068 いや、隠れているんじゃなくて閉じ込められているんですが。
久しぶりの更新です!
エアリー視点です!
ちょっとシリアスなので注意!
エルフィンランド、南東島。
首都レイノルムにある王室の一角――。
「エリアル様。お食事をご用意いたしましたぁ」
王室メイドのララが心配そうな顔を私に向け、食事をテーブルに並べる。
私はベッドから起き上がり、彼女の元まで歩いた。
「うん、ありがとう。今日はちゃんと食べるから」
彼女が引いてくれた椅子に座り、熱々のスープに口を付ける。
その様子を見て徐々に笑顔になってくれたララ。
いつまでも泣いてばかりでは駄目だ。
そろそろ公務もジェイド叔父様から引き継がなければならないし、アルゼイン率いる妖竜兵団との党首会談も数日後に迫っている。
英雄である彼女の先の活躍――魔王カズハのもつ強大な力を封印した功績により、国民は改めて民政の必要性を実感したようだ。
だが皇女である私は皇位継承祭以来、一度も公の場に出てはいない。
兵士の報告では一部の左翼集団が各島にある主要都市で街宣活動を始めているとも聞いた。
エルフィンランドには王政と民政という二大政権による政治に長い歴史がある。
国の繁栄や秩序のためには、この二つの政権のパワーバランスが整っている必要があるのだ。
「……次は、私が頑張らなくちゃ」
数日後の会談の議題は、長年解決していない『奴隷問題』だ。
ジェイド叔父様の計らいと英雄アルゼインの妖竜兵団への復帰により、北西島のエルフの里に住む島民の差別感情も薄れつつある今がチャンスなのだ。
問題が残っているとすれば、残るは南西島の監獄に収容されている『紅魔族』の件のみ――。
魔族とエルフ族の混血であり、反王政勢力でもあった彼らは奴隷問題にも深く関わっている。
同じく混血種族であるダークエルフ族の戦士を誑かし、エルフの里で暴動が起きたのも彼らの仕業だとすでに判明している。
国家反覆罪を犯した彼らに情状酌量を与えて死刑を執行しなかったのは、ジェイド叔父様の深い慈悲があったからこそだ。
監獄に収容されている彼らと直に面談し、何故反乱を犯したのか理由を正す。
――国を離れ、世界各地を放浪していた時もずっと考えていたのだ。
ダークエルフ族とエルフの里の住人との奴隷問題と直接関係の無い彼らが、何故反乱を指揮したのか。
アルゼインの功績がなければ族長は殺害され、北西島はダークエルフ族に支配されていただろう。
そうなれば反乱を指揮した南西島の紅魔の里と力を結び、残る北東島や南東島と勢力が真っ二つに分かれてしまう。
つまり、国が西と東で割れるところだったのだ。
そうなってしまえば、エルフィンランドは崩壊する――。
「おお、きちんと食事を摂られていますな」
部屋の扉が開き、私は考えを一時中断した。
笑顔で入室してきたのは宰相であるジェイド叔父様だ。
「はい。アルゼイン様との会談も近いですし、少しでも体力をつけておこうと思いまして」
ララが慌ててテーブルを片付け、ジェイド叔父様の席を用意しようとしたが、彼はそこに座らず怪訝な顔でこう答えた。
「……それなのですが、つい先ほど領空に配備させてある兵から魔法便が届きましてな」
「領空……?」
エルフィンランドは四方を海と空に囲まれた島国だ。
国境の存在しない国では他国による領空と領海の侵犯には常に神経を尖らせている。
領空に配備させてある兵から魔法便が届くということはつまり、『領空を犯している飛行物体が確認された』ということ――。
「南西島より南に250UL、珊瑚の島上空で一匹のドラゴンゾンビを確認したそうです。背には二人の手配犯を確認しました。一人は前魔王、セレニュースト・グランザイム8世。もう一人は先日のゲヒルロハネス連邦国での一件により、世界ギルド連合より『神の爪』の異名を付けられたデボルグ・ハザードです」
二人の名を聞き、血の気が引いていく。
――どうして?
もう私やアルゼインのことなど忘れてしまえばいいのに。
それとも裏切り者を始末しにわざわざ来たとでもいうのだろうか。
「……」
でも、あのカズハがそんな指示を出すだろうか?
彼女ならきっとこう言うはず。
『二人とも強引に連れ帰ってこい』と――。
「お顔の色が優れませんな。しかし、それも無理はない。エリアル様はお優しいですからな。すでに追撃部隊は出動させております。エリアル様は――」
「……駄目です」
「……は?」
私は立ち上がり、真っ直ぐにジェイドの目を見て言った。
もうこれ以上、国の事情に首を突っ込んで欲しくない。
カズハもデボルグも、どうして分かってくれないのだ。
私とアルゼインは、もうすでに決心をしている――。
「『エルフの弓』を発動します。魔導増幅装置を起動してください、叔父様」
「まさか……領空内での使用は周囲の島々に危険を伴いますぞ」
「あの一帯は立ち入り禁止区画ですから、避難警告さえ出しておけば問題はありません。領空での迎撃ですから海中の珊瑚にも影響はありませんし、迎撃部隊は効果範囲外で待機との命令を出してください」
私の強い口調に驚いた様子のジェイドだったが、すぐに頭を下げその場を去っていった。
――躊躇しては駄目だ。
すでに領空を犯しているということは、『戦争の意志がある』と判断されてもおかしくはない。
恐らくカズハも兵士に目視されていないだけで、どこかに潜んでいるのだろう。
最初から、私の持つ最大の攻撃方法で撃退する。
四宝のうちのひとつ、『弓』――。
それをジェイドが長年の研究により開発した魔導兵器により威力を増大させ、一気に沈める――!
「……もう後戻りはできないんです。それを今から証明してみせます」
全ての憎悪を私に向けてくれて構わない。
それぐらいの覚悟はとうに出来ているのだから――。
心配そうに私の顔を見上げるララの脇をすり抜け、私は部屋を後にした。




