034 魔王にボディガードを頼まないでください。
古物商フェイの店にはずらりと骨董品が並んでいます。
……ていうか、拷問道具ばっかり。
趣味悪いなぁ……。この店。
もっとこう、俺の心をくすぐるような格好良い剣とか斧とか無いのかな……。
「えいっ」
「ちょ、お嬢さん! 店の品を壊そうとしないでくれ! ほら、茶を出すから……!!」
なんかトゲトゲがいっぱい付いてる棺桶みたいな拷問道具が、どのくらい耐久度があるのか調べてたら全力で止められました。
別に壊れてもいいじゃん。
どうせ悪い奴らしか買わないだろ、こんなの。
慌てて茶を用意したフェイは俺を強制的に椅子に座らせます。
「ああっ! 棘が三本も折られている……! シュナイゲル様から御予約が入ったばかりだというのに……!」
泣き言を言いつつ、さっそくフェイは壊れた部分の補修を始めました。
シュナイゲル……。うーん……。
どこかで聞いたことがある気がするけど、誰だったっけ……。
それにしてもこのお茶、美味しいなぁ。
もう一杯おかわりを貰おうかな。
「なあ、フェイのおっさん。そういえばお前、あの瑠燕と知り合いなんだろ?」
ラクシャディア共和国にある和漢という街を牛耳っている闇ブローカー達。
奴らを束ねているのが、その瑠燕という男だ。
過去に何度も戦ってるけど、あいつのあのしつこさだけは尊敬する。
……そういえば世界ギルド連合と組んでるんじゃなかったっけ。
ええと……そうそう。『超法規的処置』ってやつ?
「……瑠燕を知っているということは、やはりお嬢さんは只者ではないな。奴とは腐れ縁でな。私がこうやって世界中から骨董品を集め、奴が主催する地下パーティの品として出品しているのだよ」
闇ブローカーによる地下パーティ。
そこで巨大な金が動き、各方面に秘密裏に受け渡される。
人身売買や臓器販売もなんのその。
そういえばこんな感じの拷問道具もいっぱい並んでたっけ。
「お嬢さんも知っているだろう? 世界は今、魔王軍との戦いに躍起になっている。すでに帝国とエルフの国は落とされ、この連邦国にも奴らの脅威が迫っているのだ。レイサム首相も各国と連携をとってはいるが、とにかく金がかかる。軍事力を強化するための研究費も馬鹿にならない。税金は上がる一方だし、私や瑠燕のような悪党からも問答無用で金を取り上げる始末さ。この寂れた集落を見ただろう? 港町ガイトといえば、連邦国を代表する巨大な街だ。そんな街ですら、ちょっと奥まで行けば税金を払えなくなったならず者達が住む無法地帯に早変わりというわけだ」
そう言ったフェイは溜息を吐き立ち上がりました。
……なんか、すいません。
俺が世界中に宣戦布告をしちゃったせいで、こんなことになってしまって。
でもお前らは悪党なんだから、もっと苦しみなさい。
このお茶美味しいから、もう一杯ください。
「……それにしても、あの伝説の鍛冶職人であるゼギウス・バハムートの剣とは……。私も過去に何本か仕入れたことがあったが、最低落札価格でも百万は下らない代物だ。ずいぶん儲けさせてもらった記憶があるが、今彼は魔王軍の幹部の一人なのだとか。その剣はいつ頃作られたものなのだ? 最近はバハムート製の武具の流通は少ないから、お嬢さんさえ良ければ高額で買い取らせてもらうが?」
「いやいや、売る気ないし。売ったらヤバいやつだし。……ていうかお前、自分の立場を分かってるのかよ」
急に商売を始めたフェイを見て溜息を漏らします。
黒剣が見つかったら、早いとこユウリ達と合流しないと色々とアカンことになるからね。
神獣に奪われちゃったもう一本のほうもどうにかしないといけないし……。
でもまあ、悪い事ばかり起こるけど一つだけラッキーだったことがある。
フェイも闇ブローカー達も黒剣の重要性には気付いていないみたいだし。
ジェイドの野郎も、そこまでは部下達には説明していないっぽいね。
血槍の男女とか、幹部連中だけにしか伝えていない可能性が大だな。
「……ふむ。どうしても譲ってもらえないか。ならば、私と手を組まないか? お嬢さんのような強い女を見るのは初めてなのだ。古物商を始めて三十余年。しかしこのご時世、いつ自分の店が潰れるか分からない。税金が払えなくなれば、すぐにブタ箱行きさ。あの闇ブローカー達も瑠燕との繋がりがなければ、私を助けようとはしないだろう。私には目利きがあるだけだ。戦う力など持ち合わせていない」
「……つまり、『ボディーガード』になれってこと?」
俺がそう答えると、フェイはニヤリと笑い首を縦に振りました。
うーん、こいつ……どういう神経をしてるんだろう。
これぐらい度胸が据わっていないと、闇ルートを使って古物商なんてできないのかな……。
いや、それ以前に、俺、魔王なんですけど……。
魔王にボディーガードを頼むんじゃねぇよ……。
「フェイさん! 見つけましたよ!」
バン、と勢い良く店の扉が開き、闇ブローカー達がぞろぞろと戻って来ました。
奴らの手には何十本という黒い剣が握られています。
……なんでこんなに黒い剣がいっぱいあるの?
「バハムート製の武具には必ず彼の銘が刻まれている。刀身、柄、鍔――。奇才と言われた彼は、どこに銘を刻むか作品ごとに変えているからね。お嬢さん、どこに刻まれているか分かるかね?」
「はぁ? あの爺ぃ……! どうしてそんな面倒臭いことを……!」
帝国に帰ったら、ちゃんと刻む場所を統一するように言っておくとして。
問題は、あの黒剣のどこに銘が刻まれてたかってことなんだけど……。
うーん……うーーーん…………。
…………忘れた。
「ごめん。分かんない。あーー、でも大丈夫。抜けば、分かるから」
「?」
俺の言葉の意味が分からないのか、フェイは首を傾げてしまった。
それにしても、どうしてこんなに似たような黒剣がいっぱいあるんだろう……。
まあ街中の武具屋とか中古屋、ギルドとかを探せばこの量になるのかな。
誰かから盗んできたとか……いや、いい。
今はそれを考えないでおこう……。
とりあえず深呼吸をした俺は、まずは手近にある黒剣から試してみました。




