085 なんか俺、ジェイドって奴に舐められているみたいです。
エルフィンランド、南東島。首都レイノルム。
四つある島国のうち最も人口が多い島であり、他島に比べ純血エルフの占める割合が最も多い島でもある。
精魔戦争時代にはこの島以外の三島は魔族の領土として奪われ、当時のエルフの民らは必死の思いで首都を守り続けていた。
現在でも彼らの根底には魔族に対する憎悪が着実に残っている。
魔族との混血エルフである紅魔族が忌み嫌われているのも、その所以なのであろう。
「……とまあ、その辺の話は俺にとってどうでも良いとして、と」
俺は南東島の端の海岸に降り立ち、ポチの頭を軽く撫でてあげました。
ここにこいつを置いておくと見付かって殺されちゃうかも知れないし、もう逃がしてあげようかな。
別れは寂しいけど、俺のことを覚えていてくれたら、きっといつかまた会えるだろ。
「じゃあな、ポチ。短い間だったけどサンキュウな」
『キュワー』
俺の言葉を理解したのか、ポチは名残惜しそうにその場を飛び去っていきました。
やっぱドラビンとは大違いですね……。
問題が解決したら行商にでも頼んで魔王城で飼おうかな、フェアリードラゴンちゃん。
「それにしても、あっさりと南東島に侵入できちゃったなぁ。エアリーの『弓』とか、バンバン撃ってくるのかと警戒してたのに……」
ザノバのおっさんの情報だと、ジェイドは俺らが首都を目指していることを承知のようだったし……。
あんなに早くラクシャディアやユーフラテスの援軍が到着したってことは、そろそろ他の国の援軍も到着するってことだろ。
うーん……。罠かな……。
「まあいいや。どうせ考えたって分かんないし」
俺は懐に仕舞ってあった髪留めのゴムを取り出し、髪を後ろで一本に縛りました。
最近ぜんぜん髪切ってないから長くて鬱陶しいなぁ。
また昔みたいにショートカットにしようかな。
帰ったらミミリに頼もう。覚えてたら。
黒衣を翻し、腰に差した二本の黒剣を今一度確認します。
うん、大丈夫。ちゃんと鞘から抜けないように水魔法が掛けられたままになってる。
これなら遠慮なくぶん回しても、勝手に鞘が外れちゃうことがないから安心だね。
セレンお母さんありがとう。
「ええと……あったあった。この海岸から北に向かって、森を抜けたらすぐに首都に到着か。距離はちょうど1000UL。俺が本気で走ったら……一時間もかからないな」
デボルグから渡された地図を確認した俺は、屈伸運動を始めます。
今までの経験から道中に罠が仕掛けられている可能性が高いんだけど、俺は正々堂々とまっすぐに突き進もうと思います。
毎回それで見事に罠に嵌っちゃうんだけど、それは俺だから仕方がないってみんな諦めてくれるし、俺も諦めてるから大丈夫。
罠を警戒して考える時間がもったいないし、さっきも言ったけどそもそも考えたって分かんないし。
魔法が使えるようになればなぁ。……自業自得か。どうしようもありませんね。
俺は身を屈め、地面を大きく蹴ります。
辺りに砂埃が舞い上がり、一瞬で森の奥深くに突っ込みました。
黒剣を鞘ごと抜き、行く手を阻む邪魔な木々を斬り倒します。いや、折り倒す……かな?
なんかブルドーザーみたいだな、俺……。
◇
海岸を北に向かってから一時間後。
特に罠に掛かることなく、無事に首都の前に到着しました。
なんだろう……。いつもだったら絶対に罠に掛かって『助けてー! デボルグ先生ー!』とか叫ぶパターンなのに……。
もしくは変態野郎に捕まって『ぐっへっへ……! その黒衣、ひん剥いてやろうか……!』とか言われるパターンなのに。
こうすんなり到着しちゃうと、逆に怖くなってくる……。
「どうしよう……。さすがに門兵がいる正門を堂々と通るのはちょっとアホ過ぎる気がしてきた……」
もしかしたら、ジェイドは俺が仲間と共に他国の援軍に抑えられているとか考えてるのかな……。
いや、それともザノバが敵の内部から情報を操作して、俺が侵入しやすいようにしてくれたとか……?
でもそれだったらすぐに魔法便で連絡してくるしなぁ。あいつが『お金ちょうだい!』って言わないはずが無いし……。
「……うん。やっぱ分かんねぇ。聞いてみよう」
分からなかったら、すぐに聞く。社会人としてこれは常識だからね。
ウジウジ一人で考えてたって解決しないんだから。即、行動しなきゃ駄目ですよ。
「あのー、こんにちはー。ちょっと良いですかー?」
俺は堂々と正門の前まで向かい、門兵に話しかけてみました。
すると二人の門兵はあからさまに眉を顰めました。
「貴様誰だ! 今、この国は非常事態宣言が発令中なのだぞ! そんなことも知らんのか!」
……いきなり怒られました。
非常事態宣言が発令中ってことは、国民はみんなどこかに避難しているってことか。
どうりで誰もいないわけですね。
「アルゼイン殿はご乱心されるし、エリアル女王陛下はまったく姿を現さないし……。まったく、ユーフェリウス卿がいないと何もできない国だな、この国は……」
「おい、滅多なことを言わないほうがいいぞ。俺達は言われたことをすれば良いだけだ。魔王軍が攻めてきたとの情報だが、相手はたったの三人。いくら世界ギルド連合が危険視しているとはいえ、我が国の正規兵だけでも一万はおるのだ。同盟国の援軍も着々と到着しているし、討伐は時間の問題だろうな」
「まあ、そうだな。しかも、魔王の能力はアルゼイン殿が封印されたというからな。紅魔の里の報告では魔王が暴れて留置所が崩壊したとあるが、きっと何かの間違いだろう。実際は魔王幹部の二人が留置所を破壊したと考えて良い。つまり、本当に危険なのは危険度S級以上の幹部の二人というわけだ。なにせ『双剣のマルピーギ』と『十手のスパンダム』を撃破したのだからな。一騎当千級と考えてのジェイド様のご采配というわけだ」
俺が目の前にいるのに、雄弁と話し出した門兵の二人。
ということはつまり、俺って奴らから『戦力外』と見なされているのかな。
……まあ、確かに留置所で捕まって泣いていただけなのは事実なんだけど。この黒剣のせいで。
「おっと失礼。こちらも非常事態宣言で気が立っておりましてな。しかしご安心くだされ。この国は必ず、我々が守ります。憎き魔王軍もじきに殲滅されるでしょう。……珍しい格好をしておられますが、お嬢さんはどこの国の出身の方ですかな? 念のために名前も控えさせていただいて宜しいかな?」
急に笑顔になった門兵の二人は俺の名前と出身を聞いてきました。
うん、おかげで大体分かった。要は俺は舐められている、と。そういうことですね。
考えてみれば、アルゼインに能力を封印されてからまったく活躍してないからな。
この黒剣のせいもあったりして、世界中に轟いた俺の悪名が霞んできているってわけか。
どんだけ俺は運が良いんだろう。ていうか、最後の最後でこの黒剣が役に立っちゃった。
「出身は魔王の領土です。名前は魔王カズハ・アックスプラントっていいます。ぴっちぴちの女子です」
「……」
「……」
急に黙り込んじゃった門兵のお二人。
そして俺の頭から足の先まで三往復くらいガン見しています。
「……おい。魔導測定器を出せ」
門兵の一人がもう一方の兵士に指示を出しました。
そして指示を出された兵士は、懐からゲヒルロハネス製と思われる機器を出してきました。
それを俺に向け、無言のまま俺の魔力を測定しています。
「この頭のおかしい女に教えてやれ。いくら変わり者と有名な現魔王でも、たった一人で厳戒令を布かれている首都に赴き、しかも正門を警備している門兵に正直に素性を明かすはずが無いとな。そんな馬鹿がこの世にいるわけがない。いや、異世界にもいないと断言しよう」
「測定が終了致しました。魔力値は………………」
そこまで言って絶句してしまった兵士。
口が開き、眼球が飛び出しそうな恰好のまま硬直している。
「おい、どうした。どうせ15か20そこらの数値なのだろう。ずいぶんと立派な黒衣を着ているが、まさか魔王信者か何かか? それならば即刻拘束して、精霊王を主として崇めるメリサ教かアムゼリア教にでも入信させて――」
「ま、ままま、まままま…………」
「一体どうしたというのだ……。測定器の故障か?」
兵士から機械を取り上げた門兵。
そして出力された魔力値を確認して、同じように口を開けたまま硬直してしまった。
うーん、ちょっとだけ気になるなぁ。
俺の魔力って数字で表すと、どれくらいなんだろう……。
まあいいや。
さっさとここを通過して、エアリーとアルゼインを連れて帰ろう。
ゴン! ゴンッ!
「がっ……」
「あうぅ……」
測定器に気を取られている二人に黒剣を振り下ろして気絶させた俺は、堂々と正門を開けました。
門を開けた瞬間、首都内を警備している兵士達が一斉にこっちを振り返りました。
だから俺はこう自己紹介をしたんだよ。
「こんにちはー。魔王、登場しましたー」




