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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第五部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(前編)
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009 次元刀と絶盾ってなんか中二病だよね。

「ふん、こりゃまた随分な数の軍艦じゃねぇか。ひい、ふう、みい…………ちょうど十隻か。一隻に百五十人と見積もっても千五百。はぁ……。カズハの野郎……」


 帝国製の軍艦にたった一人で乗り込み溜息を吐く男。

 先の共和国との停戦交渉の際に戦闘となり、四宝である『刀』を抜いた彼にはある異名が付けられていた。

 『次元刀』――。

 その刃は空を斬り、共和国軍が誇る武具や施設を次々と破壊した。

 世界ギルド連合が指定する危険度ランクに、初回ながらも『SS』という最上級ランクに指定された所以がそこにあった。

 しかし、世界はまだ知らない。

 彼が『半神半人』の不死者であることを――。

 なぜ元勇者ゲイル・アルガルドが帝国での裁判の後、しばらくして魔王軍に所属することになったのか?

 当時の戦乙女と勇者の間には、一体何があったのか?

 

 世界はそれを知らぬまま、代理戦争を始めることとなる。

 すなわち精霊王と魔王との戦争―――『第二次精魔戦争』を。


「いくら俺が死なないっつったって、ある程度は痛みも感じるし、行動不能にさせられりゃあ死んだも同然になるっつうのによ。こんな大軍の前に一人で向かわせて味方の『盾』になれだなんて、無茶を言いやがって……。ユウリもユウリだぜ。後方支援をリリィに任せるのはいいが、帝国軍を百しか用意しねぇなんて、馬鹿なんじゃねぇのか?」


 帝国の排他的経済水域に侵攻した公国軍は領海の間際で軍艦を停止させた。

 十の軍艦に立ちはだかるは、たった一隻の軍艦。たった一人の魔王軍幹部。

 帝国側の行動が読めず、緊急停止をする形となった公国軍は相手の出方を窺っていた。


「あれは……『次元刀』! 皆さん、注意して下さい……! 彼の持つ武器は四宝の内の一つである『刀』です!」


 公国軍を指揮しているのは、かの国が誇る最強の部隊――聖堂騎士団の隊長、セシリア・クライシスだ。

 彼女の持つ大きな盾――『エニグマ』には古代文字がびっしりと刻み込まれている。

 何人もこの盾より先に侵入することを許さない彼女の戦いぶりから、畏怖を込めて『絶盾』と称されていた。

 エニグマに込められた古代人の魔法は、受けた魔力を周囲に分散する類のものである。

 これにより物理的な力のみが負荷となり、それを防ぐのは使用者の力量に掛かっているというわけだ。


「……彼の刀と私の盾。どちらが強いのか、はっきりとさせてみせます。きっと魔王もどこかで見ているのでしょう。……私は彼女に聞きたいことがあるのです」


 誰に言うでもなく、一人そう呟いたセシリア。

 そして自身の願いを叶えるためには、まずは目の前の敵を撃破しなくてはならないことも理解していた。

 彼女は大盾を天に掲げ、部下の士気を高めようとした。

 しかし、その瞬間――。


ヒュンッ――。


「え……?」


 空を切るような音。

 その直後、ズズズという何かが大きくずれていく音が後方より聞こえてきた。


「た、隊長……!! 第七艦隊が……第七艦隊が…………!!!」


「どうしたのです! ちゃんと落ち着いて報告を――」


 振り返り、部下に注意をしようとしたセシリアだったが、そこで言葉が止まってしまった。

 そして彼女は見たのだ。

 公国軍が誇る軍艦のうちの一隻が、縦に・・ずれていく様を・・・・・・・


「斬ら、れた……? まさか……」


 すぐに意識を集中させ、彼女は前方にいる一隻の軍艦を振り返り凝視する。

 そこに乗るたった一人の魔王軍幹部は、確かに刀を抜いていた。

 しかし、普通の人間にそのようなことができる筈もない。

 公国の戦艦は世界で二番目に硬いと言われているグラムタイト鉱石で作られたものだ。

 ゼノライト鉱石よりも硬度は若干落ちるが、軽い素材であるグラムタイトでなければ海に浮くことができない。

 つまり、軍艦の中では最強の硬さを誇る船である。

 それをたった一閃で真っ二つにされた事実を、彼女はどう受け止めるのか。


「これが魔王軍幹部の力……。『次元刀』、ゲイル・アルガルドの力……!」


「ひいぃぃ! ば、化物だ……! やっぱり魔王軍には化物が居やがるんだ……! 帝国やエルフィンランドの奴らも、きっと化物に……魔物にさせられているに違いない!」


「ほらみろ、俺の言った通りだろう! あの戦乙女も、元魔王も、常識を遥かに超える強さだったんだ……! あんなの人間じゃねぇ……! 人類の敵だ! 主教様の仰っていたことはやはり正しかったのだ!!」


 彼らの部隊には、かつてユーフラテス公国の首都でカズハと戦った者もいれば、先の戦いでセレンと戦った者もいる。

 両者ともたった一人で聖堂騎士団と渡り合い、彼らを封じた功績があった。

 その前例もあってか、今回は総勢千五百という、かつてない人数での侵攻を試みたのだが、すでに彼らの戦意は喪失気味であった。


「皆さん、落ち着いて下さい! 第四艦隊と第八艦隊の部隊は、沈められた仲間の援助を! 第二艦隊と第五艦隊はこのまま私の船と共に前進! 残りは後方より支援をお願いします!」


「は、はい……!!」


 セシリアの命令により即座に行動に移った聖堂騎士団は、ゲイルの待つ軍艦へと突進していく。

 彼女を乗せた第一艦隊を先頭に、すぐ後方を残りの二隻が追随する形だ。

 そして盾を構えた彼女は船首に立ち、大きく息を吐いた。


「精霊王の名の元に、貴方の攻撃を私が全て受け止めてみせます……!」


 彼女の全身を薄紫色のオーラが包み込む。

 エニグマに描かれた古代文字が光を帯び、まるでパズルのように交差していく。

 絶対防御の大盾により発生したオーラは、軍艦三隻をすっぽりと覆ってしまった。


 一方、自身の放った剣閃が軍艦を沈めたことを確認したゲイルは刀を鞘に納めていた。

 そして深く溜息を吐く。


「……はぁ。一発放つだけで、マジで嫌になるくらい魔力が消耗するってんだから、どうしたもんかねぇ。以前の俺だったら連続で放てたんだろうが、これが限界だな。……あと九隻。俺だけでどう足止めしろっつうんだよ、クソッタレが」


 魔力の消耗が激しいのか、その場に胡坐を掻いてしまったゲイル。

 セシリアが率いる軍艦三隻が迫っているのは確認できるが、すでに彼は不貞腐れていた。

 そして戦場に出る前にユウリが漏らした言葉を思い出す。

 『君は魔王軍として相応しい振る舞いをしてくれ。もう僕らは正義を語る必要などないのだから。ふふ、君なら適任だと思うよ』――。


「……何が『君なら適任だと思うよ』だよ。一体何を企んでやがるのかは知らんが――」


 ゲイルは立ち上がり、再び刀を抜いた。

 まだ二発目が放てるほどの魔力は回復していないが、このままでは領海に侵入されてしまう。

 まずはあの三隻の軍艦を覆っているオーラを消し飛ばさなければ、後方で待つ魔道部隊の魔法も弾かれてしまうだろう。

 半減した威力の次元刀でも、直接斬れば・・・同等の効果が得られる筈。

 それを実戦で確認済みであった彼は、身を屈め、次の瞬間には大きく跳躍した。


「!! 隊長! ゲイル・アルガルドがこちらに向かって飛んできます……!」


「軍艦を放棄した……? まさか、私の『絶盾』を直接斬るつもりですか……!!」


 空から急降下してくるゲイルは不敵な笑みを浮かべていた。

 それを視野に入れたセシリアは唇を噛み締め、魔力を最大まで高めて応戦する。


「くはは! 何だ、その面は! 死にたくない奴は、さっさと船から飛び降りろ! おらあぁぁ!!」


 ガキィンというけたたましい音が領海を突き抜けていった。

 その剣閃をセシリアの大盾は見事に弾いたかに思われたが、しかし――。


「ぐっ……! 重い……! 魔力が……分散っ、できない……!!」


「ちぃ……! まだ足りねぇか……! だったら次だっ!!」


 刀を納め、そのまま宙で身を翻したゲイル。

 両腕を上空に大きく伸ばした先には、魔法により出現させた巨大な氷塊が出現する。

 彼は残りの魔力を絞り出し、その氷塊を薄紫色のオーラに投げ降ろした。


「氷魔法……! 狙いは盾ではなく、軍艦を守るオーラの方ですか! しまっ――」


 バリンと音を立ててオーラが弾けた瞬間、空が七色に光った。

 様々な属性の魔法の弾頭が色鮮やかに二隻の軍艦目掛けて落下する。

 帝国が世界に誇る魔道士兵団による、長距離からの一斉射撃。

 そしてそれを指揮するのは、『大魔道士』として名高いリリィ・ゼアルロッドだった。


「隊長! 第二艦隊、第五艦隊とも再起不能です……! こうなったら生き残った全艦を突撃させて――」


「いけません! 第三、六、九、十艦隊を沈められた二隻の救援に向かわせて下さい! 人命が最優先です!」


「しかし、そうこうしているうちに、敵軍の第二射が……!」


「撃たせません! 私が皆を守りますから、その間に仲間の救出を! 最悪でもゲイル・アルガルドを捕縛すれば、こちらにも勝機があります!」


 セシリアの視線の先には、体力を消耗させたゲイルの姿が映っていた。

 彼は生き残った第一艦隊の船に降り立ち、肩で息をしたまま目を瞑ってる。

 しかし、セシリアは確信していた。

 『魔王カズハ・アックスプラントは仲間を決して見捨てない』――。

 ゲイルの捕縛に成功すれば、その先に見えるのは公国軍の勝利だ。


「……」


「隊長! 何を迷っておられるのですか……! 仕方ない……聖堂騎士団第一部隊っ! 魔王軍幹部ゲイル・アルガルドを捕縛せよ! 無傷とは言わん! これだけの被害を出したのだ! 腕の一本や二本、切り落としても構わん!」


「あ……」


 隊長であるセシリアの代わりに、軍艦に乗った百五十の兵士に命令を下した第一戦隊長。

 それぞれが聖槍を構え、未だ目を瞑ったままのゲイルに向かい突進を開始した。

 一瞬だけ目を見開いた彼だが、再び不敵な笑みを浮かべて両手を広げるだけで、その場を動こうとしない。

 よほど魔力を消耗してしまったのか、それとも他に狙いがあるのか――。


「あー、やっと理解したぜ。俺が『適任』っつう理由がよ」


「? 何を――」


 そこまで言いかけたセシリアだったが、この日二度目の絶句を味わうこととなる。

 聖堂騎士団のうち十数名の放った槍が、見事にゲイルの全身を貫いたからだ。


 ――迸る鮮血。

 まるで魔女裁判でも行われているかの光景は、恐ろしくも美しくあった。


「こいつ……何故、攻撃を避けなかった……?」


 聖堂騎士団の一人が恐れ戦き、その場にへたり込む。

 戦場であるが故、死者を出すことは当然であるのだが、相手はたった一人の人間。

 その身体を十数本の槍が貫く姿など、誰もが見たいはずもなかった。


「……くく、くくく、くくくくく」


「!?」


 ゲイルの不気味な笑い声が風に乗り周囲に木霊する。

 この世のものとは思えないその声に、その場にいる全員が凍り付いた。


「くははは! こんなものか! 世界最強と名高い聖堂騎士団さんよぅ! それじゃ世界を平和に導くなんざ、夢のまた夢だぜ……! ぎゃははは!」


「この……死にぞこないが!!」


「待っ――」


 制止の声を上げたセシリアだが、部下にはそれが届かなかった。

 腰に差した細剣を抜いた騎士は、渾身の力を込めてゲイルの首を両断する。

 宙に舞う頭部。

 ごろりと甲板に転がった頭はセシリアの足元で停止した。


「どう、して…………どうして殺したのですか! 私は『捕縛しろ』と命令したのに……!!」


 彼女の悲痛な叫び声が周囲に鳴り響く。

 何か言おうと口を開きかけた騎士らだったが、その表情が豹変した。

 ポタリ、ポタリと血の滴る音に気付き振り返るセシリア。

 そこには首を刎ねられ、槍で全身を十数か所も貫かれつつも、一歩、また一歩と騎士らに近付いてくるゲイルの胴体が――。


「ひいぃぃぃ!! な、何だよ……どうして動くんだ……!?」


「も、もっと刻め! 完全に動かなくなるまで、斬り刻むのだ!!」


 再び槍を構え、ゲイルの胴体に襲い掛かる聖堂騎士団。

 しかし腹部に刺さった槍を無理矢理抜き取り、それらに応戦するゲイル。


「……これは、夢でしょうか? ……いや、違う。これは……『不死』? 主教様は精霊の娘を捕え、不老魔法ディストピアを完成させると仰っていた……。しかし、不死の者が魔王軍にもいるとなると――」


 セシリアの呟きを、しっかりとその耳に聞き届けたゲイル。

 彼女に見えないように笑みを浮かべた彼は、ユウリの作戦の全貌を理解した。

 侵攻してきた聖堂騎士団らを混乱させ、奴らの狙いを精霊・・ルリュセイム・・・・・・オリンビアから・・・・・・・ゲイル・・・アルガルドに・・・・・・変更させる・・・・・――。

 古代の知勇アーザイムヘレストの子孫以外にも『不死者がいる』という事実を知れば、彼らは放っておくことなどできないと――。


 そして不死者であることの恐怖、おぞましさを聖堂騎士団らに植え付ける。

 それはすなわち、幹部以外には知られていない不死魔法エデン不老魔法ディストピアの存在を、世界ギルド連合の『闇』を、世間に知らしめることに繋がるのだ。

 悪であるか正義であるかは、勝者が決めることではない。

 それは良識ある国民が、庶民が、種族が決めることなのだと――。


 ゲイルは痛みに堪え、自身に与えられた『役』を演じる。

 かつては世界を呪い、カズハを憎んだ彼も今では立派な魔王軍の幹部だった。

 彼は今の状況を楽しんだ。

 憎まれ役は自分が最も適していると、そして、それが自身の役割だとはっきりと感じることができた。


「くははは! さあ、小賢しい人間共よ! 俺をもっと楽しませてくれよ……!!」


 ゲイルの狂気の叫びと魔法の砲弾が空を覆い尽くしていった。




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