013 竜姫との出会いと悲劇の別れ。
【注意】タイトルどおり鬱展開チックです! 苦手な方は読み飛ばして下さい!
変態馬鹿紳士になる前のイケメングラハム視点です!
『竜槍ゲイヴォヘレスト』――。
絶滅の危機に瀕していた種族である竜人族の姫が使用していた彼らの宝。
そして――俺の愛する人の形見でもある。
帝国軍の兵士長として名を馳せていた俺は、新たな勇者が誕生するまでの間、己の力を磨き続けていた。
幾度となく帝都に攻め入ろうとする魔族を得意の槍術でなぎ倒し、周辺地域の安全を確保することが主な日課だった。
ある日、俺の部下が絶滅危惧種に指定された竜人族の里を発見した。
場所はアゼルライムス帝国より東、およそ400ULほどにある小さな島だった。
無人島として指定されていた島に、竜人族が住んでいる――。
帝王はすぐに調査部隊を派遣し、俺は兵士長として彼らの護衛にあたった。
島に着くと、そこはすでに焼け野原だった。
帝国兵が到着する寸前に魔王軍の襲撃に遭ったことはすぐに理解できた。
俺はすぐに魔法便で帝都に増援を呼んだが、不意を突かれて奴らに船を奪われてしまった。
調査隊の面々は学者が多く、まともに戦える者は俺しかいない。
それに対して島を占拠している魔王軍の数は、ざっと見積もっても二百は下らなかった。
俺は死を覚悟し、たった一人で魔王軍の軍勢と戦った。
帝王が魔法便に気付き、増援を送ってくれたとしても五日は掛かるだろう。
こんなことなら、俺の部下たちを連れてくるべきだった――。
一人、また一人と調査隊が命を落としていく。
俺はそれを目の当たりにしながら、それでも、少しでも命を長らえるために戦った。
しかし、それも長くは持たなかった。
三時間の激闘の末、調査隊は全滅。
俺は魔王軍に捕えられ、あとは処刑を待つのみとなった。
だが、これが俺の運命ならば受け入れる他ない。
両親はとっくに他界し、女房もいなければ惚れた女もいない。
この槍一つで人生の大半を生き抜いてきたのだ。
勇者の姿をこの目で見ることができないことだけが心残りだが、それも仕方のないことだ。
せめてこの島に魔王軍が侵攻していたことだけでも、ガロン帝王にお伝えできて良かった――。
魔族の振り上げた剣が俺の首に向けて振り下ろされる。
俺は目を閉じて死を覚悟した。
――しかし、そこで奇跡が起きた。
竜人族の生き残りと思われる数十名の戦士が何処からともなく現れ、魔王軍に奇襲をかけたのだ。
不意を突かれた奴らは焦り、慌てふためいていた。
だが戦力差は歴然だ。すぐに形勢を立て直した魔王軍は徐々に竜人族を押していった。
反撃もここまでかと思われた頃、竜人族の中で一際大きな槍を持つ女に俺の目は釘付けとなった。
彼女はその身の倍はあろうかという槍を軽々と振り回し、周囲に群がる魔族を斬り伏せていた。
他の竜人族も彼女を守ろうと陣形を保っていた。
その様子から、あの槍の女性が彼らの長なのだと直感した。
一瞬だけ、女と目が合った。
そして彼女の口を見て、彼女が何を言っているのかを理解できた。
『早く逃げて』――。
俺は彼女の正気を疑った。
見ず知らずの兵士が魔族に捕えられ、そして今も尚激戦の最中だというのに彼女は俺に『逃げろ』と言った。
このままでは彼らもいずれ全滅してしまうのは火を見るより明らかだった。
なのに何故、奇襲をかけたのだ?
勝機があったとは到底思えない。自殺行為だ。
一人、また一人と竜人族が命を落としていく。
俺は歯を食いしばり、渾身の力を込めて両手に繋がれた鎖を引きちぎった。
もしも俺を助けるために、自分の部下の命を懸け奇襲させたのであれば、とんだ大馬鹿者だ。
上に立つ者は、下の者を守る義務がある。
彼女は長として相応しくない――。
もしも生き残ることができたら彼女にそれを教えてやろうと、このときは本気で考えていた。
◇
奇跡とは、本当に起きるものだ。
命からがら逃げ出すことに成功した俺は、島の反対側にある深い森に身を隠した。
そして俺の横には、あの槍使いの竜人族の女がいる。
生き残ったのは、たったの二人――。
そして帝都から援軍が到着するまでに、早くともまだ四日は掛かるだろう。
それまではじっと身を隠さなければならない。
その間の食料は? 水は?
彼女の住まう竜人族の集落も、帝国船も奴らに破壊されてしまった。
この深い森には生き物の気配がしない。
空を仰ぎ見ても雲一つない晴天だ。
雨を期待して待つにも、それまでに俺達の体力がどれくらいもつのだろうか。
それに女は大きな傷を負っていた。
手持ちの物である程度の応急処置は出来たが、早く帝都に連れて行かなければいずれ命を落としてしまうだろう。
俺は意を決し立ち上がろうとした。
無論、奴らが占拠している竜人族の集落に向かうつもりだった。
このままではきっと彼女は死んでしまう。
しかし、俺の腕を彼女は掴み、離そうとしない。
俺は優しく彼女を諭した。だが、それでも離そうとしてくれない。
深く溜息を吐いた俺は、ふと彼女に聞こうと思っていたことを思いだす。
何故、俺を助けたのか。
部下の命を危険に晒すとは、長として失格だと厳しい口調で告げる。
俺の話を聞いている間、彼女はずっと寂しそうな顔をしていた。
その表情の意味が分からず、俺は彼女に問う。
――彼女は竜人族の長ではなかった。姫だったのだ。
竜姫と呼ばれていた彼女は、物心がつく前からこの島に住んでいた。
完全に世間とは断絶された世界で、それでも一族を守るためにひっそりと生きていた。
彼女の持つ槍は竜人族の宝であり、父である竜王の遺物でもあった。
魔王軍により絶滅の危機まで追い込まれた彼女らは、世間より身を隠して生きる以外に方法などなかったのだ。
それがつい先日、帝国の船によりこの場所が発見されると彼女達は動揺した。
竜人族が魔族の次に恐れているのが人間族だったからだ。
人間族は希少な種族である彼らを奴隷として飼ったり、その身体の一部を高価な値段で売買していた。
帝国の調査部隊が本格的に上陸する前に、彼らは拠点を移そうとした。
しかし運が悪いことに、その帝国船が魔王軍に尾行されていたのだ。
一足早く島に攻め入った魔族と鉢合わせることになった理由がここにあった。
俺を救ったのは偶然だった。
彼女が指示を出したわけではなく、竜人族の戦士が勝機と判断しての行動だった。
だが彼女は真っ先に俺を助けようとしてくれた。
これ以上、悲惨な死を見たくなかったのだという。
それを聞き、俺は心より反省した。
そして、まだ年端もいかぬ彼女を責め立てた自分を恥じた。
◇
二日経ち、三日が経っても俺達はその場を動けずにいた。
徐々に生気を失いつつある彼女を救うことができない自身の無力を呪った。
それに何より、彼女は一人にされることを恐れた。
相変わらず俺の腕を掴み、力なく首を横に振るだけだった。
水は泥水を啜り、食料はその辺に生えている葉や雑草を口にする。
彼女のわき腹に視線を向けると、深く抉られた皮膚が紫色に変色しているのが分かった。
どうして俺は、たった一人の少女も救えないのだろう。
今まで死ぬ気で訓練してきたというのに、少女ばかりか、誰一人救えなかった。
残り二日も彼女の命がもつとは思えない。
今夜、彼女が寝静まったときを狙って、俺は魔族に占拠されている集落に忍び込む。
そして薬と食料、水を必ず持ち帰る――。
深夜になり、俺はその場を後にした。
彼女には悪いが、助けられる可能性が1%でもあるのならば行動するより他にない。
魔族が占拠する集落はすぐに見つかった。
生き残った魔王軍の数はおよそ百。
まともに戦って勝てる数ではない。
俺は奴らの目を盗み、集落に侵入した。
◇
息も絶え絶えに森へと駆ける。
手にはわずかな食料と水、そして竜人族が作ったと思われる薬草があった。
これで彼女の傷が治るかは定かではないが、帝国の増援が到着すれば治癒師による治療を受けられる。
あの傷ではもう二度と戦場に立つことは出来ないかもしれないが、命があれば次に繋ぐことが可能だ。
死んでしまっては何も残らない。
そして俺は、この救われた命を彼女のために使おう。
もしかしたら、他の竜人族も別の場所で生き永らえているかもしれない。
それを希望に彼女と共に世界を巡ろう。
もう一人にはしない。俺も共に生きる。だから――。
森に到着すると彼女がいた。
同じ場所で。同じ姿で。安らかな寝顔で。
ただひとつ違っていたのは――彼女は息をしていなかった。
俺は唖然としたまま、手に持った薬草と食料を地面に落とした。
慌てて彼女の元に駆けつけ、身体を揺さぶった。
しかし彼女は反応しない。
俺は構わず、彼女に声を掛け続けた。
『どうして一人にしたの?』と、何故怒らない?
口にしないと伝わらないじゃないか。
早く目を覚まして、俺の腕を掴んでくれ。
俺はまだ君の名前すら知らないんだ。
俺の名前もまだ君に教えていないんだ。
お礼も言わせてもらっていない。謝罪も言わせてもらっていない。
君達が魔王軍に襲われたのは、帝国のせいなのだ。
それを君は知っていたはずなのに、どうしてあの時、俺に『逃げて』と言ったのだ?
唇を噛み締め俯いていると、何かの光が俺の頬を照らした。
視線を上げると、彼女の竜槍にはめ込まれた宝石が緑色に淡く光り輝いていた。
俺はそれを見て、帝国の書物庫に置いてあった本に記載された竜人族にまつわる伝説を思い出した。
『竜人族は命を落とした際に、その遺物に魂が宿る』――。
俺はその光を抱き締めるように竜槍を抱き、静かに泣いた。
その後、無事に帝国軍に救出された俺は全てを帝王に報告した。
あの日のことは一日たりとも忘れたことはない。
俺はこの竜槍と共に生きていくと、そう心に誓った。
そして世界一の槍術士となり、名も知らぬ竜人族の彼女の魂と共に頂点に立つのだ。
その名が世界に轟き、何処かで生き延びているかも知れない竜人族らに、彼女の命の輝きが伝わることを願って――。




