014 どの異世界でもお母さんが最強だということには変わりがありません。
「――というわけなのです。俺は今でも彼女の名を知りません。ラクシャディアの古代遺跡やユーフラテスの聖堂図書館などで竜人族に関する文献を漁りましたが、どれも信憑性のないものばかり……。ですが、俺はこの槍さえあればそれで満足です。彼女の魂は今でも、この槍に宿っているのですから――」
「Zzz……」
「寝てるっ!? え? いつから寝ておられたのですかっ!? うそーん!!」
グラハムの叫び声が聞こえてきたので、俺は目を覚ましました。
あーもう、せっかく気持ち良く寝てたのに……。
今日はお日様がポカポカだし、グラハムの長い話を聞いてたら眠くなっちゃったよ。
「ふわあぁぁ……。お前、もうちょっと短く要領良く話せよ。ていうか俺は全部知ってるって、さっき言っただろうが」
「う……。た、確かに聞きましたが……。それでも、ちょっとくらい語ったって良いではありませんか!」
顔を真っ赤にして叫ぶ変態紳士グラハム。
俺はお前のちょっと格好良い過去話なんて、これっぽっちも興味がないの。
重要なのは仲間を守れるのか、守れないのか。
女を殴れないとか言ってたら、この先が思いやられるってことだけだ。
「お前はその竜姫を助けられなかったことを、心の底から後悔している。後悔して後悔して、悩んで悩み抜いた結果、お前の中にある種のトラウマが植え付けられた。そしてそのトラウマは『二極化』した」
「……そこまで知っておられましたか」
俺の言葉を聞き、ガクッと肩を落としたグラハム。
帝国の医師から初めてその話を聞いたとき、俺は妙に納得しちゃった記憶がある。
『二極化』――すなわち、女性恐怖症と、その反動だ。
かけがえのないものを失ったグラハムは極度な女性恐怖症に一旦は陥り。
そして自身でそれを克服しようと、無理に女好きに走った。
その結果、『女は決して殴れない』、『異常なまでの女好き』という変態紳士グラハムが誕生。
「お前が女を傷付けられないことは、お前の信念でもなんでもない。ただの病気だ。身体が女だけの俺を攻撃できないのが何よりの証拠。そしてそれを克服しないと、お前は世界一の槍術士にはなれない。そして、仲間を守り切れない」
「くっ……」
俺の厳しい言葉を聞き、唇を噛み締めるグラハム。
その表情を確認した俺は軽く溜息を吐いた。
まったく……。以前の俺と同じような顔をしやがって……。
エリーヌを救えなかったときの俺は、きっとこんな顔をしていたんだろうな。
「……一つだけ、方法がある。救いたいか? その竜姫を」
「え……?」
俺の言葉を聞き顔を上げたグラハム。
しかし、俺の提案は世界を危険に晒すパンドラの箱だ。
歴史は決して変えてはいけない。
だが、俺はすでにそのルールを破ってしまった。
過去のエリーヌを救うために。過去の俺を救うために。
俺だけ良くて、グラハムは駄目なんて、ちょっと可哀想だと思う俺は仲間想いの良い魔王様じゃね?
「俺もメビウス婆さんに相談したいことがあったからな。ちょうどいいから、このまま城に戻ろうぜ」
「メビウス殿……? もしや、カズハ様は――」
グラハムがそこまで言いかけた瞬間、空から何かが急降下してきて俺らは慌ててその場を飛び退いた。
地面に大穴を開けたそれは、瓦礫を押し退けのそりと起き上がる。
「……げほっ、流石はカズハ様。私の愛のアタックを寸前でかわすとは……」
「レイさん!?」
上空からミサイルのように落ちてきたのは、紛れもなくレイさんでした。
……ていうかどこから飛んできたの? ……いつから人間ミサイルと化したの?
怖いんだけどマジで……。
「あ! こんなところに居やがった! てめぇ、勝手に逃げてんじゃねぇよ! カズハ!」
「うげっ! デボルグまで来た! グラハム、話は後だ! 今夜、城の中庭にある大聖堂で待ってるからな!」
「あ……カズハ様!」
何か言いたげなグラハムをその場に置き、俺は猛ダッシュで仲間達の追跡から逃れます。
ていうか、どうして俺は仲間に追われなきゃならないの!
何もしないから! もっと信頼してくれても良いじゃん!
……いや、違うか。これからまた歴史を変えちゃおうとか思ってるし。
ある意味、あいつらの方が正しい! でも俺は逃げる! 軟禁生活はもう嫌だー!
◇
アゼルライムスの街の裁縫店で庶民服を購入した俺は、そのまま美容院に直行。
そして長くなった髪をセミショートにしてもらい、変装が完了。
これでどこからどうみても、街にいる普通のお姉ちゃんにしか見えないだろう。
あとはその辺の酒場で夜まで時間を潰して、大聖堂に忍び込んで――。
「カズハ……? カズハじゃないか!」
「うわっ、ビックリした! ……何だ、お母さんかぁ。驚かさないでよ」
後ろから声を掛けてきたのは、この世界での俺のお母さんだ。
両手に大きな買い物袋を抱えて、これから家に帰宅する途中だったみたい。
「あんた、こんな場所で何をしているんだい? まーた皆さんを困らせているんじゃないだろうね。あたしゃ、毎日が気が気でないよ。とんだおてんば娘を産んじまって、本当にもう……」
「あー、はいはい! 話は家で聞くから! ちょうど隠れる場所を探してたから行こう! 荷物、持つから!」
お母さんから買い物袋を奪った俺は、そそくさと先に歩き始めました。
ていうか、変装したはずなのに一瞬でバレたし……。
お母さん、マジですげぇ……。
大通りを西に抜け、居住区をまっすぐに進む。
途中で何度も街の人に声を掛けられたけど、誰も俺の正体には気付いていないっぽい。
良かったぁ……。なんか親戚のお姉ちゃんみたいに思われているんだろうね、きっと。
家に到着すると、俺は買い物袋をその辺に置きソファに寝転がりました。
あー、やっぱ実家は良いね。落ち着く。
「こら、カズハ! 帰ってきて早々ゴロゴロしたら駄目じゃないの。これから夕飯を作るから手伝いなさい」
「……はい。すいません」
早速お母さんに怒られた俺は台所に立ちます。
今夜の夕食はシチューとハンバーグみたいです。
面倒臭いけど、手伝わないと怒られるから仕方なくジャガイモの皮をむきむきします。
「姫様とはどうだい? 上手くやっているかい? ……ホント女性同士の結婚だなんて、ガロン様がよくお許しになったよ。あんたがそんな性格になっちゃったのがお母さんのせいなのかと思うと、本当に申し訳なくて……。ガロン様と顔を合わせるのが辛いよ」
「……はい。本当に、すいません」
皮を剥いたジャガイモを水で洗い流し、今度は人参の皮をむきむきします。
その横でお母さんは手際よく包丁で野菜を切って、鍋に火を通しました。
「あんたがエーテルクランの闘技大会に出たときは、街の人はみんな盛り上がってくれたけど、お母さんは本当に心配でねぇ。それからあれよあれよという間に国を作ったかと思えば、世界中から指名手配をされるわ、挙句の果てに魔王になっちまうわで……。お母さんがこれまで、どんな思いで生きてきたのか、あんたに分かるかい?」
「…………はい。本当に、本当に、ご迷惑をお掛けしてしまいまして、何とお詫びをしてよいやら」
段々耳が痛くなってきた俺は冷や汗を拭おうともせずに、黙々と野菜の皮を剥きます。
というか胃が痛い……。
もうやめて、お母さん!
娘をこれ以上追い詰めないで!
「この戦争が終わったら、週に一度は家に帰ること。エリーヌ姫様に寂しい思いをさせないこと。仲間の皆さんにご迷惑を掛けないこと」
「はい」
「そして――戦地に赴いたら、絶対に生きて帰ってくること。……守れるかい?」
「うん。大丈夫。俺を信じて、お母さん」
俺がそう言うと、一瞬考えた素振りを見せたお母さんだったけど、それでも笑顔で頷いてくれました。
……多分『仲間の皆さんにご迷惑を掛けないこと』の部分で引っかかったんだと思われ。
野菜を全て剥き終わった俺は、今度はハンバーグ作りを手伝うことにしました。
豚と牛のミンチ肉に胡椒と塩を振りかけて、と……。
久しぶりの家族の会話。
なんか謝ってばかりな気もするけど、まあいいか……。




