三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず話を聞くことでした。
順調に山道を下り、無事に最果ての街に到着した俺達。
ていうかほとんどモンスターが出現しなかったから、行きの半分くらいの時間で帰ることができました。
でもしばらくしたら、再びここは凶悪なモンスターのたまり場になるんだろうね。
……何故なら、俺が魔王に掛けた緊縛を解いちゃったからね!
この神をも恐れぬ所業!
やーい、やーい! 悔しかったら俺を元の世界に戻してみろっつんだよ!
「あー、でも何だかんだ言ってもさすがに疲れたなぁ。よっと」
以前借りた安い宿を再び借りた俺は、そのままベッドに飛び込んだ。
もう足痛いし腰痛いし、疲れたから寝る!
この宿、安い割にはベッドがフカフカで気持ち良いんだよね。
あー、癒される……。
「まさかとは思いますが、この魔王まで私と同じ宿に泊まるのでしょうか……?」
「ふん、嫌なら一人で野宿でもするがよい。我とて貴様と同じ空間に一秒でも居たくはないわ」
……始まっちった。
いつまでやってんだよ、お前らは……。
「……宿の管理人さんも、魔王が泊まっていると知ったら泡噴いて倒れちゃうかもしれないアルね」
「ほら、カズハ! タオもこう言っているではありませんか! この魔王から溢れて出ている瘴気のせいで、最果ての街の住人に悪影響が出てからでは遅い――むぐっ!?」
俺は手を伸ばし、ルルの口を塞ぎました。
もううるさいから黙って下さい。
せっかく宿に戻ってきてフカフカのベッドに寝てるんだから静かにしてください。
「おい、タオー。このうるさい幼女をどっか連れて行ってくれよー。俺もう寝たいんだよー」
「……ぷはっ! 何をするのですか! 私は精霊として、この街の守り神として、皆を心配して言っているだけ――はむっ!?」
俺はベッドの脇に置いてあったお茶菓子をルルの口に突っ込みました。
もうそれ食って大人しくなれよ。
お前の声、キンキンしてて頭が痛くなってくるんだよ……。
「はいはい、ルルちゃん。もうカズハに何を言っても無駄アルよ。美味しいお茶を淹れるアルから、私とあっちに行っているアル」
まだ何か言いたそうなルルを担ぎ上げたタオは台所に彼女を連れて行ってくれました。
良いぞタオ。お前のそういう気が利くところが俺は大好きだ!
「……ふん。見た目に違わず、中身まで子供とはな。精霊が力を持っていたのは太古の昔、というわけか。嘆かわしいことだ」
「お前もそれくらいにしておけよ。あまりルルをイジると俺が被害を受けるんだからマジやめて」
毛布を抱き枕代わりにして、俺は魔王に視線を上げた。
……ここから見るとおっぱいがデカすぎて顔が見えませんね。
けしからん! まったく、けしからん!
「……貴様も不思議な奴だ。それだけの力を持ちながら、力を封じた精霊の娘を怖がったり……」
俺の視線を感じたかどうかは知らんけど、魔王はベッドの横に座りました。
おお! 今度は胸の谷間が良く見えますね!
けしからん! そのコスプレ衣装そのものから瘴気が出ているようだ!
「……おい。先ほどから刺さるような視線を感じるのだが、何か問題でもあるのか」
「あ、いや問題って言われれば問題なんだけど……。恥ずかしくないのかなって」
「?」
……どうやら俺の言葉の意味が分からないらしい。
もしかして魔族ってみんな露出狂とかなのかしら。
そんなの初耳なんですけど……。
「まあ良い。そんなことより――」
そこまで言った魔王は立ち膝のまま、枕元に顔だけ近づけてきました。
そして囁き声で俺に話しかけます。
「……我は貴様の力に興味がある。どうだ? あんな小娘など放っておいて、我と組まんか?」
……魔王の吐息が耳にかかってくすぐったいです。
あれ? なんだろう。このシチュエーション……。
ちょっと興奮しちゃうじゃないか。
「組むって言っても、お前はもう俺に負けただろ? 負けたら俺の言うことを何でも聞くって言わなかったっけ」
「ああ。確かにそう言った。そして貴様は望んだ。『我が欲しい』とな。だから我は貴様の物だ。どう扱おうが貴様の自由――」
そこまで答えた魔王は俺の上におもむろに跨りました。
……うん。
…………うん!?
何してんの!?
「我は貴様の物。つまり貴様は我の主人というわけだ。ならば契約をせねばならん」
「契約!? なんの!?」
「『眷属』としての契約に決まっておろう。貴様は魔族の主人になるのだぞ。もっと言えば魔族の頂点である魔王の主となるのだ。これ以上の名誉はあるまい」
「ちょっと! 助けてお前ら! こいつ何かおかしい!」
台所でお茶を淹れている二人に助けを呼ぶ俺。
異変に気づき慌てて戻ってきた二人なんだけど……あれ?
「……私達がすぐ近くにいるっていうのに、何をしているアルか」
「……不潔です。そういうことは子供が寝静まってから、勝手にやってください」
「いやいやいや!! 止めろよお前ら!! なんで冷たい視線を向けるだけなの!?」
起き上がり魔王を突き飛ばした俺は大声で叫びます。
深く溜息を吐いたルルとタオは再び台所に戻っていきました。
おいちょっと! もう少し俺に興味を持って!
「……ちっ、邪魔が入ったか。もう少しで誘惑が完了したというのに……」
「あ! てめぇ今、闇魔法を発動してやがったな! 俺を誘惑して操るつもりだっただろ!」
俺がそう指摘すると魔王はニヤリと笑い返してきました。
この野郎……! やっぱり緊縛で能力を封印しとくか……!
「くくく、まあ冗談だ。どうせ貴様と我とのレベル差では成功せんわ。それくらい我にも分かっておる」
「じゃあ、なんでやったの!」
「決まっておろう。あの娘に見せつけるためだ。貴様に好意を持っているのかと思っていたが……どうやらそういうわけでは無さそうだな」
「…………うん」
……魔王の言葉が俺の胸に突き刺さりました。
いいもん! どうせ俺、嫌われ者だもん!
「はぁ……。ていうかお前らさぁ、どうしてそんなに仲が悪いんだよ。いい加減仲良く出来ねぇの?」
再びベッドの寝転がった俺は魔王に問いかけます。
「はっ、それこそ愚問だな。貴様、『精魔戦争』を知らぬわけではあるまい?」
「……せいま、せんそう?」
「……その顔は知らん顔だな。一体お前はどういう人間なのだ……」
深く溜息を吐いた魔王は俺のベッドに腰掛けました。
どうやら誰でも知っている昔話みたいですね。
たぶん大昔にあったこの世界の戦争のことだと思うんだけど、ちらっと聞いたことがあるだけで内容は全然知りません。
ていうか興味なかったし。
――以下。魔王様からのありがたい講釈より抜粋。
『精魔戦争』とは、今から約五千年前に起こった世界戦争らしい。
そのころはまだ人間族が生まれていなくて、世界は精霊国と魔王国に二分されていました。
別名『二千年戦争』とも呼ばれた精魔戦争は、魔王軍の勝利に終わりました。
で、精霊族がほぼ全滅して、その後は魔族が世界を支配する暗黒時代に突入。
でも一部の精霊族がしぶとく生き残っていて、いつの日か魔族に復讐すると誓い続けていたというわけですね。
それから五百年くらい経って、人間族が誕生。
最初は少数種族だったけど、あれよあれよという間に数が増えていったんだって。
さすがは人間。繁殖力が半端ないですね。
で、そこに目を付けたのが精霊族の生き残り。
ちょうど信仰する神様を探していた人間族は、聖なる力を宿す精霊を神として崇めるようになったんだって。
この頃がちょうどラクシャディア共和国の古代都市アムゼリアが栄えた時期なのかな。
一番歴史があるのがあの国だからね。
この世界で最も信者が多いアムゼリア教の神様も、元は精霊を神として崇めていた使徒のうちのひとりだっていう話だからね。
まあそれだけ歴史が長いってことですよ。
ああ、駄目だ。もう眠くなってきた……。
で、ええと、何だっけ……?
ああ、そうそう。その精霊が人間族の中で一番強そうな奴に力を与えたんですよ。
その力が『勇者』としての力。
それがどんどん遺伝していって、勇者としての素質を持つ者が沢山生まれていったと。
まあ弱点属性もそのうちのひとつだよね。
勇者の素質を持つ者は、必ず『光』と『闇』が弱点属性っていうやつ。
あれもたぶん魔法遺伝子と関係あるんだろうね。
そう考えると人間族って、魔族が持っていた『魔法』という力と、精霊族から譲り受けた『勇者』の力と、両方貰ったっていう解釈もできるわけだ。
まあ人間族らしいっちゃぁ、らしいよね。
どの世界でも人間は、色んな所から何でもかんでも吸収して自分の力にしちゃうんだろうね。
まあ、なんだ。
色々と話が逸れたけど、精霊族と魔族が仲が悪いのは仕方がないっていう、そういう話――。
「…………Zzz」
「おい。寝るんじゃない」
ぱしっとおでこを叩かれて目が覚めました。
いや、だって話が長いんだもん……。
子守唄かと思っちゃったよ。
「これで分かっただろう? 我とあの娘は決して分かり合うことなどできないのだ」
椅子に座りタオと楽しそうにお茶をしているルルを見て魔王がそう言う。
うーん、まあそういうモンなのかなぁ。
でもまあ今は二人とも俺の物だから、そういう確執はいつか吹き飛ばしてやるつもりだけどね!
「あ、そうだ。タオー? お前、一旦実家に戻らなくてもいいのかー?」
思い出したようにタオに声を掛ける。
ちゃっかりタオまでこの宿に泊まっているわけだけど、家があるなら帰ればいいのに……。
「戻れるわけないアルよ! 一体どんな顔をして家に帰ればいいアルか! 精霊捕縛の罪……! 魔王と一緒に行動……! 私に帰る場所なんて無いアル!」
「それならずっと私達と一緒にいれば良いじゃないですか。タオはもう私達の仲間です。そうですよね、カズハ?」
「る、ルルちゃん……!」
何故か知らんが感動してルルを抱き締めているタオ。
うん。まあ最初からタオを手放す気なんて無かったからちょうど良いんだけどね。
「よーし、良いだろう。これからもタオは俺達の仲間だ。ていうかお前がいないと俺達みんな餓死しちゃうし。これからもよろしくな!」
「う……。なんかカズハがこうやって堂々と言うと逆に不安になってくるアル……」
「なんで!?」
納得がいかずについ叫ぶと、二人とも声を出して笑いました。
ちょっと待て! どうして笑う!?
「まあ、いいやもう……。俺疲れたから温泉行ってくるわ」
ベッドから飛び降り、俺は立ち上がる。
「お! なら皆で行くアルよ!」
「そうですね。旅の疲れを癒さなければいけませんし」
早速乗り気の二人。
俺は後ろを振り返り、微妙な表情をしている魔王に声を掛ける。
「お前も行くか?」
「……我が? 温泉とやらにか?」
ビックリした表情に変化した魔王。
ていうか魔王って普段お風呂とかどうしてるんだろう……。
「反対です!! 魔王が温泉になど浸かったら、有効成分が消失してしまいます!」
「……なんだと?」
「……おい幼女。なんでお前が温泉の有効成分なんて知ってるんだよ。温泉に詳しい精霊なんて聞いたことが無いんだけど……」
「ルルちゃん。もう良いじゃないアルか。どうせカズハは連れて行くに決まっているアルし、諦めるアルよ」
「うぅ……仕方ないですね。ただし、今回だけです」
タオに説得され、渋々了承したルル。
もうどうでもいいや。
お前ら気の済むまで勝手に喧嘩しててください。
俺は知らん。
そして俺達四人は温泉へと向かいました――。




