027 新生物因子は脳まで汚染する怖い薬物みたいです。
ぽつり、ぽつりと大きめの雨粒が俺の頬を濡らす。
そして次の瞬間、稲光と共に頭上で雷鳴が轟いた。
「うわ、めっちゃ雨降ってきた……。視界も悪いし……ていうかあの闇の神獣、前よりかなり大きくね?」
視界の先に目を凝らすと、そこには九つの頭を持った巨大な蛇――ブラックレヴィアタンがうねうねしていた。
奴の周囲は恐らく闇属性であろう防護魔法が敷かれていて、ちょっとやそっとの攻撃なんか簡単に弾き返しちゃうように見えます。
……いや、それ以前に魔剣が無いとダメージを与えられないんだけどね。
「まあ、いいや。とにかく行くっきゃないか。おーい、ユウリー! 後は頼んだぞー!」
操舵室の窓に映る三人に手を振った俺は、大きく地面を蹴り、空へと羽ばたいた。
◇
『グググ……? アレハ……マオウ! ニクキ、マオウ……!!』
「寒い寒い寒い……! 雨がめっちゃ冷たい! 死ぬ……!!」
空から急降下した俺は、ブラックレヴィアタンの身体に飛び乗りました。
着地した瞬間に鱗でヌメっとしてすっ転ぶかと思ったけど、強力な防護魔法のシールド?の上に着地できたからセーフ。
「なんでこんなに寒いんだよ! お前のせいだろ! 闇の魔力で周囲の温度が低すぎるんだよコノヤロウが!!」
全身ガタガタ震えながら、俺は九つある頭の一個に向けて怒鳴ります。
たぶんあの機械が埋め込まれている頭が本体だろう。
どんなアホが新生物因子をぶっ込まれたのかは知らんけど、マジ迷惑です。
ここに魔剣があったら問答無用で真っ二つにしてやるところなのに……。
『貴様……! 忘れたトハ、言わセンゾ……!!』
「…………はい?」
俺の周囲を取り囲む、九つの頭。
どれもめっちゃ俺を睨んでいて、今にも頭から丸かじりされそうな勢いです。
『アルゼインは、オレのモノ……! 貴様ヲ殺し、彼女を犯ス、クウ、喰ってヤるゥゥゥ……!!!』
神獣は空に向かい吠え、闇の力を集中させた。
雨の中で視線を凝らすと、そこには見慣れた魔法の刃が広がっている。
うーん、あれはセレンが得意な闇魔法の『ダークサーヴァント』じゃん。
黒銀の刃が上空に八本出現して、降り注ぐってやつ。
……なんでそれが、八百本くらい上空で待機してるんでしょうか。
「…………うん」
『死ネェェェェェェ…………!!!』
あっ、俺に向かって落下してくる。
……あー、ああー、そういうことか。
こいつの周囲は防護魔法が敷かれているから、自分にはダメージが無いと。
九つある蛇の頭で俺の逃げ道を塞いじゃえば、それでジ・エンド。
いやー、マジで凄いね。魔導増幅装置。
……。
…………。
「…………じゃねえよ!!! 死ぬだろこれ!!!」
慌てて黒剣を抜き、襲い掛かる刃を弾き返します。
アカン……! 追い付かない……!
もう一本抜いて、二刀流で……ああ、力が抜ける……。
『!! あの時ノ黒剣……! これを奪えバ、オレはまたエルフに戻れる……!』
再び闇魔法を詠唱したブラックレヴィアタン。
今度は九つある首の、十八の目が怪しく光った。
そしてそこから放たれる闇属性のレーザー。
「あち、あちちち……!! ケツが焦げる! 槍が刺さる! 力が抜ける……! ああ、もうっ!!!」
一旦黒剣を鞘に仕舞った俺は、ブラックレヴィアタンの巨大な身体の上を縦横無尽に逃げ惑う。
どこかに隙間は無いか……!
一瞬でいいから攻撃が止めば、上空に飛んでそこで一気に――。
「……あれ? 黒剣が一本……無い?」
いつの間にか腰に差した黒剣が一本無くなっている。
慌てて周囲を見回すと、機械が埋め込まれた首の一つが俺の黒剣を鞘ごと咥えているのが見えた。
『ククク、これで一本……!』
「ああああ! かーえーしーてー! 俺の剣、かーえーしーて!!」
半泣きした俺はジャンプするも、すぐに別の首に叩き落とされてしまう。
マズいマズいマズい……!
鞘を抜かれちゃったら、俺の負けが確定だ……!
ゴクン――。
「………………へ?」
嫌な音が聞こえ、俺は真っ青な顔で機械が付いている首の奴に視線を向けた。
……無い。
口に咥えていたはずの俺の黒剣が…………無い。
「飲み込んだ!? ちょ、ちょっと待って!! それ困る!!!」
時間稼ぎだけのつもりが、こうなったらマジで倒す方法を考えなきゃなんないじゃん!
……いや、違う。落ち着け、カズハ。
この防護結界にどうにか穴を空けて、奴の口から体内に侵入して奪い返せば――。
『モウ一本……。それを奪ったら、オマエを犯し、殺ス……!!』
さっきから『犯す』とか『殺す』とか不穏なことをほざいている神獣。
なんかどこかで会ったことがあるような気がするんだけど、全然思い出せない……。
「……あの、ちょっと失礼なことをお聞きしますけど、以前どこかでお会いしたこととか、あります?」
『…………』
……あれ? 急に無言になっちゃった。
どうしよう。なんか蛇の目が吊り上がっているようにも見える……。
『……この英雄の息子ヲ、忘れたとは言わせんゾ! エルフの英雄、レイヴン・リンカーンのことヲ……!!』
「……レイヴン・リンカーン?」
……。
……………。
ごめん。まったく誰だか分からない。
きっと人違いだろう。可哀想に。俺を誰かと間違えてるんだ、きっと。
「脳まで新生物化されちゃうなんて、不憫な奴もいたもんだね……」
――ブチィッ!!
……あれ? 今なんか凄い音がした。
どうしよう。なんか蛇の血管が浮き出ているんだけど……。
『貴様アアアァァァァ!! どこまで俺を愚弄スレバ気が済むのダアアアアァァァァ!!!』
――パクリ。
「あっ」
凄い勢いで口を開けて降下してきた頭の一つに、俺は一瞬で丸飲みされました。
ヤバい。真っ暗。何も見えない。
なんかネバネバしてる。ウネウネしてる。
へぇ、蛇のノドの中って、こうなっているんだー。ふーん。
……。
…………。
「……じゃなくて! 喰われちゃった! どどどどうすんの、これ!? ……あっ、違う! 結果オーライだ! ラッキー!」
――そんな俺の独り言のような叫び声が、ブラックレヴィアタンの体内で大きく響き渡りました。




