……あ。ユウリからだ」
まさしく絶妙のタイミングでユウリから魔法便が届き、俺はウインドウを操作した。
そこに書かれていたのは落ち合い場所を記した地図と、簡単なメッセージだ。
「ふーん、あいつらはもう魔法都市に到着してるのかぁ。……こっちはめっちゃ大変な思いをしたってのに、スマートに目的地に到着しやがって……ぶつぶつぶつ」
しかし、俺の雄姿を奴らに語ることは無い。
温泉に入ってたら黒剣がどっか行っちゃって、探すのに時間が掛かったとか、絶対に言えない。
もう一本の黒剣のほうは……神獣から皆を逃がすために、あえて敵に渡したとか、そんな感じで適当に嘘を吐いておけば大丈夫だろう。
……うん、きっと大丈夫なはず。
「よーし! 元気出てきた! ……いや、待てよ」
今ピーンと来ました。
だってホラ、目の前に大量のニセ黒剣があるじゃん。
神獣に奪われたとか、そんな余計なことを言わなくてもいいんじゃないかしら。
――つまり、偽装だ。
このゼギウス爺さんの作った黒剣に、一番似た黒剣をもう一本腰に差しておけば――。
「……くく、くははは! これぞ魔王の持つ強運! 完璧じゃない? 俺、怒られずに済むじゃん!」
良いぞ、良いぞこの案……!
あとでコッソリ奴らの目を盗んで、馬鹿神獣に奪われたほうの黒剣を探しにいけば良いんじゃん!
誰にも迷惑をかけない! 自分の失態は自分で取り戻す!
オール・ハッピー! 誰も損をしない! 完璧な案じゃないか!!
「よしよし、これでいいや。めっちゃ似てる。もうどっちがどっちだか分かんないもん」
色。重さ。形。全て完璧。
二本の黒剣を腰に差した俺は、最後に余った黒剣を地面に並べ、ルンルン気分でその場を去りました。
そこには『ジェイドのバカ』と書かれた文字が、寂しく残されていただけだという――。




