005 何かに拘束されるのってこんなに辛いことだったんですね。
「ふわぁぁ……。良く寝たー」
次の日の早朝。
大きく伸びをした俺はむくりと起き上がります。
……起き上がれ、ません。
「……カズハ様ぁ、私は貴女の奴隷……すー、すー」
「もう食べられましぇん……むにゃむにゃ」
「…………」
俺に覆い被さる形のまま、よく分からないことを呟いて寝ているレイさん。
そしていつの間にかベッドの下に転がり落ちたまま寝言を言っているエアリー。
俺はそっとレイさんをひっくり返し、ベッドから降りて部屋を出ます。
……出れま、せん。
「…………」
俺は無言のままウインドウを開き、アイテム欄を眺めます。
火属性のアイテム……。この忌々しい糸を切れる物……。
いや、火属性の魔法じゃないと切れないって言ってたっけ……。
じゃあミミリにあげた炎剣を借りても駄目ってことか。
「……マジで喪失した魔法を復活させんとアカンやん。でも、どうやったら元に戻るんだろう。メビウス婆さんとか、何か知らないかな……」
部屋をこっそりと抜け出すことを諦めた俺は二人を起こしに戻ります。
ていうかレイさん、パジャマの下がパンティだけって……。いつ脱いだの。馬鹿なの。
「おーい、起きろー。変態と犬ー。朝だぞー」
俺は部屋の隅に置いてあった二本の黒剣の鞘をカンカンと叩き、二人を強制的に目覚めさせます。
いやー、良く響くね。この鞘。
「う……ん……? もう朝ですかぁ……?」
「朝です。早く起きてください。俺もうお腹空いたの」
ベッドの下からのそのそと出てきたエアリー。
彼女はボサボサの頭のまま部屋の隅に向かい、パジャマを着替え始めました。
ついこの前までエルフィンランドの女王様だったとは到底思えません……。
……いや、一応今もまだ女王なんだっけ。
「ん……んん……」
まだ目が覚めない様子のレイさん。
世の男性諸君に悪影響を与えそうな艶めかしい姿のまま呻いています。
「レイさんも早く起きて。起きたらチューしてやるから」
「起きます!! 今すぐ、起きます!!! 光の速さで起きますわっ!!!」
本当に光の速さと同じなんじゃないかと思うくらい、速攻で起きて着替えを始めたレイさん。
そして着替え終わったと同時にその場でクルリと振り返り、目を瞑り唇を突き出して俺を待っています。
「ああ……! カズハ様ぁ……! 焦らさないで、は・や・く……!」
「……」
俺は寝ぼけたままのエアリーに後ろから近づき、そのまま彼女を抱き上げます。
そして目を瞑ったままのレイさんの唇にエアリーの唇をくっつけました。
「キターーーー! キマシタワっ!!! これぞ幸せの絶頂……! 寝起きのチュウっ……!!」
そのまま床に崩れて気絶しまったレイさん。
俺は彼女を抱き起し、ついでにエアリーも抱えて部屋の扉を開きます。
「ほえ……? 今、何かしましたかぁ? カズハ様ぁ……?」
「ううん、エアリーは何も気にしなくていい。早く飯食って、みんなで帝都に出発しようぜ」
「??」
そして俺達は食堂へと向かいました。
◇
「ああ、おはようカズト。その様子だとよく眠れたみたいだね」
食堂で新聞を読んでいたユウリが俺達に気付き声を掛けてきました。
俺はふくれっ面のまま、気絶しているレイさんを椅子に放り投げ、寝ぼけているエアリーをその隣の席に座らせて深く溜息を吐きます。
「『よく眠れたみたいだね』、じゃねぇよ。どうせお前の提案なんだろう? 昨日は一応眠れたけど、今日も明日もこんな感じなのかと思うと、鬱になっちゃうよ俺」
ユウリの向かいの席に座ると、すぐにミミリが朝食を用意してくれました。
他の皆はまだ寝ているのか、それとも朝の筋トレでもしているのかな。
食堂には俺達以外誰もいません。
「はは、まあそう言わないでよ。君に内緒で会議をしたのは謝るけど、これも全て君と僕ら、そして僕らに協力してくれている全ての国と国民のためなんだ」
そう言い珈琲を旨そうに飲むユウリ。
それに釣られて俺も珈琲に口を付ける。
「昨日、あれからザノバ宰相からも連絡が来てね。僕らの事情を説明したら、すぐにこちらにレベッカさんと他の紅魔族らを数名寄越してくれたよ。フェアリードラゴンに乗って来てくれるらしいから、今日の午後には到着するらしいよ」
「え? マジで? それで皆ゆっくりしてんのかよ……。あーあ、早起きして損した」
そうは言いつつも、ミミリが作ってくれたハムエッグとかサラダとかめっちゃ旨いから、悪いことばかりじゃないんだけどね。
腕上げたなぁ、ミミリ。
やっぱ師匠が良いからかなぁ。
ていうかレベッカさんも来てくれるって、あっちは大丈夫なんだろうか……。
まあザノバが仕切ってくれているから、滅多なことにはならないんだろうけど。
「彼女らには、僕らが留守中に魔王城を守ってもらうことで契約を締結させたよ。紅魔族にもれっきとした魔族の血が流れているからね。彼女らは今やエルフの民にとって、魔王軍とエルフ族の同盟の象徴みたいな存在だからね。きっとあの国は変わるよ。『英雄』という概念も、時間は掛かるだろうけれど少しずつ、確実に変わっていくだろう」
「ふーん、まあ良いんじゃね? レベッカさんだったら俺も信頼できると思うし、俺よりも魔王っぽい感じがするくらいだし……。適任だよね」
食事を終えて満足した俺は、椅子に寄りかかり大きく足を伸ばします。
じゃあ、昼まで暇なのかぁ。何しよう。
フェアリードラゴンを借りれるんだったら、帝都なんて二時間も掛からないだろうし。
あの精霊の丘の断崖絶壁を死に物狂いで渡らなくてもいいだけでも、タオは泣いて喜ぶだろうからなぁ。
「ふう……。御馳走様、ミミリ。美味しかったよ。カズト、僕はレベッカ達が到着するまでの間に他国との情報や戦況を整理しておくから、君はこれを読んでおいてくれ」
食器を片付けつつ、ユウリは先ほどまで読んでいた新聞を俺に手渡しました。
ええと……エルフィンランドのその後の記事、かな。
うーん、読むの面倒臭いけど、どうせ暇だしやることないからなぁ……。
どれどれ……。タイトルは『陥落しプライドを捨てたエルフィンランド』ね。
『世界でもラクシャディア共和国やドベルラクトスに並ぶほどの歴史を持つ国は少ない。そのうちの一つが、先の戦争により魔王軍に敗北したエルフィンランドだ。かの国は長い間、制限君主制――つまり王政と民政という二権分立を守ってきた立場であったが、戦争に敗れその歴史に幕を閉じた。民政の代表であった英雄アルゼイン・ナイトハルトは再び魔王軍に寝返り、二代目の代表は魔王軍の蹂躙から逃れるために妖竜兵団を連邦国に退却させた。これは同じくかの国を亡命したユーフェリウス卿の計らいが大きいと噂されている。現在、エルフィンランドは元空軍第四兵団の准将であったザノバ・ストコビッチが宰相に就任。魔王の命により二権分立を解体させ、新たな絶対王政が布かれている。また混乱に乗じて反政府組織であった紅魔族が台頭。魔族の血を引く彼らにより南西島は制圧され、その功績を称えたザノバ宰相は彼らを政府側に召集。女王であるエリアル・ユーフェリウスは三国会談(魔王軍、アゼルライムス帝国、エルフィンランド)を終えた後、行方知れずと噂されているが、アルゼインと同様、再び魔王軍に寝返ったとされている。これらを受け、議会ではアルゼインの危険度の復活(危険度『S』とされていたが、他の魔王軍メンバーとの比較及び議会に対する前回の嘘の答弁や寝返りを考慮して危険度『SS』に格上げ)、宰相のザノバ・ストコビッチ、紅魔族の長であるレベッカ・ナイトハルトの指名手配及び危険度ランク付け、更にはエリアル女王の指名手配及び危険度ランク付けを検討しているとの見方が強い。また、先の戦争での魔王軍メンバーによる凶悪性・世界に対する脅威などを考慮し、神の爪と称されている魔王軍幹部デボルグ・ハザードの危険度を『S』から『SSS』へと大幅に見直し、また同じく魔王軍幹部である元第23代魔王セレニュースト・グランザイム八世の危険度を『SS』から『SSS』へと見直すことで合意した。また他の魔王軍メンバーに対する危険度も見直した。詳細は以下の通り。
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〇カズハ・アックスプラント(第25代魔王)/危険度『SSSS』
〇アルゼイン・ナイトハルト(魔王軍幹部)/危険度『SS』(危険度『S』から更新)
〇レインハーレイン・アルガルド(魔王軍幹部)/危険度『SS』
〇セレニュースト・グランザイム八世(第23代魔王、現魔王軍幹部)/危険度『SSS』(危険度『SS』から更新)
〇グラハム・エドリード(魔王軍幹部)/危険度『S』
〇リリィ・ゼアルロッド(魔王軍幹部)/危険度『S』
〇タオ(魔王軍所属)/危険度『B』(危険度『A』から更新)
〇ルリュセイム・オリンビア(魔王軍所属)/危険度『B』(危険度『SS』から更新、大幅減の理由は不明)
〇ゼギウス・バハムート(魔王軍幹部)/危険度『S』(今後魔王軍に属する敵勢力への武具の流通の懸念より、危険度『A』から更新)
〇ユウリ・ハクシャナス(魔王軍幹部)/危険度『SS』
〇デボルグ・ハザード(魔王軍幹部)/危険度『SSS』(危険度『S』から大幅更新)
〇ルーメリア・オルダイン(魔王軍幹部)/危険度『S』(危険度『A』から更新)
〇ゲイル・アルガルド(魔王軍幹部)/危険度『SS』
〇ミミリ(魔王軍所属)/危険度『B』
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「ふーん、ザノバのおっさんとかも手配書を出されちゃうのかぁ。なんか可哀想なことをしたなぁ」
新聞をテーブルに投げ、俺は大きく伸びをしました。
ていうか目がショボショボする。だから新聞って嫌い。
まあ、なんというか色々と俺らのことを悪い感じに書いてあったけど、別に否定をするつもりもないし肯定もしない。
嫌いな奴をぶっ飛ばす。俺はそれしか考えていないから、この話はこれでおしまーい!
「さあ、ちょっと散歩でも行ってこよう」
椅子から立ち上がった俺は気晴らしに外に散歩に行くことにしました。
……。
…………。
………………行けま、せん。
「だあああぁぁ! もう面倒クセェな、この糸! おい、お前ら起きろ! 散歩行くぞ散歩!!」
「ひゃいっ!?」
「あ……。おはようございます、カズハ様」
まだ眠ったままのレイさんと寝ぼけたままのエアリーを一喝し、俺は魔王城の庭を散歩することにしました。
はぁ……。いつまで続くんだろうこれ……。
もうすでに発狂寸前なんですけど……。




