三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず就寝することでした。
「…………眠い。………重い」
結局朝まで眠ることができませんでした……。
理由は言うまでも無く、この二人――。
「すー、すー……」
「Zzz……」
……俺を挟み込むように眠っている幼女と魔王。
どうしてこうなるの!
俺を巻き込まないでよ!
言い争うなら二人で勝手にやってよ!
ていうか疲れ果てて寝てんじゃねぇよ! 俺が寝たいっつうの!
「むにゃむにゃ……。もう食べられないアルよぅ…………むにゃむにゃ」
「あの野郎……」
俺に二人を丸投げしたチャイナ娘の寝言が向うの部屋から聞こえてくる。
どうせだらしない格好で寝てんだろうから、仕返しの意味も込めて悪戯してやろうか……!
それともひぃひぃ言わせてやろうか!
「…………はぁ。まあいいや。魔王の城まで行って帰ってきたばかりなんだし、今日ぐらいゆっくりすっか」
ていうか一睡もしていないからもう無理。寝る。
俺に寄りかかってる魔王の頭をそっとずらして、幼女は抱っこしてベッドに寝かせましょうかね。
「……ん。……お母……様……」
「へ? ……ああ、寝言か」
ベッドに横になったルルが小さな声で呟いている。
ふーん。精霊にもお母さんがいるのかぁ。
……まあ当たり前か。
ていうかルルのお母さんに今の状況を知られたら、俺たぶん殺されるよね。
自分の娘に緊縛をかけて、能力を封印して、お持ち帰りをした人間族。はい、俺です。
そればかりか憎き魔族の王と一緒に行動させるという惨い仕打ち。はい、これも俺です。
……うん。
俺って本当に元勇者なんでしょうか……。
「んん……。もう朝か……?」
声がしたので振り向くと、どうやら魔王が目覚めたみたいです。
えー? 俺これから寝るから静かにしててね。
今度俺の睡眠の邪魔をしたら裸にひん剥いちゃうからね。
「お前らさぁ、喧嘩するんだったら俺を巻き込まないで勝手にやってよー。どうして俺を間に挟むんだよー」
「どうして、だと? こやつと我を捕えたのは貴様だろう。つまり貴様には我らの管理責任がある。精霊族の生き残りと魔王を一緒にすれば、こうなることぐらい分かっていただろうに」
……ごめんなさい。
分かりませんでした……。
「しかし……まあ、我も言い過ぎたかも知れん。こやつを見ていると、どうしても憎しみが湧いてきてな。……これも長年続いた精魔戦争の影響なのかも知れんな」
起き上がった魔王は俺とルルの傍に近づいてきました。
あら。意外と物分かりが良い魔王さんですね。
これからもそれぐらい素直でいてくれると助かるんだけど……。
「……お母……様……」
「ふっ……。こやつ魔王である我を母と間違えておるぞ。くく、世も末であるな」
ルルは寝言を言いながら魔王の服の裾を掴んでいます。
あら。なんか微笑ましい光景ですね。
それに笑うと結構可愛いじゃん。魔王。
「……それはさて置き。貴様、そろそろ我を『魔王』と呼ぶのは止めんか」
「え? どうして?」
「我はもうすでに魔王ではない。貴様は我を倒したのだ。……いや持ち帰ったのか。いずれにしても、我の魔王としての権威もズタズタにされたのだから、今後は名で呼ぶことを許そう」
そう言った魔王は静かに呟き、目の前の空間に紋章みたいなものを浮かび上がらせた。
これは……名前?
「我の名は『セレニュースト・グランザイム八世』――。今よりこの者を我の主として認め、真名を明かそう――」
次の瞬間、紋章は強い光を放ち、その後消失しました。
うん。目がチカチカする。
「……これで貴様は我を本当に手にしたわけだ。約束だからな。『我が欲しい』。そうであろう?」
「いやだから、あれはほんの出来心というか、言い方の問題というか――」
言い訳をしようとしたけど、魔王に睨まれたから止めました……。
どうしてこう、我の強い女ばかり俺の周りに集まってくるんだろうか……。
「うーん、まあいいや。長いし覚えられないから『セレン』でいいよね?」
「セレン……。ふん、仕方ない。それで良かろう」
「あー、それとお前も俺を名前で呼べよ。貴様とか言われるとムカっとくるし」
「う……。そ、そうか。ならば…………か、『カズハ』。……これで良いか?」
なんか知らんけど恥ずかしそうに頬を染めた魔王、もといセレン。
あれか。もしかしてツンデレキャラってやつか。
おっさん魔王が三周目で性転換してツンデレキャラになる異世界――。
すごいところですね、この世界!
「じゃあセレン。俺、寝るから。お昼過ぎまで起こさないでね」
「あ、ああ……」
俺はそのままベッドに横になり寝ることにしました。
◇
「むぎゅ」
……?
何かが俺の顔を圧迫している。
なんだろう、この柔らかい物は……。
弾力があって、暖かくて、むにむにしてて……。
「いつまで寝ているアルか? もうとっくにお昼を過ぎているアルよ?」
タオの声が聞こえ、目を覚まします。
そして何故かヘッドロックをされている俺。
あー、このむにむにしてるのはタオのおっぱいか。
おっぱいを顔に押し付けられて目覚めるとは、ここは天国かどこかでしょうか……。
「……じゃなくてっ! 何すんの! もうちょっと寝かしてよ!」
「あ。起きましたね」
「起こされたんだよっ!」
すぐ横で俺の顔を覗いていたルルに向かって叫びます。
まだ眠いの! お布団から出たくないの!
「……あれ? セレンはどこ行った?」
二人に無理矢理布団を剥がされた俺は仕方なく起き出します。
部屋の中を見回してもセレンの姿が見えません。
「……誰アルかそれ?」
「誰って……魔王?」
俺の返答に首を傾げるだけの二人。
「まさか……。魔王が真名を明かしたのですか?」
「へ? あ、うん。さっき寝る前に聞いた。長くて覚えられないから『セレン』にしました」
俺がそう答えるとルルが考え込んでしまった。
どうしたのかな。
俺が付けた魔王のあだ名がそんなに変だったかな……。
「本来は魔王じゃなくても、魔族は他者に真名を明かさないアルよ」
「そうなの? なんで?」
「……カズハはどうしていつもこうなのでしょう。普通の人が知っていて当たり前のことを知らずに、そうかと思えば誰も知らないことを知っていたり……」
「ルルちゃん。そんなの決まっているアル。カズハが変人だからアル」
「誰が変人やねん」
一応突っ込みを入れておかねば、俺の名誉に関わるからね!
「……はぁ。良いですか、カズハ。魔族にとって『真名』とは『自身の存在を示す魂』に相当します。つまり真名を他者に知られるということは、その者の眷属として一生仕えるか、必要な時に召喚され使役される運命を辿るというわけです。そのようなリスクを冒す魔族など聞いたことがありません。それが魔王であるならば尚更です」
「あー、そういうことか。確かにさっき俺を『主として認める』とかなんとか言ってたからなぁ」
そこまでしてセレンは俺との約束を守ったっていうわけか。
ふーん。魔族って律儀な性格してるんですね。
そう考えると精霊のほうが悪い奴のような気がしてしまう……。
「カズハは魔王に信頼されたっていうことアルかね。………………それは無いアルね」
「おいこのチャイナ娘。今なんつった」
「それよりもセレンは何処に行ったのでしょう。……まさか、街で悪さをしているのでは……」
「……」
ルルの一言で俺とタオは固まってしまいました。
すでにセレンに掛けた緊縛は解いちゃってるから、悪さをしようと思えば出来るわけだし。
やばい。どうしよう。
逃げる準備をしておいたほうが良いかも……。
「とにかくすぐに彼女を探しましょう。何か起こってからでは遅いですから」
ルルの言葉に頷いた俺達はすぐに宿を出ることにしました。
頼むセレン……!
これ以上問題を起こすのだけはやめてくれ!
俺の求める『俺の平和』が、よりいっそう遠退いちゃうから……!
 




