076 元魔王様の忠誠心をお前らも見習いなさい。
セレン視点です!
「ふふ……ふははは! 一体なんなのだ、この剣は……! 魔力が底からいくらでも溢れ出てくるぞ……!」
「ちぃ……!」
再び大きく振りかぶった黒剣を振り下ろしてくる刑務官。
我が主たるカズハの武器を奪い、その魔力を自身の力に変換し攻撃を仕掛けてくる。
本来、二刀流はカズハとユウリにしか使えない極秘スキルのはず――。
しかしその謎は今、この瞬間に解明した。
奴の背が裂け、四本の腕が出現した。
それだけではなく、徐々に巨大化していく刑務官。
奴のあの姿は、ユウリが以前に話していたゲヒルロハネス連邦国の新技術――。
「……新生物か。それだけ腕があるのならば、二刀流など問題ないというわけか」
「ほう……? 良く知っているな。さすがは危険度SS級の魔王軍幹部というだけはある。……いや、元魔王セレニュースト・グランザイム八世よ」
ニヤリと笑った刑務官は舌なめずりをしてこちらを見下ろしている。
恐らく、この留置所に捕えられた死刑囚は奴らの餌となっているのだろう。
死刑執行という名の捕食行為。
胃袋に入ってしまえば遺体の処理をする必要もない。
「……その名はもう忘れたわ。我は主たるカズハに仕えるだけの身だ。だから貴様の持つ黒剣を返してもらう」
「くく、できるかな? お前の持つ魔剣とこの黒双剣……。力の差は歴然ではないか」
黒剣の刀身を眺め、うっとりとした表情でそう言った刑務官。
あの剣は触れるもの全ての属性を無効化する。
つまり奴は今、弱点属性を持たず得意属性も持たない状態にある。
しかし――。
「《スネークバインド》!」
「くっ……!」
無詠唱で発動された魔法。
異界より出現した巨大な蛇が牙を剥き出し、我の喉元を狙う。
それを魔剣で払い除け、一旦後ろへと飛び退く。
――あれはルーメリアが得意とする無属性の魔法だ。
これもゲヒルロハネス連邦国で研究され、発見された新たな属性だが、何故奴はそれを使える……?
『属性の無効化』と『無属性』――。
それは同じものを指す言葉なのか、それとも――。
「どうした? 避けてばかりでは俺を倒すことなどできんぞ」
「……」
ここは一旦引くべきだろうか。
デボルグと合流できれば、きっと奴を倒すことは可能だろう。
彼の持つ『爪』はカズハの黒剣にも匹敵する神器。
しかしあまりモタモタしているとカズハの命が尽きてしまう。
「くく、くはは! 元魔王も地に落ちたものだな! こんな奴に世界は怯えていたというのか! 所詮は噂、大した実力もないのに魔族の王というだけで世界を牛耳っている気になっていただけだというわけだ!」
「……今、なんと言った?」
普段とは違った感情に心が、脳が支配されていく。
冷たかったはずの血が、流れに逆らい上昇していくのがわかる。
「魔王カズハ・アックスプラント、だったか? 奴とて噂だけがひとり歩きをしているに違いない! 世界ギルド連合が危険視するまでもないわ! この黒剣をジェイド様にお渡しすれば、もうこんな薄暗い監獄で刑務官なんざやらなくても済む……!」
「……ジェイド? …………そうか。やはり、そういう話か」
エルフィンランドの宰相、ジェイド・ユーフェリウス。
今は亡き元女王の従弟ということだが、デボルグの言うとおり奴が裏で手を引いていると見て間違いないのだろう。
ならばアルゼインとエアリーは奴に騙され、利用されている可能性が高い。
「ふっ……。あの阿呆めが。今度一緒に酒を交わしたら、土下座でもさせてやろうか」
頭に登った熱い血が急速に冷えていく。
奴は明らかに我を挑発していた。
激高し、突進する我をあの黒剣で返り討ちにする気だったのだろう。
それとも状態異常で動けなくしてから捕食でもしようとしていたのか。
いつも通り、冷静に考えるのだ。
奴から黒剣を奪う方法を――。
……いや、奪う必要など無いのではないか。
何故なら、あの黒剣は――。
「《光龍波》!」
「!!」
後方から光を纏った竜が、刑務官目掛けて突進した。
あれはデボルグの……?
「悪ぃ! 遅くなったぜ!」
「デボルグ!」
応援に駆けつけてくれた彼の手には黒剣の鞘が二本とも握られていた。
これさえあれば、あの蜘蛛の化物に勝つことができる……!
「ほらよ、お前も一本持ってろ。同時に行くぞ!」
「ああ……!」
とくに作戦を決めるでもなく、我は大きく頷いた。
お互いに方法が一つしかないことを分かっている証拠だ。
「鞘……? 貴様、副所長を倒したというのか……?」
「へっ、あんな奴は屁でもなかったぜ。俺様を誰だと思ってやがる。魔王軍幹部、デボルグ・ハザード様だぜ……!」
一瞬我と目を合わせたデボルグが大きく地面を蹴った。
それに気を取られた刑務官は黒剣を振りかぶり、彼に照準を合わせる。
「黒銀の闇よ、怨念の元に全ての正義を喰らい尽くせ! 《ダークサーヴァント》!!」
「ちっ……! 無駄なことを……!」
刑務官の頭上に闇魔法で出現させた黒槍が降り注ぐ。
それらを黒剣で払い除け、今度は警棒を我に向け無詠唱で魔法を発動。
同時にもう一方の黒剣をデボルグに振り上げた。
「《パラライズ・ビー》!」
無数の蜂が突進し、我の次の魔法詠唱を阻害する。
しかしすでに背後に回っていた我は鞘を手にし、奴の持つ黒剣に狙いを定めていた。
「おらあああぁぁぁ!」
「はあああぁぁぁ!」
デボルグに振り上げられた黒剣と、慌てて我に向けられたもう一本の黒剣。
それらに同時に鞘を被せた瞬間、莫大な魔力と共に奴の属性無効化が消失した。
「なっ……! こ、これはどういうことだ……!」
「今だ! セレン!」
瞬時に地面を蹴り後方に飛び退いたデボルグ。
それを合図に我は水魔法を詠唱する。
「あらゆる生命は水の営みにその身を縛られる! 《ウォーター・ロック》!」
水魔法により具現化された水が、鞘に収められた二本の黒剣に纏わりつく。
「ぬぬ……!? 剣が……抜けんっ! ぐぬぬぬ……!」
我は魔剣を抜く。
そして先ほどの激高を思い出す。
「……我は第二十三代魔王、セレニュースト・グランザイム八世成り」
「ひっ……!!」
闇を纏った魔剣は怒りと共に振り下ろされた。
その剣閃は我が主と、我が名誉のために――。




