091 久しぶりの再会なのは良いんだけど、変態さんは勘弁です。
「ん……。あれ? もう朝……?」
起き上がり、大きく伸びをします。
横に顔を向けるとスヤスヤと気持ち良さそうに寝ているエアリーの姿が。
いやー、随分と寝た気がする。
あれから戦いはどうなったんだろうね。
ピー、ピー。
「あ、さっそくザノバのおっさんからだ。……いつもタイミングが良いよな、あいつ」
ウインドウを操作し、ザノバから送られてきた魔法便を確認します。
えー、なになに……『戦いは無事に終わりました』かぁ。
何かまた長々と色々書いてあるけど、これだけ確認できればいいや。
俺は100万Gを送金し、再びその場に寝転がりました。
「うーん、良いねぇ。空が綺麗だねぇ。平和そのものだ」
俺が吹き飛ばした天井のおかげで、城の最上階から上空がよく見えます。
これぞ俺が求めてた平穏。平和。うん、最高ですね。
「ん……。お母……様……」
寝言を言っているエアリーの犬耳がピクンと動いている。
それにあの尻尾。フサフサしていて気持ち良さそうだな。
ちょっと触ってみよう。ほいほい、ホレホレ。
「あっ、う……んんっ! そこは……駄目、なのですぅ……」
「……」
……うん。なんか、触っちゃ駄目な場所だったっぽい。
今なんか色っぽい声が聞こえてきたし……。
……聞かなかったことにしよう。
「……ん?」
なにやら上空にキラリと光るものを発見しました。
あー、なんか人っぽい……?
「――――カ・ズ・ハ・さ・まああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うおっ!? レイさん……!?」
空から降って来たのはレイさんでした。
そしてそのまま俺を目掛けて一直線に飛んできます。
チュドーーン!!
人間ミサイルと化したレイさんはそのまま俺に直撃し、俺は二つ下の階まで瓦礫と共にめり込んでいきました。
何なの一体!? どうしてレイさんがミサイルになって飛んでくるの!?
意味が分かんない!! そして死ぬほど痛い!!
「カズハ様カズハ様カズハ様カズハ様あああぁぁぁ! 会いたかったです、会いたかったですわあぁぁぁ! うわああぁぁぁぁん!!」
「ちょ、レイさん! 鼻水とか涎とか意味不明な液とか、色々俺に降りかかっているんですけど! うわ、キタねぇ! ていうか、ちょっと……! どさくさに紛れてどこを触ってんだよ!!」
ゴンッ!
「きゅぅ……」
グーでレイさんの頭を殴ったら、そのまま気絶してくれました……。
どうしよう……。ちょっと見ない間にさらに酷くなっている気がする……。
「カズハ様! 皆さんがあのドラゴンゾンビと、フェアリードラゴンに乗ってこちらに向かってきていますよ!」
上階からエアリーの声がして俺は瓦礫を振り払い、ついでにレイさんも振り払い立ち上がった。
なるほど。それで空からレイさんが降って来たわけか……。
ていうか飛び降りるんじゃねぇよ。普通死ぬだろ。馬鹿なのか? ……いや、馬鹿だった。元から。
「ほら、レイさん。起きて」
「……はっ! 私としたことが、カズハ様の愛に溺れて目の前が真っ白になっておりましたわ!」
「……あそう」
俺はレイさんの言葉を軽く流して、穴の開いた上階まで駆け上がっていく。
この城、もう取り壊さないと駄目だな……。すまん、エアリーよ。
「あ、生きてたアル! ……まったく無茶するアルねぇ、レイも」
「まったくです。どうせなら、そのままカズハと一緒にあの世に行ってしまえば良かったですのに」
顔を合わせた早々、タオとルルにいつもどおりに野次られる俺。
あー、この感じ。帰ってきたんだーっていう感覚?
……何かそれも寂しい気がするんだけど。
「お疲れ様、カズト。ユーフェリウス卿はゲヒルロハネス連邦国に亡命したらしい。とはいえ、君の戦いは全世界に放送されていたからね。すぐにギルド公報から号外が配られたよ」
ニコリと笑ったユウリは新聞の号外を俺に手渡してきた。
エリーヌの件とかも色々と話を聞きたいところだけど、今はこっちのほうが重要みたいだ。
俺はギルド公報に目を通した。
「ええと、題名は……『世界戦争の始まり』。…………うん」
もう読まなくても内容は大体分かっちゃったんだけど……。
でも一応読んでおくか……。
『先のエルフィンランドでの魔王軍との戦いは、全世界が注視する中、魔王軍の勝利に終わった。これを受け世界ギルド連合は緊急会見を開き、議長であるゲヒルロハネス連邦国のバルザック・レイサム首相を中心とした主要六カ国の議会メンバー(エルフィンランドのジェイド・ユーフェリウス宰相、ラクシャディア共和国のハウエル・メーデー宰相、ユーフラテス公国のエルザイム・マカレーン主教)による超法規的措置を検討中とのこと。具体的には世界ギルド連合にて犯罪者ランクを格付けされた魔王軍関係者以外の者のうち、魔王軍やそれに加担する敵国に対抗するための戦力増強の一環として、一時的に彼らと同盟を組み、場合により指定された危険度を撤回するとの方針を打ち出した。魔王軍が所持しているとされる四宝や魔術禁書、そして魔王自らの言葉を照らし合わせると当然の処置と思わざるを得ない。依然、未回答のまま傍観を続けるドベルラクトスや魔王軍に寝返ったアゼルライムス帝国を、世界中の人々は『敵』と認識することは想像に難くない。議会は世界の民意を受けこれに賛同、かの二国を敵国と見なし、議会を運営する主要六カ国を主要四カ国に変更、その他同盟国と合わせて二十四の国が各地方に進軍を開始する予定だ』
……うん。気持ち良いくらい、キナ臭くなってますね。
なんやねん『世界の民意』って……。
そんなものいくらでも世界ギルド連合で操作できるだろうが。
「お父様はもう、世界ギルド連合のやり方についていけないと仰っておりました。私も同じ気持ちです」
新聞を読んでいた俺に声を掛けてきたエリーヌ。
そしてドレスの上着を少しだけずらし、背中を俺に見せてきた。
少しだけ傷が残っているが、目立つわけでもない。
つまり、彼女の体内に封印されていた陰の魔術禁書は、無事に摘出できたという証だ。
「これで彼女は自由の身となった。そして僕らの手元に集まった魔術禁書は――」
ユウリがそう言うと、皆が一斉に魔術禁書を懐から取り出し、見えるように前に出した。
ユウリが持つ『闇の魔術禁書』。
ルルが持つ『気の魔術禁書』。
レイさんがもつ『氷の魔術禁書』。
そして俺が土公神から手に入れた『土の魔術禁書』。
「これが私の体内に埋め込まれていた『陰の魔術禁書』です。そしてこちらがカズハ様に言われて城の庭園にあるオルガン像の下から掘り出した『火の魔術禁書』――」
俺達の目の前には六冊の魔術禁書が広げられた。
『陽の魔術禁書』はすでに使用されてしまったので、残る禁書はあと五つだ。
「これだけあるんだったら、世界中が危険視するのも分かるわね」
ルーメリアが髪をかき上げ、ため息交じりにそう言うと皆が同意した。
相変わらずエロい格好をしてますね、ルーメリアさん。
「でも酷い話じゃない? 確かにカズハがあんな大見得を切っちゃったから、私達は世界中からさらに敵視されちゃったわけだけど……。戦争なんて誰もしたくないし、他人を傷つけたいなんて、普通思わないでしょう?」
リリィ先生……。『あんな』と『さらに』の時だけ俺を凄い目で睨まないで下さい……。
おしっこちびりそうなくらい怖いから……。
「明らかにこのギルド公報は情報操作をしておりますな。民間人に届く世界情勢報道など、ギルドから発行されているものを除けば数えるくらいしかありません。……だからこそ、あのカズハ様の放送が決定打となってしまったわけなのですが」
「俺のせいか!」
俺はグラハムに飛び掛かり、奴の頭をグリグリしてやりました。
そしたら嬉しそうに『あふん』とか声を出しやがったから、そのまま何も言わずに奴から離れたけど……。
「カズハ様……! お手を怪我されているではありませんか……!」
俺の手の傷に気付いたのか。
慌てて救急セットを用意して簡易的な治療をしてくれたミミリ。
もう俺にはお前しかいません。チューしていいですか。
「はっ、それくらいの傷、この筋肉馬鹿にはかすり傷だろうが。唾でもつけてりゃ治るだろ」
「あん?」
ゲス神様ことゲイルが突っかかってきたので、俺は睨みを利かせて奴に近付きます。
お前、ちょっと前まで俺らの敵だったくせに随分偉そうだな!
またボコボコにするぞ、コノヤロウ!
「ていうか、もうエアリーに舐めてもらったからほとんど治ってるけどね。……ていうか、あれ? エアリーとデボルグはどこ行った……?」
俺の言葉に悲鳴やら歓喜の声を上げているレイさんとグラハムは当然のごとく無視をして。
集まっている仲間の後ろのほうに視線を向けると、何か二人で揉めてます……。
「やめてくださいぃぃ! 犬耳と尻尾はさわらないでくださいぃ……!」
「いいじゃねぇかよ! 別に減るもんじゃねぇし! うほー! お前、それめっちゃ似合ってんじゃねぇか! おい逃げんな、エアリー!」
「…………」
なんかもう、どうでも良くなってきちゃった……。
エアリーはエアリーだし、デボルグは相変わらずセクハラ野郎だし……。
平和だなー……。
「とにかく、今僕らがすべきことは早急にエルフィンランド側の代表、もしくは代表補佐とガロン帝王との会談を開くことだ。できればドベルラクトスのラドッカ族長とも会談したいところなのだけれど、魔法便で連絡をしてもまったく返事が返ってこないからね。エアリー、まだ疲れが癒えていないだろうけど、ユーフェリウス卿の代わりに補佐に立ってもらえる者の目ぼしは付いているかな?」
「目ぼし、ですかぁ? それだったら――」
そこまでエアリーが言った瞬間、大きな笑い声が俺達の後ろから聞こえてきた。
この声は……。
「いや、お見事、お見事! さすがは魔王様! 私もあの映像を見ておりましたが、より一層確信いたしましたぞ! この世界はカズハ様が支配されるべきものだと!」
「……誰アルか? あの禿げたおっさんは……?」
またしても良いタイミングで現れたザノバ。
そして奴の後ろには、黒衣を着て顔を伏せたままのアルゼインの姿が。
うん。さすがはアルゼイン。回復力が早いな。
もう傷がある程度塞がってるじゃん。
「なんだその顔は、アルゼイン。お前らしくもないな」
そう言ったセレンは彼女の傍に近付いた。
それを聞いて顔を赤くしたアルゼインは、着ていた黒衣を彼女に投げ渡した。
「……皆、本当にすまなかった。謝って済む問題ではないことは分かっている。私はお前達の金を……ずっと盗み続けてきたのだ。――そして、戦いに巻き込んだ。後戻りのできない戦いに……」
アルゼインは皆の顔を見ることができず、ただ震える声で、怯えた少女のように告白を続けた。
英雄と呼ばれた過去。一度回ってしまった歯車は止めることができない。
彼女は一人で苦しんでいた。それが彼女の言葉を聞き、より鮮明に皆に伝わった。
「……で? お前はどうしたいんだ?」
腰に手を当てたままデボルグがそう告げる。
ここから先はもう、俺の出番は無さそうだ。
セレンがアルゼインの震える肩を抱いてやった。
俺は大きく伸びをして、それを見ないように後ろを向く。
「アルゼインさん! 謝るのは私のほうです……! 国の問題をアルゼインさんひとりに押し付けて、私は、私は何もできなくて……! 悪いのは私なんです! だからっ――!」
堪らずアルゼインの元に駆けだしたエアリー。
その二人を見て、何も答えず、ただ優しく笑っているだけの仲間達。
「……? どうして、何も言わない? どうして、そんなに優しい顔で笑っていられるのだ……?」
アルゼインは伏せた顔を上げ、皆の顔をひとつずつ、ゆっくりと眺めていく。
困惑した彼女の顔を見て、さらに笑顔になっていく仲間達。
「どうしてって言われても、ねぇ?」
「うちの馬鹿大将のほうが普段からよっぽどやらかしているアルから、エアリーやアルゼインがやったことなんて、大したことがないように感じるから不思議アル」
「そうですね。タオの言う通りです。もう終わったことなのですから、気にしたほうが負けですよ」
「へー、たまには良いことを言うんだねぇ。精霊のお嬢ちゃんでも」
「お、お嬢ちゃん……! 私はお嬢ちゃんなどではありませんよ、ルーメリア!」
なんか話が逸れて、揉めだしちゃったルルとルーメリア。
でもどこからどう見ても小さい子とチョイ悪なお姉さんとの喧嘩にしか見えない……。
その様子を見て爆笑している仲間達。
「なんだよ、せっかく俺が良いパスを出してやったってのに……。雰囲気をぶち壊しやがって……」
不貞腐れた様子のデボルグ先生は、そのまま頭の後ろに手を置いてどこかに行っちゃいました。
でもアルゼインはちゃんと聞いていたみたいだよ。
だって、ほら――。
「……私は、私は……、もう一度、お前達と一緒に……やり直したい」
「わ、私もですぅ! 補佐にはザノバさんに就いてもらうつもりでしたし、さっそく会談を開かせていただきたいですぅ!」
二人がそう言うと、わーっと歓声が沸きました。
だから俺は最後に、二人にコソっと、目立たないように言ってやったんだよ。
「――――おかえり、アルゼイン。エアリー」




