三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず解縛することでした。
「ふんふ~ん♪ ふふんふ~ん♪」
「……」
魔王城からの帰り道。
俺は上機嫌で鼻歌を歌っています。
いやー、大物が捕れたね。
まさか本当に魔王を捕まえられるとは思ってもいなかったよ。
「……どうしてこの状況で鼻歌なんて歌っていられるアルか」
「はぁ……。どうして精霊である私が魔王と一緒に下山などしなくてはいけないのでしょう……」
俺を睨みつけるタオと肩を落としているルル。
何だよ二人とも……。
俺のやることに文句でもあるのか!
「精霊……? ……くく、そうか! どこかで見た顔だと思っていたが、貴様……精霊か! くくく、これは笑えるな……! 我と同じく貴様までこやつに捕えられておったとは……!」
魔王城を出てから、ずっとだんまりを決め込んでいた魔王がついに喋り出しました。
その言葉を聞きルルの眉がピクリと動いたのは言うまでもなく――。
「……捕えられてなどおりません。カズハは勇者の素質を持つ者だと私が見込んで、こうやって彼女に付いていっているだけです」
魔王に対抗するルル。
……いや、お前は俺に捕まった精霊だと思うのですが。
でも余計なことは言わない。
後でボコボコにされちゃうから……。
「くはは……! 苦しい言い訳は見苦しいぞ精霊……! 貴様の全身にも我と同じ拘束具が付けられているではないか!」
「こ、これは……そう! アクセサリーです! 私がカズハに頼んで似たものを買ってもらっただけです!」
なおも魔王に言い返すルル。
ていうかルルさんはいつの間にファッションに目覚めたんでしょうか……。
そんな精霊、聞いたことがないんですけど……。
「(ちょっと、カズハ……! やっぱりこの二人は一緒にしたらマズいアルよ……! 精霊と魔族は大昔から犬猿の仲アル……!)」
俺の服を引っ張り内緒話を始めたタオ。
うーん……。そんなことを言われても困る……。
だってもう捕まえちゃったし……。
「(それに魔王を従えているなんて世間にばれたら、どう説明するつもりアルか……! ただでさえルルちゃんを捕まえて重罪を犯しているアルのに……!)」
「(あ、そうだった! ヤバいじゃん! どうにかして隠さないとアカン!)」
「…………はぁ。全っ然、危機感を持っていないアル……」
俺から手を放し深く溜息を吐いたタオ。
でもタオの言うとおりだ……!
魔剣を手に入れることしか頭になかったから、そういうこと全然考えていなかった! どうしよう!
一応最果ての街に戻ったら魔王に相談して魔剣を貰うとして……。
そんでエーテルクランに戻ってアルゼインに渡して取引が終了。
それからギルドに行って、傭兵の登録をして、俺は国作りのための資金稼ぎに勤しむとして――。
…………うん。
精霊と魔王、どうしよう――。
「いい加減に認めたらどうだ? こやつは自ら『勇者ではない』と言っておった。それに『世界を救う気もない』とな。このような奴が勇者としての素質を持っているはずがない。むしろ魔族のほうが向いていると我は思うぞ……! つまり、貴様はこやつに捕えられた哀れな精霊ということに他ならん!」
……うん。
「ぐっ……! 魔族のくせに正論を言いますね……! 言い返す言葉が見つかりません……!」
…………うん?
いや、言い返せるだろ!
誰が魔族に向いているんだっつうの!
「ほら見ろ! 貴様も我と同じくこやつの奴隷というわけだ! 奴隷は奴隷らしく主の言うことを聞かねばならん! 今までも人に言えないような辱めをいくつも受けてきて――」
「ストーーーーップ!! 黙って聞いてりゃ、お前ら勝手に俺のことを鬼畜呼ばわりしやがって!! ふざけんな!!」
つい二人の間に慌てて割って入っちゃいました。
ああもう! 色々めんどくせぇ!
「……? カズハ? 一体何をしているアルか?」
空間にウインドウを出現させた俺を見てタオが不思議がる。
俺はそれを無視して魔法欄から陰魔法を選択した。
そして一覧から『解縛』を選択する。
「おお! それは『緊縛』を解くための陰魔法ではないですか! そうですか! ついにカズハは私の能力を解き放ち、世界を平和に導く決心を――」
「それ、ぽちっと」
「…………え?」
魔王の周囲に魔法陣が出現する。
そして魔法の光は魔王を包み込み、解縛が発動した。
「ちょ、カズハ!? 何をやっているアルかっ!?」
呆然と立ち尽くすルルを抱き上げ、すぐさまその場を飛び退いたタオ。
徐々に魔王に魔力が戻り、邪悪な瘴気が辺りを覆い尽くしていく。
「解縛……私の……解縛……」
「ルルちゃん! しっかりするアル!」
放心状態のルルの頬を何度も叩くタオ。
幼女を虐待したら捕まりますよ、タオさん。
「…………一体、どういうつもりだ小娘よ」
完全に魔力が戻った魔王が俺を睨みつける。
俺は何も答えずに鼻をほじって今夜の晩飯のことを考えています。
「貴様……! 言え! どういうつもりなのだと聞いている!」
魔剣を抜き、切っ先を俺の喉元に向けた魔王。
ほんっと短気だよなぁ。魔王って。
もっとこう、のんびりまったり出来ないもんかね……。
「だって、こうしないと魔王城にいるモンスターが弱まったままじゃんか」
「? カズハは何を言っているアルか? モンスターが弱まれば世界が平和になるじゃないアルか」
「…………解縛…………」
タオの足元で蹲っている幼女はそっとしておいてあげよう……。
「まさか……貴様……」
何かに気付いた様子の魔王さん。
俺の喉元から剣を引いてくれました。
あー、怖かった……。
その魔剣、切れ味鋭いから扱いに気を付けてね。
「――そう。俺が求めるのは…………『俺の平和』だっ!!」
腰に手を当て、人差し指を天に向ける。
今の台詞、めっちゃ格好良く決まった……!
「……馬鹿か? お前は?」
「……馬鹿アルね。カズハは」
「……カズハの……馬鹿……」
…………うん。
三人同時に馬鹿って言われた……。
「だーかーら! 『俺の平和』だっつうの! 魔王に『緊縛』を掛けたままだったら、本物の勇者パーティが簡単に魔王城を落としちまうだろ! そしたらこの世界が平和になっちゃうじゃないか!!」
そうなったら、あの裏ボスが出てきちゃうじゃんか!
そしたらまた戦わないといけなくなって、倒したら宝玉が出てくるか、裏の裏ボスみたいなのが出てくるんだろ?
もうループ地獄は嫌なんです!
勘弁してください!!
「……『俺の平和』とは、何を意味する?」
魔剣を鞘に納めてくれた魔王。
俺の話に興味を持ってくれたみたい。
「うーん……。説明するのは難しいんだけど……。一言で言っちゃうと『均衡』かなぁ」
本当のことを言うわけにもいかないし、とりあえずそれらしいことを言っておこう。
まあ、あながち嘘でもないし……。
「均衡、か……。つまり人間族と魔族のどちらかに加担するわけではなく、あくまで『力と力が均衡した世界を目指す』……ということか」
「そんな都合の良い話があるアルか……? 人間族と精霊族、魔族の歴史を振り返っても、争いが絶えたことなんて一度もないアルよ……」
うん。まあタオの言うことはごもっともだな。
ていうか争いなんて、どこの世界にでもあるからな。
互いの力が均衡していれば抑止力が働いて、無駄な争いは少なくなるかも知れないけど……。
でも違うんだ。
均衡っていうのは建前で、本音を言うと、俺だけ力を持っていればそれでいい……みたいな。
そんな感じです。
「……だからカズハは私の忠告を聞かず、魔王を倒さなかったのですね。……呆れました」
あ、幼女が回復した。
でもまあ、みんな仲良くできればそれが一番良くね?
ていうかお前らはもう俺の物だし、仲良くしてもらわんと俺が困る。
「本当に、貴様は何者なのだ? 人間離れしたその強さといい、考え方といい……」
「きっとカズハは突然変異で生まれた新種なのだと思います」
「人をミュータント呼ばわりするのやめてください!」
「ああ……。もう頭が痛いアル……。精霊に魔王に、ミュータント……? 私の日常はどうなってしまったアルか……?」
あ、タオが目を回して倒れちゃいました。
ていうか俺、ミュータント決定かよ!
れっきとした人間ですから!
変な呼び方をしないでください!!




