022 魔王なのにいつも通り雑な扱いを受けています。
ドラビンの背に乗ったゲイルを見送った俺達はすぐに作戦に取り掛かった。
公国側の主張を聞く形でセシリアを始めとする聖堂騎士団の捕虜五十八名を軍艦に乗せ、帝国沖合に待機させる。
引き渡し場所は先日戦闘があったばかりの帝国領海より先、およそ100ULの海上だ。
公国軍より使者として軍を率いてきたのは、聖堂騎士団の副隊長であるライグル・ハワードという大男らしい。
後は上手いこと時間稼ぎをして、ゲイルがエルフィンランドに到着するのを待つだけなんだけど……。
「ここから先の交渉はデボルグ、君に任せるよ。敵将のライグルという男の名は君も知っての通りだ。こちらには捕虜がいるとはいえ、甘く見ていると痛い目にあうだろうからね」
敵戦艦を確認したユウリはデボルグに指揮権を譲る。
俺はそれを欠伸を噛み殺しつつ後ろで見ているわけでして。
「んなことは言われなくても分かってるに決まってんだろ。『剛盾』ライグル・ハワードっつったら、俺らが子供の頃の世界最強の戦士じゃねぇか。もうかなりの歳だっつうのに、いつまで現役をやってんだよ、まったく……」
深く溜息を吐いたデボルグはついでに俺の後ろ頭をぽこっと叩きました。
え? どうして? なんで頭叩いたの今……?
「作戦通り、ゲイルが帝王とザノバ宰相を保護したら魔法便で連絡が来る。そこまではどうにか交渉が難航しているフリをして欲しい。二人の安否が確認できたら、すぐに捕虜を引き渡す。一応、建前上解放に必要な金額として一人500万Gを通達してあるから、全部で2億9000万Gが受取金額だ」
「え? 金取るの? うわー、それ悪人っぽいね!」
それでこそ魔王軍!
血も涙もない、世界の敵! わっしょい!
「一体誰のせいだと思っているのよ……。はぁ……」
頭を抱えてしまったリリィ先生。
いやいやいや! 敵軍を勝手に捕まえてきたのはゲイルだし!
俺の指示じゃないんですけど!
「これから僕とカズト、グラハム、ルーメリアは連邦国に渡る。本当はカズトの元に奴らの最大の狙いであるルルを置くべきなんだろうけれど、今のところ一番安全な場所は帝都であることは間違いない。万が一、僕らの足取りが敵に知られるとも限らないからね」
「そうね。もしかしたら敵側もそれを期待している可能性が高いでしょうしね」
「……期待って、何の期待?」
ユウリとリリィ先生の言わんとしていることが理解できず、首を傾げて質問してみます。
そしたら当然の如く皆からため息が漏れました。
「はぁ……。いいか? 敵さんはお前の『性格』をしっかりと分析してんだよ。ルルが奴らに狙われてるってことは、お前は絶対にルルを守ろうと自分の近くに置くだろう? もしもお前が帝国を出て連邦国に向かったことが敵さんにバレたら、すぐ傍にいるであろうルルを誘拐しようと躍起になるに決まってんじゃねぇか」
「……あー……」
何となく分かったような、分からないような返事をしてしまいました。
うーん、俺ってそんなに単純に行動してたかな……。
熟慮に熟慮を重ねて、敵を欺きつつ頑張ってきたから、こんなに沢山の仲間達に信頼されて、魔王をやってこれたんだとばかり思ってたけど……。
「ミミリの件はセシリアに任せてある。後は予定通りに」
「ああ、分かってるよ。お前こそドジ踏むんじゃねぇぞ。カズハはいつも通りどうしようもねぇが、グラハムとルーメリアのこともあるんだろう?」
「どうしようもないとは、どういう意味でしょう!!」
デボルグの言葉に納得がいかない俺は二人の話に割り込んだけど、全然返答が返ってきません!
どうして俺をのけ者にしようとするの! ねえ、どうして!
「はいはいはい、うるさいうるさい。後はこっちで何とかするから、さっさと用事を済ませてきて頂戴。ユウリのいない穴が大きいのは事実だけど、カズハがいない分プラスになるから気が楽で良いわ」
「ちょっと! リリィ先生!?」
手をヒラヒラさせたリリィは俺を兵士に連れて行かせました。
いやいやいや! どうして魔王の俺が帝国兵に首根っこ掴まれて連れて行かれなきゃいけないの!
おかしいよ! 絶対おかしいよ!
苦笑いのまま俺の後を付いてくるユウリ。
お前も笑ってないで止めろよ!
俺は猫じゃねぇっつうのー!
◇
「カズハ様。お気を付けて行ってらしゃいませ」
「うん、ありがと。レイさん」
ミミリに代わりレイさんに新しい服を用意してもらい、着替えました。
まあ着替えの最中、ずっとレイさんがガン見してたんだけど、それは慣れたからもう良いです。
俺は壁に掛けてある二本の黒剣を腰に差して、準備が完了。
できれば持っていきたくないんだけど、こればかりは俺が大事に持っていないと駄目らしいので仕方ない……。
「髪も短くなって、昔のカズハみたいになっちゃいましたね」
「そういえばそうアルねぇ。でもどうして切ったアルか? 失恋でもしたアルか?」
「してねぇよ! ていうか新婚なんですけど俺!」
ルルとタオが俺をイジるので反撃とばかりに二人の尻を黒剣の鞘で突きます。
そしたらルルは噛みついてくるわ、タオは脇の下をこちょこちょしてくるわで、大乱闘寸前です。
「……おい、いいのか。放っておいても」
「うーん、たぶん大丈夫じゃないでしょうか。しばしの別れですから、寂しいのですよ。きっと」
セレンとレイさんの声が聞こえた気がするけど、今はそれどころじゃないから全然聞こえません!
おいやめろ! 幼女に噛まれても全然痛くもかゆくもないけど、擽りは反則だろ!
「カズハ様。そろそろ出発のお時間――ぶはっ!!」
「あっ」
今まさにタオの執拗な擽り攻撃を無理矢理避けようとした俺は、扉を開け中に入ってきたグラハムと衝突。
奴の顔面に抱きつくような形になったわけで。
「……」
「……」
そのまま微動だにしないグラハム。
俺も釣られて停止中……ではなくて、奴に背中に手を回されて動けません。
「……何してんの、グラハム」
「…………」
右へ左へ身体を動かしても、まったく逃れられません。
…………何コレ。何で俺よりも力が強いの。
「おい、放せっつうの! ぶつかったのは悪かったけど、いや、俺が悪いんじゃなくてあいつらが悪いんだけど!」
「~~~~至極っ!!!」
「うわビックリした!」
いきなり俺の胸から顔を離したグラハムはそう叫びました。
……うん。まあ、何というか、馬鹿だ。いつも通り。
「カズハ様。そのお召し物もお似合いですぞ。さあ、向かいましょう」
「あ……はい」
俺をその場に降ろしたグラハムは丁寧に頭を下げて俺を扉の外に誘導する。
うーん、こんな変態紳士を本当にルーメリアが……?
ぜんっぜん信じられないんですけど……。
「カズハ。ルルのことは心配するな。我が必ず守ってみせる」
「あ……はい」
元魔王様が天敵だったはずの精霊幼女を守ると言い切っちゃいました。
ルルも腕を組んで頬を膨らませているけど、嫌とは言わないあたりセレンを認めているということなのかな。
はは、なんかみんな仲良しになっちゃった。
そして皆が仲良くなればなるほど、俺への扱いが雑になってきている気がする……。
――そんな疑問を抱きつつ、俺はグラハム達と共に帝都を出発することになりました。
 




