086 エルフの兵士達って馬鹿ばっかりなんですね。
静まり返る正門前の広場。
俺は気にせずトコトコと道のど真ん中を城に向かって歩いていきます。
「今……あいつ、魔王と言わなかったか?」
「確かに聞いた。だがそんな情報はまだ入ってきていないし、正面から堂々と名乗って入ってくる馬鹿がいるわけがないし……」
兵士達はみんな俺を遠巻きに見ているだけで、誰も行方を阻もうとかしません。
大丈夫か、この国。あっさりと敵将に首都に侵入されてますけど。
「すまない、お嬢さん。今、この首都には厳戒令が布かれているのだ。冗談でも魔王などと名乗らないほうが身のためだぞ。その武器も回収させてもらおう。大人しく渡しなさい」
俺の身丈の二倍はあるかという大男がニコリと笑って右手を差し出してきました。
こういうジェントルマンっぽい奴が一番胡散臭いんだよなぁ。
俺は黒剣を渡すふりをして、それとなく質問してみます。
なんか馬鹿っぽいから色々と答えてくれそうだし……。さっきの奴らみたいに。
「あのぅ、さっきも門兵の人に少しだけ聞かせてもらったんですけど、アルゼインっていう人が何かしちゃって捕まってるとか、女王様が姿を見せなくなったとか……」
「なんだ、お嬢さん。そんなことも知らんのか。英雄アルゼイン・ナイトハルト殿はレイヴン重騎士長の『教育』を受けている真っ最中だ。城のすぐ隣に礼拝堂が見えるだろう? そこを貸し切りにして一晩かけてじっくりと教育し、更生させるおつもりなのだよ。エリアル女王陛下は城の最上階にある、皇族のみが立ち入りを許されている場所で魔力強化の修行に励んでおられる。こちらもユーフェリウス卿がつきっきりで指導なされているらしいし、本当にあのお二人は教育熱心な方達だよ。我々兵士も見習わなければならん」
一晩かけて、貸し切りの礼拝堂で教育……。(※エロクズ野郎に)
皇族しか入れない場所で、つきっきりの指導……。(※クズカス野郎に)
それ一番アカンやつや。
なんか鳥肌立ってきちゃった……。
「……何故、武器を離さない? というか、何だこの腕力は……? は、離さんか! このっ!!」
大男が無理矢理俺の武器を奪い取ろうとするけど、俺はニコリと笑ったまま微動だにしません。
礼拝堂と城の最上階、か。
そこにアルゼインとエアリーがいる――。
俺は大きく息を吸い、兵士らが注目している中でこう叫びました。
「アルゼインーーーー!!! 大丈夫かーーーー!! やられちゃってないかーーーーーーーー!!!」
首都中に響き渡る、俺の叫び声。
声の振動で目の前の大男や周囲の兵士達が次々と気絶していく。
「エアリーーーー!! なんか変なことされてないかーーーーーー!!! 今すぐ、助けに行くからなーーーーーーー!!!」
……よし。なんかスッキリした。
これだけデカい声で叫べば、首都中どこにいても聞こえているだろう。
俺は黒剣を掴んだまま気絶している大男を蹴り飛ばし、二刀を構えます。
「ひっ……! て、テロリストだ! 准将がやられたぞ!」
「いや……あれはテロリストではない……! 魔王だ!! 手配書と同じ顔をしているぞ……!!」
急にざわつく兵士達。
やっと俺の正体に気付いたみたい。もう遅いけど。
「《ブルファイト・アタック》!」
二刀を後方に構え、地面を蹴った。
交差した剣閃は一瞬のうちに兵士らの集団を撃破する。
「くそっ! ユーフェリウス卿にすぐに報告を! たった一人で城に攻め込むなど、噂に違わぬ異端の魔王め……! こっちは貴様の情報は全て手に入れているのだぞ!」
すぐに俺の周囲を取り囲んだ兵士達。
少し離れた場所では、もう魔道士らが魔法の詠唱の準備を始めていた。
「攻撃魔法部隊は奴の弱点である『光』と『闇』の属性で攻めよ! それに奴は状態異常にめっぽう弱い! 毒、麻痺、睡眠、混乱なんでもいい! 行動不能にさせて、即刻捕えよ!!」
指揮官っぽい男の命令で一気に士気を取り戻した兵士達。
でもな、お前ら。情報を手に入れているのは、こっちも同じなんだよね。
俺はウインドウを開き、所持金の欄を選択しました。
そしてそこから1億Gを取り出し、ニヤリとほくそ笑みます。
「な、何だ……? 金……?」
ざわつき出す兵士達。
ふっふっふ、ほれほれ。金だぞ。
ザノバを見てたら、すぐに分かったよ。
エルフの戦士達は、もーのすごく金に飢えているってことが。
「おらーーー!! 好きなだけ持っていけーーーー!!」
俺は花咲じいさんみたいに宙に金をばら撒きました。
いやー、一度でいいからやってみたかったんだよね、これ。
浪費家の仲間達のせいで貧困生活が長くて、ずっとできなかったんだよなぁ。
「か、金だ……! 金があんなに沢山……!」
「おい、貴様! 陣形を乱すんじゃない! あの金は……俺の物だ!」
「あ、キタねぇ隊長! こうなったら早い者勝ちだ! うおおおお!!」
金に群がる亡者ども。ていうかエルフィンランドの兵士達。
まあ仕方ないよね。貧乏の国だもんね。
国家予算をGに換算すると……6億Gくらいだったっけ?
1億もばら撒かれちゃったら、そりゃ群がるよね。
誰も悪くない。悪いとしたら、国を貧乏にしたジェイドって奴が悪い。
どうせ私腹を肥やして自分だけ良い思いとかしてるんだろ。
奴は金で動かせなくても、兵士達は違うもんね。
「……なんか、みんなザノバのおっさんに見えてきた。空しいから、さっさと先に進もう」
もう誰も俺のことなんて気にしていないようなので、俺はさっさと広場を後にしました。
うーん、とりあえず礼拝堂のほうが近そうだから、先にそっちに行くかぁ。
アルゼイン、大丈夫かな……。
◇
カズハが叫び声を上げる数分前――。
「くっ、どうして貴様はこうも抵抗するんだ! さっさと俺の物になれと言っているのが分からないのか……!」
半裸の男の叫び声が礼拝堂に木霊する。
彼の目の前にはほぼ全裸にされた褐色の女性が両腕を鎖で繋がれ、無言のまま憎しみの目を彼に向けていた。
「ダークエルフの血が流れているのならば分かるはずだ……! 貴様らには娼婦の血が流れているんだ! 大昔から紅魔族とダークエルフ族に与えられた使命……。貴様らは純血のエルフ貴族を満足させるための道具に過ぎないんだよ……!」
「ぐっ……!」
女性の頬を叩く音が鳴り響く。
もう何時間も抵抗し続けている彼女の全身には、生々しい折檻の傷が浮かび上がっていた。
それでも彼女は抵抗を続けた。
しかし、意識が朦朧とし始めているのも事実だ。
このままではいずれ、身を穢されてしまう。
――そんなことは、今更どうでも良いことなのに。
――もう何もかもが遅いというのに。
「……あぁ? はは、ようやく悪あがきを止める気になったか。そうだよ、最初からそうやって大人しくしていれば痛い思いをせずに済んだんだ」
男は意識を失いつつある女の身体を持ち上げた。
穢される覚悟をした女は、ぐっと唇を噛み締める。
誰も救えない。自分を犠牲にしても、救えなかった。
そして女は気を失う寸前に、一人の女性のことを思い描いた。
女は無意識のまま、彼女の名を呟いていた。
涙を流し、罪滅ぼしともとれる言葉を口にして――。
「……ん? なんだ、外が騒がしいな……」
急に手を止めた男は、イライラした様子で周囲に耳を澄ませる。
――そして、奇跡が起きた。
『アルゼインーーーー!!! 大丈夫かーーーー!! やられちゃってないかーーーーーーーー!!!』
「なっ……!?」
地響きかと思われるほどの叫び声が礼拝堂の内部まで響いてきた。
女は失いかけた意識を取り戻し、そして徐々に表情に光が灯ってくる。
そしてこう呟いたのだ。
「……ふふ、やっぱこういう奴だよ、あいつは。いつもこういうタイミングで……本当に……」
再び一筋の涙が頬を伝う。
きっともう、何も考えなくても良いのだ。
すぐに彼女が解決してくれる。
いつものように。あっという間に。
全てを一掃してくれる――。
「どいつもこいつも、俺を邪魔しやがって……! 待っていろ、アルゼイン! 誰だか知らんが『重剣レイヴン・リンカーン』を怒らせたらどうなるか、その身に知らしめてやる……!」
次号:レイヴンさん、さようなら




