010 絶盾と呼ばれた敵軍の大将は絶盾というよりも絶壁でした。
アゼルライムス帝国、帝都アルルゼクト。
王の間にて――。
「……で? どうして敵軍の大将を捕えてきたわけ?」
王座の横にある俺の席に胡坐を掻いて座り、不機嫌な顔でそう答えた俺。
目の前には縄で両手を結ばれている鎧を着た姉ちゃんがいます。
「敵を追い払ったついでに決まってんだろうが。俺がどんだけ痛い思いして戦ったと思ってんだよ。これぐらいの報酬をもらったってバチは当たらないだろう?」
ニヤリと笑いそう答えたのはゲス神様ことゲイルだ。
……この馬鹿はこの綺麗な姉ちゃんを性奴隷か何かにでもするつもりなんでしょうか。
「違うでしょうが。聖堂騎士団の団長を捕えれば、ユーフラテス軍の弱体化に繋がるからそうしたんじゃない。ねえ、ユウリ?」
腰に手を当てたまま不機嫌そうに答えたのはリリィ先生です。
まあ、どうでも良いんだけど、戦闘から戻ってきた早々、経過も報告しないでいきなり捕虜を連れてこられた俺の身にもなってください。
この人、誰ですか。
聖堂騎士団の団長? こんな細い女のひとが? うそーん。
「はは、みんな一度落ち着こうか。カズトがすごい顔をして僕らを睨んでいるよ。本当はガロン帝王にも同時に報告をしたいところなんだけど、生憎彼はエルフィンランドに外遊に出たばかりだからね」
空気を読んだのか、ユウリが王の間にいる全員に戦闘の結果報告を始めてくれました。
ちなみにガロン義父さんは俺が帝都に到着した早々、エルフィンランドに出掛けちゃったから、実質俺がこの国の責任者みたいな感じです。
なんでもザノバのおっさんと直接話したいことがあるんだとか。
ちらっと聞いた話だと、あの二人は随分前から面識があったらしいんだけど……。
「……」
そして何も言わずに俺をガン見している囚われの団長さん。
……そんなに見られても困るんですけど。
以前とこかで会ったことがありましたっけ……?
「――アゼルライムス帝国より東に750UL、帝国領海と排他的経済水域の境にて。ユーフラテス公国の正規軍、聖堂騎士団千五百名に対し帝国兵百名で応戦。敵戦艦十隻のうち、ゲイルが二隻、リリィ率いる帝国魔道兵団が三隻を沈没させることに成功。敵兵千五百のうち五十八名を捕虜として捕縛、残り千四百三十名は撤退。行方不明者は二十二名……。まあ作戦通りにゲイルが動いてくれたことが、今回の最大の勝因かな」
ユウリの言葉に一同がホッとした表情を浮かべた。
敵兵の行方不明者二十二名も、死亡確定がされたわけではない。
まあ戦争なんだから、いずれ死者が出てもおかしくないんだけどね。
「この結果はすぐにギルド公報で世界中に通達されるだろうね。そして魔王軍に『不死者がいる』という事実も広がるだろう。でも、今回の戦闘の最大の目的はそこにある」
「……つまり不死者という存在を世界に知らしめ、その恐怖を植え付ける。そして議会の注意を私から逸らせ、ゲイルに向かわせる……。でも本当にそれで良かったのでしょうか。ますます私達は世界から『悪』として認識されるのでは?」
ユウリの言葉に反応したのはルルだ。
自分の命が奴らに狙われているというのに、彼女は仲間の身を案じていた。
……いつもそれくらい俺のことも心配してくれたらいいのにと本気で思います。
「それで良いんだよ。僕らはこれからもずっと『悪』を演じ続けるんだ。そして、いつかどこかで皆は気付く。過去に繰り広げられた精魔戦争の真実を。捻じ曲げられた歴史を。本当の『悪』は誰なのかを――」
「あー、ちょっと待ってユウリ。まあ『真実を明らかにする』っていう部分は俺も賛成なんだけど、別に俺は正義を語るつもりはないし、むしろ悪役のほうが気楽というか……勇者を二回もやって飽きちゃってるというか……」
「カズハは黙っていて下さい」
「…………はい。ごめんなさい」
幼女に強く言われ、俺は口を噤みます。
いや、俺魔王だから別に意見しても良いと思うんだけど……。
ていうか、俺の意見を強制的に封じたらアカンやろ!
幼女どんだけ強いんだよ!
俺にも発言権下さい! 聞いてくれるだけでもいいから!
「でもこんなに敵さんの兵士を捕まえるつもりはなかったのよね。大将の『絶盾』さえ捕えれば良かったんだけど……。この子、ずいぶんと部下に慕われていたんだか、兵士達が暴れ回ったせいで五十八名も捕えなきゃならなかったし……」
「……」
リリィの言葉を聞いているのかいないのか、絶盾と呼ばれた女性は俺を見据えたまま何も喋ろうとしない。
……あの、そろそろ視線が痛いんですけれど。
何か言いたいことがあるんだったら、言ってくれたほうが楽です……。
「えー、こほん。あー、なんだ、その……どうも初めまして。カズハと言います。魔王やってます。お姉さんのお名前とか教えてもらえます?」
居ても立っても居られなくなった俺は、捕虜のお姉さんに声を掛けました。
そしたらちょっとだけ表情を和らげた感じのお姉さん。
あー、笑うと結構可愛いんですね。
……まあちょっとペチャパイというか、絶壁なのが玉に瑕なんだけど。
「……私はユーフラテス公国、聖堂騎士団団長。セシリア・クライシスと申す者です」
そう言い立ち上がった絶壁お姉さん――もといセシリア。
でもなんだか様子がおかしいです。
ちょっと頬が高揚しているというか、誰かさんのせいで普段からいつも電波が立っている俺の『危険信号』がちょっと反応しています。
……どういうことでしょう?
「おい、その女……何か持っていやがるぞ!」
「え……?」
異変に気づき、声を上げたデボルグ。
でも次の瞬間、セシリアは両手の縄を解き、一瞬だけ俺と目を合わせた直後に後方に飛び退きました。
「௧ஊ௩௪௫ ௯௰௱கஅ உஔகட ணதநன ௩௪௫௬௭
ஆஇஈஉ ஊஎஏ கஙசஜ ஞதநன ப௭௮க ஙசஜரலள……」
「あれは……魔術禁書!?」
セシリアを振り向き叫んだリリィ先生。
彼女の手には光の魔術禁書と思われる書物が開かれていました。
その詠唱を止めようと、彼女に同時に飛び掛かるデボルグとグラハム。
しかし――。
「――神の恩恵は、不穏な者より与えられる死を免れる。《大いなる生の恵み》……!!」
「あ――」
眩い光が王の間を照らした。
そしてその光はその場に居た全員を包み込んだ。
「くそっ! 皆、無事か! まさかここで魔術禁書を使われるとは……!」
「目がー! 眩しいー! 何も見えないー!」
椅子に座ったままジタバタする俺。
なんか柔らかいものが俺の顔を覆っている気がするけど、たぶんどさくさに紛れて隣に座っていたレイさんが胸を押し付けているんだろうから無視するとして……。
「……何も、起きていない? どういうこと……?」
リリィ先生の声が聞こえてきます。
でも俺は光を直視しちゃって、まだ目が開きません。
レイさんがきゃーきゃー言いながら俺に胸を擦りつけているくらいしか分かりません……。
「これで………私の、目的は……」
ようやく目が慣れてきたので目を開けると、そこには倒れているセシリアの姿が見えます。
……うーん、何だったんだろう。
光の魔術禁書を持っていたのもビックリだけど、それを使われたのに何も起きないし……。
使った本人は魔力を消耗しちゃったのか、そのまま気絶してるし……。
……どうなってるの?
「カズハ様を! お守りしないと! 私が身を挺して! 代わりに犠牲に! ならないと!」
「……レイさん。もういいから。暑苦しいから。それと俺の服の中に手を入れないで。よっぽど身の危険を感じるから」
俺が冷たくあしらうと、レイさんは寂しそうに俺からちょっとだけ離れました。
もうそろそろキレそう。
こうなったらマジで本気でこの糸を焼き切る方法を探すしかない……。
「とにかくみんな無事のようだね。ミミリ、彼女を尋問室へ連れて行ってくれないかい?」
「尋問室、でしょうか。しかし、気を失ったままの彼女から話を聞くのは難しいと思うのですけれど……」
「いいや、そうじゃないよ。あそこは帝国兵もあまり立ち寄らない場所だから静かだし、ゆっくりと休めると思うんだ。それに目を覚ましてもすぐに逃げられる場所でもない。僕らはこれから戦闘の後処理が残っているからね。同盟国への報告、敵国の次の手の予測、兵士らへの通達に捕虜の処遇……。今から頭が痛いよ」
ユウリがそう言うと、皆が俺のほうを振り向きました。
いやいやいや! 俺今回は何もしてないし! 今回は!
「分かりました。簡易的なものでしたらベッドも用意できますし、干したばかりの毛布も一緒に持っていきましょう。エリーヌ様、色々とお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です。メイドにも伝えておきますから、自由に使って構いませんよ」
エリーヌがそう答えると、頭を下げたミミリは気絶しているセシリアを抱き上げました。
さすがに彼女一人で鎧を着た女兵士を運ばせるのも可哀想だから、セレンとタオにも手伝わせたけどね。
はぁ……。でもビックリしたー。
いきなりピカーって光るんだもん。
さすがに無防備な状態で魔術禁書を喰らったら死ぬんじゃないかと思ったけど……。
あれか。アルゼインが使った陽の魔術禁書みたいに攻撃タイプじゃないやつだったのかな。
呪いの類かなぁ……。それとも後で急に苦しんで、窒息して死ぬ魔法とか……?
俺、光魔法苦手だから、ちょっと怖いんだけどな……。
まあ、後でコッソリ尋問室を覗いてみよう。
それまでに火魔法を使える帝国兵に賄賂を渡すか色仕掛けをして、この糸を切ってもらわないと……。
皆さんが絶壁、絶壁と言うからセシリアを絶壁キャラにしました。
……せざるを得ませんでした。




