004 世界で最も危険視されている魔王は仲間から最も信頼されていませんでした。
――その日の夜。
「…………」
「本当に、本物の犬耳が生えているのですね……。でもすごく似合っておりますわよ、エアリーさん」
「はうぅ……。皆さんもそう言ってくれるから大分慣れてきたんですけど……。でもこの尻尾とか、寝るときにお布団とお尻の間に挟まっちゃって寝づらいのですよぅ」
俺の寝室で楽しそうに喋っているレイさんとエアリー。
二人とも自分の部屋があるというのに、何故かパジャマ姿で俺を挟み込むようにして遊んでいる。
「ちょっと! 俺もう寝るの! 自分の部屋に帰って下さい!」
明日は朝一で帝都に向かうから早めに寝ようと思った矢先にこれです。
ていうか、どうしてベッドの上で二人に挟まれてるんだよ、俺!
レイさんの長い金髪とか、エアリーの犬耳の毛とかが首筋やら頬やらに当たってくすぐったいの!
「いいえ、それはできませんわ。私とエアリーさんはカズハ様の監視役ですから」
「……はい?」
監視役……?
どういうことですか……?
「パーティのあと、カズハ様が自室に戻られたのを見計らって、私達はもう一度皆で会議を開いたのですぅ。どうしたら戦争を終結させられるかとか、皆の安全を確保できるかとか、色々話したのですけれど……」
「俺抜きでかっ! どんだけ信頼されてないの俺!?」
地味にショックだよ!
ていうか皆のリーダー兼女王兼魔王様の俺をハブったらあかんやろ!
俺に内緒とか、そういうのやめてよ!
「会議の中でカズハ様の暴走を止めるには監視役が必要ということで決まりましたの。過去に何度も私達に内緒で城を抜け出して、行方不明になられましたもの。覚えておいでですよね?」
「うっ……」
レイさんからつい目を逸らしちゃいました……。
覚えがありすぎて、いつのことを指しているのか分からないくらいです……。
「いや、でも、どうしてレイさんとエアリーなの!? 監視役だったらユウリとかリリィとか、抜け目の無さそうな奴がいっぱいいるじゃん!」
俺は全身に冷や汗を掻きつつ反論します。
……いや、反論にすらなっていないんだけど。
「エアリーさんはゲヒルロハネスに生息する犬型モンスターの新生物因子を注入された影響で、異常に嗅覚が発達したそうですわ。100UL先でもカズハ様の居場所が分かるほどだとか」
「マジか!」
驚いてエアリーを振り向くと、彼女は得意気に鼻を鳴らしました。
……うん。なんかちょっと鼻が詰まっているように聞こえたのは気のせいでしょうか……。
「かくいう私は、カズハ様の匂いを完璧に把握しておりますからね。微かな匂いでも、どこにカズハ様が隠れているのか、今お風呂に入っているのか、おトイレ中なのか、それともお着替え中なのか、完璧に把握して妄想す――コホン、カズハ様が勝手な行動をとられないよう注意することができますの」
「今なにか言いかけた! すごいキモイことを言いかけた! ていうかそれ完全にストーカーじゃん!! 怖えぇよ! 俺のプライバシーがまったく保護されてない!! 異議あり! 解任を命じます!!」
ベッドから飛び退いた俺は慌てて部屋を飛び出そうとしました。
でも、なんか見えない『何か』で身体の自由を拘束されています……。
何でしょう、これ……。
「ルーメリアちゃんに頼んで、こっそりとカズハ様に無属性魔法を掛けてもらったんですぅ。『スパイダム・バインド』っていう名前らしいのですけれど、なんか蜘蛛の糸みたいなので三人を結んでいるんだとか……?」
蜘蛛の糸……?
そういえば、デボルグがそういう魔法を使う奴と戦ってたっけ……。
「その糸は火属性の魔法でないと決して切ることができないそうですわ。カズハ様は火魔法を消失しておりますから、私達三人は結ばれたままだということですわねぇ……! ふふ、ふふふ……」
「いやいやいや! 監視っていうか、完全に拘束されてんじゃん!! それ以前に俺の貞操が最も危険じゃん! お前ら馬鹿なの!? どうすんのこれ!!」
「うーん、いくらカズハ様がそう仰られても、皆で決めたことですからぁ……。今回だけは我慢して欲しいですぅ」
犬耳を垂らして、エアリーがすまなそうにそう言いました。
いや違う! お前はどうでもいいの! 俺が危険視してるのは、そっちの変態のほうなの!
「糸で雁字搦めになったカズハ様……。裸と裸が絡み合い、決して切れることのない愛が私達三人を包み込む……。溶け合う心、触れ合う身体……。私の脳内が……カズハ様で満たされてゆく!」
「…………」
……どうしよう。
本当に、怖い……。
完全に悦に入ってます、レイさん。
「さあ、明日は早いですよぅ。カズハ様も観念して、三人で一緒に寝ましょう。会議が長かったせいで眠くなってきちゃいましたから……」
空気を読まず、大きく欠伸をしたエアリーはそのまま俺のベッドに横になっちゃいました。
そして数秒で寝息を立てて寝てしまいました……。
「……ここからは大人の時間ですわね、カズハ様」
赤く目が光ったレイさんはじりじりと俺に近付いてきます。
まるで兎を狙う狼みたいで、ちょっと舌なめずりとかしてるのが見えちゃいました。
こういう展開になるのって予想できると思うんだけど……。
俺の仲間達って、やっぱりみんな馬鹿なんじゃないだろうか……。
それとも俺がレイさんに捕食されちゃっても構わないと思っているのか……。
「はぁ……。まあいいや。もう疲れた。寝る」
「えっ……?」
両腕を大きく広げたまま唖然としているレイさんの横を素通りし、俺はエアリーが寝ているベッドに転がり込みました。
そしてフサフサしている尻尾を抱き締めて、そのまま寝ます。
「え? ……えっ?」
どうして良いか分からない様子のレイさんは、ただ同じ言葉を発するばかりです。
無防備な俺を襲えばいいのに……。本当に馬鹿なのかも知れない。
「……これが……これがっ! 放置、プレイっ!! ああっ!!!」
歓喜の声を上げたレイさんは、そのまま床に崩れちゃいました。
そして高揚した顔のままビクンビクンと痙攣して気絶しちゃってるし……。
放っておこう……。知らん。
俺は変態をそのまま放置し、エアリーと一緒に寝ることにしました。




