三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず深く潜ることでした。
最果ての街。露天風呂にて。
いやー、ようやくゆっくりと入れますよ。温泉に。
前回は生理が来ちゃったから断念したけどもう大丈夫!
この女の身体にも慣れてきたし、魔王を捕まえた今、俺にはもう怖いものなど存在しない!
ふはははは!
「あー、このシャンプー、残りがあとちょっとしかないアルねぇ。お湯で薄めて伸ばすアルか」
……うん。
タオの声が右から聞こえるね。
「なんだこの使いかけの石鹸は! 我にこんな使い回しのものを使えと言うのか!」
…………うん。
左からは魔王の声が聞こえるね。
なんか知らんが固形石鹸に文句言ってるね。
「何をぼーっとしているのですかカズハ? 早く私の髪を洗って下さい。まだ一人で洗えないんですから」
………………うん。
俺の股の間から幼女の声が聞こえるね。
まあ、そうだよね。
四人で一緒に温泉に来て、まずは身体を洗っているんだから。
…………。
どうしよう。シャンプーハットを被った幼女が首を傾げながら、俺の股から俺を見上げている……。
右も左も下も、肌色だらけ。
うん。
ちょっと深呼吸してもいいかな。
「…………って、おいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「ブクブクブク……」
俺は温泉の水底深くに身を沈めています。
ついでに心も静めています。
「一体なにアルか……。いきなり叫び出したと思ったら、急に温泉に飛び込んじゃうアルし……」
「相変わらず騒がしい小娘だな。それとも『露天風呂』とは、こうやって騒いで入るものなのか?」
「……カズハのせいで魔王が間違った認識をしちゃいそうアル」
なんか外で話し声が聞こえてくるけど、どうせまた俺の悪口でも言っているんだろう。
ていうかどうして四人で一緒に温泉に入ってるの!
皆で風呂に行こうとは言ったけど、一緒に入るとは言ってないんですけど!
「…………シャンプー…………」
幼女の嘆きも聞こえてきた気がするが、無視。
それくらい自分で出来るだろ!
ていうか俺の股に肌色の幼女が収まっていた時点でアウトだろ!
「はぁ……。仕方がないアルねぇ。ルルちゃん、私が代わりに洗ってあげるアルよ」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いしますね、タオ」
「ふっ、精霊は自分で自分の髪を洗うことすら出来んとは……。笑わせてくれるわ」
「……今、何か言いましたか?」
……あれ、何か急に寒くなってきた。
温泉に潜ってるのになんで……?
どうしてか知らんが外の空気が凍りついているような気がする……。
「そうやって人間族に甘えてばかりいたから、精霊族は衰退したのだと言っているのだ」
「ちょ、ちょっとやめるアルよ! そういう話はまた今度で――」
「タオ。良いんですよ。私もこの程度の煽りに反応するほど子供ではありません」
湯船からそっと顔を出して周囲の状況を確かめます。
うん。予想どおり幼女と魔王が言い合ってる。
一体誰だよ。あの二人を一緒に風呂に入れた奴は……。
「ふん、まあ良い。チャイナ娘よ。それが終わったら、次は我の背中を流してはくれんか」
「わ、私アルか……? 別に良いアルけど……」
「おや? 魔王ともあろうお方が、自分で背中も洗えないのでしょうか。笑わせてくれますね」
幼女が反撃を開始し始めました……。
間に挟まれてうろたえているタオが可哀想に思えてきた……。
「そうなのだ精霊よ。この大きな胸が邪魔で背中に手が届かなくてな。この大きな胸が邪魔で」
「くっ……! わざわざ見せつけないでもらえますか。タオだって胸は大きいですが、自分で背中くらい洗えますよ。そうですよね、タオ?」
「え? あ、まあ……確かに背中に手を回すときに少し邪魔アルけど……。洗えないほどでもないアル……かな」
「つまり胸がまったく無いツルペタの貴様には、我らの苦労が理解できないというわけだ。そうやって目の前の事象を無視し、自身の都合だけを述べ、我々魔族に戦争を仕掛けた貴様ら精霊族特有の考え方そのものが、我は許せん」
「り、理論の飛躍です! それに、そういう理屈っぽいところが他の種族に嫌われる原因なのですよ! ついでに私はツルペタではありません! 少しくらい……そう、少しくらい膨らみはあります!」
「すとおーーーーーーーーーーーっぷ!!」
ざっぱーん! 俺、登場!
お前らもういい加減にしろー!
せっかくの温泉なのに、全然癒されねぇじゃんかよ!!
「お前らなぁ! どうしてずっと喧嘩ばっかりしてんだよ! 俺はここに癒されに来たの! もう静かにして!!」
「……」
「……」
……あれ?
本当に急に静かになった……。
普段は俺の言うことなんて全然聞かないくせに……。
「……カズハ。自信があるのは良いことアルが、少しは前を隠すアルよ」
「へ……?」
……前?
…………うん。
「…………って、おいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!! お前ら、こっち見るなああぁぁぁぁ!!!」
「……しゅん」
宿に戻った俺は正座をしている真っ最中です。
今回は誰かに怒られたわけじゃないんだけど、自主的にしています……。
ていうか温泉に関わるといつもこうだな!
もう絶対誰も誘わないもん!
「そんな、女同士で見られて困るもんじゃないアルのに……」
タオが髪を梳かしつつ、こっちを見て苦笑しています。
いや困るの! 俺、男なの!
みんなの裸、ガン見しちゃってすいません!
「カズハ? そんなところで正座していないで、私の髪も梳かしてくれませんか?」
「あ、はーい」
幼女に頼まれて条件反射で返事をしてしまいました。
ていうか自分でやれよ!
こういう時だけ俺を頼りやがって……!
「ふっ、精霊は自分で自分の髪を梳かすことすら――」
「はいはいー! そこまでアル! ……はぁ。ホントこの二人は疲れるアル……」
ついにタオが深く溜息を吐きました。
分かる。分かるぞタオ。
俺の味方はお前だけだ。
これからも今のタイミングでよろしく頼む。
俺だけでこの二人の面倒を見るのは無理だ。
「早くしてくださいカズハ。せっかく温泉で温まった身体が冷えてしまいます」
「あ、はーい」
幼女に急かされ、俺は櫛で彼女の髪を梳かします。
ルルの髪は長くてスベスベでいつも梳かすのに苦労するんだよね。
確かにこれを自分でやるのは大変だと思う。
「相変わらずルルちゃんの髪はサラサラで綺麗アルよね。羨ましいアル」
「そうでしょうか? 私はタオのショートヘアのほうが好きですけど」
「私も昔は長くしていたアルけど、料理をしていると邪魔になるからバッサリと切ったアルよ。妹は二人とも後ろで縛っているアルけどね」
二人の会話をふんふんと聞き流しながら、俺は手際良くルルの髪を梳かし終わった。
あとは残りの水分を軽くタオルで拭いてやって、と……。
「カズハよ。次は我の髪を頼むぞ」
「お前は自分でやれよ!」
さっきから大人しいと思ったら、順番を待ってただけか!
俺はお前らの面倒見係じゃねぇっつうの!
「むぅ……。だがいつもは下々の者にやらせておって、あまり自分でやったことが――」
「…………ほう?」
あ。幼女の目がきらーんて光った。
ていうか俺を下々の者と同じように扱うんじゃねぇよ!
「さきほど私を愚弄する言葉を言いかけましたよね。なのに自分は下々の者にやらせていた、と」
「い、いやそれは違う……! 何かの聞き間違えだ!」
「あれ、でも確かに今言ったアルよね。私も聞こえたアル」
「う……」
タオの一撃で撃沈寸前の魔王。
そこに幼女が更なる追い打ちをかけます。
「……言葉は選んで発したほうが身のためですよ。こういうのを何と言うのか教えてあげましょう――。『ブーメラン』と言うのです」
「ぐっ……!!」
とどめの一撃を喰らい膝を突いた魔王。
ニヤリと笑い勝ち誇った表情の幼女。
……これじゃどっちが精霊でどっちが魔王か分からんがな。
「あー、そろそろ眠くなってきたアル……。カズハ、後は頼むアルよ~」
「あ、おい! ずるいぞタオ! 俺に二人を丸投げして自分だけ寝るんじゃない!」
俺の言葉を無視し、さっさと部屋に戻っていったチャイナ娘。
はぁ……。もういいや。
こいつら残してさっさと俺も寝よう……。
もう面倒見きれん……。




