008 ゲス神様は死なないから盾にするのにはもってこいだよね。
アルゼインをレベッカさんに預けた俺達は、彼女らに別れを告げてフェアリードラゴンに乗り帝都に向かった。
依存体質……。うーん、あのアルゼインがねぇ……。
マジで人って見かけによらないんだなぁ……。
「あ、見えてきましたよぅ! やっぱり空からだと早いですねぇ!」
俺の背中に抱きついたままエアリーが嬉しそうに下界を指差してそう言いました。
控えめなおっぱいが背中に当たっているんだけど、もう慣れたからどうでも良いです……。
それよりも問題なのは――。
「カズハ様が私に……むむむ胸を押し付けて、抱きついて……! ああっ!!」
「……」
――そうなんです。
俺達三人はサンドイッチみたいな形で一匹のフェアリードラゴンに乗っているんです。
だって糸で繋がれてるんだから仕方ないじゃん。
たまたまレベッカさんが乗ってきたフェアリードラゴンが通常より大きいサイズの子だったから良かったものの……。
「……レイさん。ちゃんと前を向いて操縦しないと落ちちゃうよ。落ちたら死んじゃうよ」
「望むところですわっ! カズハ様と一緒であれば、たとえ火の中水の中、お風呂の中やトイレの中でも共に朽ちる覚悟が御座いますのっ! ああっ!! カズハ様の細い腕が……私の、私の胸の下に少しだけ触れていて……!! もう私、どうにかなっちゃいそうですわっ!!」
「……あそう」
もうこの変態に話しかけるのは止めよう……。
何を言っても無駄だ。いや、無駄ならまだしも逆に喜ばせちゃうだけだし……。
「カズハ様っ! もっとスピードを出しますから、しっかりと、よりしっかりと、キツく、私に捕まっていて下さいませ……!!」
「あわわ……! 本当に落ちちゃいますよぅ……!!」
興奮が最高潮に達した様子のレイさんは血走る目でフェアリードラゴンを操縦しました。
俺らの様子を冷めた目で見たまま、何も言わないし何もしない他の仲間達はゆっくりと後ろを飛行しています。
うん。お前ら俺を見捨てたな。
ていうか、これは今までの俺の行動に対する仕返しか。
あー……落ちる。帝都に墜落する…………。
チュドーン!!
まるでミサイルが落下したかのように墜落した俺達三人。
フェアリードラゴンは墜落の直前に俺達を振りほどき、離脱に成功。
当然サンドイッチ状態になっていた俺はレイさんをクッションの代わりとして使用し、後ろに捕まっていたエアリーを守る形になったわけだね。
めでたし、めでたし。
「何事ですか……! まさか、敵軍のミサイルが我が城に……!?」
土煙の先から聞き覚えのある声が聞こえ、俺はむくりと起き上がりました。
視界の先には我が嫁、エリーヌの姿が見えてきます。
「よっ、エリーヌ」
「か、カズハ様……!?」
驚きの表情で俺の名を呼ぶエリーヌ。
しかし幸福そうな顔で俺の下敷きになっているレイさんを確認して現状が理解できたのか。
ホッとした表情で俺の傍に近付いてきました。
……これだけで理解できるとは、流石は俺の嫁。
状況把握能力が凄まじい……。
「す、すいませんですぅ、エリーヌ様ぁ! こんな登場のしかたで……」
「ご機嫌麗しゅう、エリアル女王陛下。もうお身体のほうは大丈夫そうですね。安心しましたわ」
「あ……はい! もうだいぶ慣れました……。えへへ」
エリーヌがニコリと笑うと、釣られてエアリーも笑ってそう言いました。
とりあえず俺は魔法の糸の件と、今後二人が俺を監視することに決まった内容をエリーヌに伝えます。
「……そういうことでしたか。それならば私も賛成致しますわ」
「え? いいの? 嫉妬とかしないの?」
「はい。カズハ様の性格を考えますと、それが最善だと思いますし……。それに大勢いたほうが楽しいでしょう? 私もずっと城で一人でしたから、これからはカズハ様や皆さんと一緒にいられると思うと嬉しくて……」
エリーヌは本当に嬉しそうにそう言いました。
……ちょっとくらい嫉妬してくれたほうが俺的には良かったとは言えない空気になっちゃったけど。
特に地面にめり込んで気絶しているこの変態には、エリーヌのほうからガツンと言ってもらいたいくらいです……。
「おお、カズハか。大きな音がしたから何事かと思ったぞ」
「お父様……! もう会議は終えたのですか?」
声がするほうに視線を向けると、帝王ガロン・アゼルライムス――つまり、俺のお義父さんがエリーヌの傍に近づいてくるのが見えました。
昔は随分嫌われていた俺だったけど、もうすっかり俺のことを認めてくれて、今では良好な関係を築いています。
「こんにちはー、お義父さん。お邪魔してまーす」
俺は地面にめり込んでいるレイさんを強制的に持ち上げ、後ろに隠しました。
さすがにこんな状態のレイさんを帝王に見せるわけにはいかないからね。
「うむ。エリアル女王陛下もお元気そうで何よりだ。しかし……これはどういうことだ?」
「へ?」
ガロンの視線を辿ると、今しがた俺達が突っ込んだ先に真ん中から真っ二つに折れた像が倒れているのが見えました。
そのすぐ先には大聖堂が建っています。
……うん?
あれ、ここって城の中庭だったのか……?
…………うん。
てことは、あの真っ二つに折れた像は――。
「はわわ……! この像、『勇者オルガンの像』じゃないですかぁ! 大聖堂と共に世界遺産に登録されているものを、壊しちゃいましたぁ……!」
「……」
アカン……。さすがにこれは怒られる……。
ていうか、全部レイさんが悪いだろこれ!
おいこら、起きろこの変態! 起きてお義父さんに謝れ!
「はっはっは、良い良い。もう勇者の像に未練など無いわ。今や我がアゼルライムス帝国は魔王と同盟を組む『世界の敵』となったからのぅ。世間的にも我らは悪者にされておるが、国民は皆カズハに理解を示しておるし、ワシもそうだからな。この像も大聖堂と共に取り壊すつもりだったのだよ」
「お義父さん……」
ガロンの言葉を聞き、俺はちょっとだけ目に涙が溢れちゃいました。
三周目の人生が始まってからというもの、どこの国に行っても人々に嫌われるわ捕まるわ追い出されるわの過酷な日々……。
でも俺のことを理解してくれる人は絶対どこかにいるって信じてた……!
お義父さん……! 今夜は一緒に酒を飲もうぜ……!
「ふふ、他の皆さんも到着のようですね。応接間に皆さんをお招き致しますから、お父様は先に」
「ああ、そうさせてもらおうか。これからこの城が魔王軍の拠点となるのだからな。しっかりと議論を重ねて今後のことを検討せねばならん」
エリーヌの言葉を聞き、先に城に戻ったガロン帝王。
上空に視線を向けると、ようやく俺達に追いつてきた他の仲間の姿が見える。
……はぁ。まあ何だかんだと色々あったけど、俺はついに帝都で暮らすことになるんだなぁ。
実家にもずーっと帰ってなかったし、お義父さんとの話が終わったら母さんにでも会いに行くかぁ……。
◇
同日、夕刻――。
アゼルライムス帝国、帝都アルルゼクトにて。
長年勇者を輩出してきた伝統ある国に、元『戦乙女』の称号を持ち、国民から絶対の支持を得ている現魔王、カズハ・アックスプラントが戻ってきたとの噂は瞬く間に世界中に広がった。
それにすぐさま反応したのはユーフラテス公国の主教、エルザイム・マカレーンだ。
同日深夜、まずは先制攻撃とばかりに世界最強と称される聖堂騎士団の軍勢を帝国に向け進軍させた。
聖堂騎士団の隊長である『絶盾』セシリア・クライシスを筆頭に、聖堂騎士団総勢千五百名を乗せた戦艦は帝国の排他的経済水域に侵入。
これをいち早く察知した帝国側はユウリ・ハクシャナスを大将とした討伐部隊を編成。
敵艦隊が帝国領海に侵入したと同時に攻撃を開始する準備を整える。
敵勢力千五百に対し、帝国側の勢力はわずか百。
しかしユウリ・ハクシャナスは勝利を確信する。
防衛線の最後尾には『大魔道士』リリィ・ゼアルロッドを筆頭に帝国魔道兵五十名を乗せた軍艦を配備。
そして聖堂騎士団と一番先に衝突すると予想される海域に『次元刀』ゲイル・アルガルドを乗せた軍艦を配備した。
不死の身体を持つ半神半人の男の手には、四宝の一つである『刀』が握られていた。
その剣閃は『時空を斬る』と言われているが、果たしてそれは真実か否か――。
ユウリの作戦は死ぬことのないゲイルを盾とし、敵軍の進軍を遅らせつつ、後方からの魔法一斉射撃というものだった。
彼の采配は当たるのか。それとも――。




