023 他人の過去って色々と面倒臭いからできるだけ関わりたくないです。
エリーヌや他の仲間達としばしの別れの挨拶を済ませた俺は、ユウリ、グラハム、ルーメリアの三人と政府専用船が停泊している港町オーシャンウィバーへと向かいました。
ここから船に乗り、ゲヒルロハネス連邦国にある港町ガイトまで真っ直ぐに進んで、そこからは徒歩で魔法都市アークランドに向う予定です。
「そういや船に乗るのも久しぶりだよなぁ。エルフィンランドに向ったときは腐ったドラゴンに乗って行ったし」
オーシャンウィバーにある露店で売っていた魚の干物をおやつ代わりに喰いながら、俺はあの地獄の空の旅を思い出しました。
今頃ゲイルは俺と同じ思いをしているのだろうか……。
だったら超ウケるんですけど。
「僕はそのときにエリーヌ姫の呪いを解くために、彼女と共に魔法都市アークランドに向っているからね。また同じ航路を辿るのも芸が無いとは思うけど、我儘は言っていられない。『ミネアの大渦』も君のおかげで安全に通過できるようになったし、今回も同じ航路で向かう予定だよ」
「ミネアの大渦といえば、巨大な化物が棲み付いていて通行不可の海域だった場所ですな。まさかそれが闇の魔術禁書を守る神獣だったとは思いもしませんでしたが」
ユウリの言葉に続いたグラハム。
あ、そうか。ユウリはエリーヌと一緒にゲヒルロハネスに行ったばかりだったっけ。
彼女の体内に埋め込まれていた陰の魔術禁書を、魔法都市にいる研究所の爺さんに取り除いてもらったんだった。
そして、俺の目的もあの爺さん――。
「魔法遺伝子研究の分野において権威といわれている所長だったら、君の失った得意属性も復活してくれるに違いない。そして君はすでに『過去の世界』でその方法を聞いているはずだ」
ユウリの言う過去の世界とは、つまり俺がメビウス婆さんに飛ばされた『二周目の世界』のことだ。
俺はそこで前世のユウリ――ユリィ・ナシャークと出会い、あのセクハラ爺さんとも出会った。
そして肝心の失った得意属性、火属性と陰属性を復活させる方法を聞いた。
「うん、まあ聞いたんだけど……。あのセクハラ爺さん、本当に信頼できる奴なのか? エリーヌの摘出手術をしてくれたのは感謝してるけど、連邦国で魔法遺伝子の研究をしてるっつうくらいだから、結局あのジェイドと同じような奴なんじゃ……」
属性を復活させるのに必要なものは、それに合った魔術禁書だとあの爺さんは言った。
つまり『火の魔術禁書』と『陰の魔術禁書』だ。
火の魔術禁書は勇者オルガン像の下から入手したし、陰の魔術禁書はさっきも言ったとおりエリーヌの体内から摘出して手元にある。
俺が使っちゃった二つの魔術禁書は過去で入手したものだから、この世界ではそれがチャラになってるってことなんだろうけど……。
「信頼できないとは酷い物言いね。私のお父さんに向かって」
「………………はい?」
さっきまで黙って俺達の後を付いてきていたルーメリアがいきなり話に割り込んできました。
……ていうか、お父さん?
…………誰が?
「ああ、そうか。まだ君には言っていなかったね。所長の名はガゼット・オルダイン。前世の僕の研究所時代の上司であり、ユーフェリウス卿と同じく魔法遺伝子分野で名を知られた研究者さ。でも国策として魔法遺伝子の研究を進めるユーフェリウス卿とは考え方が異なるから、あの研究所には軍事費が分配されていないんだ。全てはオルダイン卿の個人資産から研究費が充てられているんだよ」
「…………」
俺は口が開いたまま、ルーメリアの顔をまじまじと眺めます。
オルダイン卿……? あの爺さんが、ルーメリアのお父さん?
ていうか、ルーメリアも金持ちのお嬢さんてこと……?
うそーん!!!
「何よ……その目は。あんた、忘れてるでしょう。私が連邦国の出身で、無属性魔法を使いこなす魔道士、夢幻魔道士だってこと」
「いやいやいや! 忘れてないけど、だってお前、アレだろ? 無理矢理人体実験されて、無属性因子とやらを注入されて、その……アレだ! 不幸な人生を送ってきたんだろう? それで自棄になって、そんな踊り子みたいなエロい格好で夜の街を彷徨うようになったんだろ!」
「はぁ? 誰が自棄になってるって? 無理矢理人体実験をされた……? 何言ってるのかさっぱり分からないんだけど……」
俺との会話が噛み合わないルーメリアは首を傾げたまま、俺の先をさっさと歩いて行っちゃいました。
おいちょっと! 俺だって混乱してるんだから、丁寧な説明をちょうだい!
「……君が何を勘違いしているのかは分からないけれど、もしかしたら過去にデボルグから何かを聞いたのかな?」
「まさか……お前、デボルグに嘘の情報を流してたのか?」
ユウリやルーメリアがまだ俺と敵対していた頃に、俺は確かにデボルグから聞いた。
彼女は実験体として利用され、無属性因子を埋め込まれた不幸な女なのだと。
「うん。彼の性格を考えると、ルーメリアが不幸な生い立ちでいたほうが都合が良かったんだよ。それでも世界を変えようと懸命に付いてくる彼女を放っておけない彼は、僕と共に歩んでくれると踏んでいた。勿論、これは僕じゃなくてルーメリアからの提案だったけどね。ちなみに、もう彼は真実を知っているはずなんだけど」
「マジで!! …………あの野郎…………!」
つまり、事が済んだら俺に伝えることなんか綺麗さっぱり忘れてたってわけだ。
じゃあ何? 俺だけルーメリアに気を利かせて、昔の話とかなるべく聞かないようにしてたのって、ただの馬鹿じゃん! ピエロじゃん!
ああもう、今すぐデボルグをぶん殴りたい……!
「彼女は父親の影響で、自ら進んで研究に協力をしていたんだよ。無属性因子の注入と聞くと、新生物化を真っ先に思い出すと思うんだけど、ガゼット博士はまったく違った手法で無属性因子を抽出して、それの無毒化に成功したんだ。勿論、連邦国にはその事実を報告していないし、被験者も実の娘であるルーメリア一人しかいない。これが国家に知られたら大変なことになるからね。まあ今は世界戦争が始まってしまったし、ユーフェリウス卿は新生物化という副作用を逆に利用しようとしているから、ガゼット博士の研究には意識がいっていないんじゃないかな。それに博士はちょっと変わり者だしね」
「……いや、変わり者っていうか。セクハラ爺さんだったんですけど……」
実際の年齢がいくつかは知らないけど、ルーメリアが『娘』ってことは、かなり若い奥さんがいるってことだよね。
恐らく、自分の子供だって言ってもいいくらいに歳の離れた奥さんが……。
やっぱセクハラ爺さんじゃん! いやロリコン爺さんか!
「はぁ……。まあいいや。おい、グラハム。ルーメリアを連れ戻して。すぐに船に乗って出発するから」
「へ? あ、はい。畏まりました」
一瞬首を捻ったグラハムだったけど、すぐに俺の命令を聞いてどっかにいっちゃったルーメリアを探しに行きました。
今回の旅は俺の失った属性を取り戻すだけじゃなくて、『あの二人をくっつけよう大作戦!』も兼ねています。
竜姫とグラハムに起きた不幸な過去を奴が乗り越えるためにも、これはとってもとっても大事なことなんだって。
……俺は未だに納得していないけど。
追い掛けていったグラハムの後姿を微笑ましく眺めているユウリ。
横顔はやっぱり過去のユリィとそっくりだと思います。
女から男に性転換っていうのも、色々と大変なんだろうね、きっと。
俺はもう慣れたからいいけどさ。
「うん? 僕の顔に何か付いているのかい?」
「いや、何にも」
「??」
適当にはぐらかした俺は、そのまま船着き場に向かいます。
天気も良いし、この様子だったらすぐに連邦国に到着するかなぁ。




