064 ドラゴンゾンビは熊肉がお好きなようです。
「……」
土公神の古墳を南に向かい、周囲が毒の沼地に犯された丘に到着した俺達三人。
到着早々、なぜか俺は後ろ手に縄で縛られて丘に放置プレイされています。
「……あのう、デボルグさん」
「しっ! 喋るんじゃねぇ! お前もドラゴンの好物が熊肉だってのは知っているだろう!」
木陰から顔だけを出し、怖い顔をしながら俺を注意するデボルグ。
……いや、知ってるけど何か色々間違えてないでしょうか?
「高度な知能を持ったドラゴンが死後、この世の未練からゾンビとなって蘇ったのがドラゴンゾンビだ。一度死に、脳の一部や全身が腐敗した状態での復活だから、知能や視覚、嗅覚もだいぶ落ちているだろう。……だから大丈夫だ」
「大丈夫って何が!? つまり俺がこのクマの着ぐるみを着たままエサのふりして、ドラゴンゾンビをおびき出せってことだろ! 俺が危ないだろ!! ていうか死ぬだろ!!」
同じく木陰に隠れているセレンのしれっとした説明に納得がいかず、叫んでしまう俺。
ていうか一度死んでゾンビとして蘇ったんなら、飯とか食わないんじゃね?
それに脳が腐ってるドラゴン捕えても、俺達の言うこと聞いてエルフィンランドまで飛んでくれるかどうかも怪しいし……。
「よし! やめよう! この計画、今すぐ中止! ていうか女王を餌にする部下がどこの世界にいるんだよ! お前らアホか!!」
「だから、大丈夫だって言ってんだろ。危なくなったら俺らが助けるし、そもそもお前がドラゴンに喰われたくらいで死ぬわけねぇだろうし」
「喰われるの前提!? やだ! 帰る! 他の方法をもう一度考えて――」
ボゴッ!
「……へ?」
丘から降りようとした瞬間、沼地が大きく盛り上がり何かが這い出てきました。
「来たか……! カズハ! ギリギリまで奴の注意を引きつけるんだ! セレン! 捕獲魔法の詠唱準備を!」
「詠唱には数分かかる。あの大きさのドラゴンゾンビを我が眷属にするとなると当然だがな」
目を瞑ったセレンは詠唱を始めました。
ええと、捕獲に数分かかるってことは、その間俺はエサのふりして尻でも振ってればいいのだろうか。
……。
絶対に嫌だ! そんなん!
「……カズハ。分かっているとは思うが、また勝手に一人で考えて行動しようとかするんじゃねぇぞ。これは作戦だ。ドラゴンゾンビを捕獲してエルフィンランドに渡り、アルゼインとエアリーを取り戻す。……そうだろ?」
「う……」
一目散に逃げようとしたところで釘を刺されました……。
これは仲間を救うため……そうだ!
俺は大事な仲間達を救うために身体を張ってドラゴンゾンビの注意を引きつけて――。
パクッ!!
「あっ」
「……」
「……」
……頭から丸ごと、喰われちゃいました。
…………うん。
なんか、すごく臭いし、シュワーって音とか聞こえるんだけど、これってドラゴンの唾液だか胃液で俺の着ぐるみが溶かされている音かなにかでしょうか。
ゴクン!
「あっ」
「……」
「……」
……飲み込まれちゃったみたいです。
あれだ。小さい頃に大きなプールに泳ぎに行ったときに滑ったウォータースライダーみたいな感じ。
シュババーって滑っていったのはドラゴンの長い食道なのかな。
うん。
どうしよう。さっそく死にそう。
「あの馬鹿……! 身体を張り過ぎだろうが! いきなり喰われやがって……!」
「詠唱はまだかかるぞ……! どうする?」
「俺がカズハを吐き出させてくる! 早いとこ頼むぜ、セレン!」
なんか外からデボルグの叫び声っぽいのが聞こえてきました。
あ、胃袋に到着したみたい。
どんどん着ぐるみが溶けていく。
もうアカン。死ぬ。
「『爪』は使えねぇか……! 倒しちまったら何の意味もねぇからな……! おらぁ!!」
ドゴン!
あ、なんか衝撃が来ました。
その拍子に胃液が顔にかかって火傷しそうになったんだけど。
何してくれてんの。
「一気に行くぜ……! 《ブラスター・ボディブロー》! 《デビルラッシュ》!!」
ズゴン!!
ドゴゴゴゴゴン!!
『グ……グゲェ…………!!』
うわっ熱!
ちょっと何してんの!?
自力で脱出するから余計なことをせんといて!
うんしょ……あれ……。
なかなか……縄が解けない……。
「セレン!」
「ああ! そこを退け、デボルグ! ――死に魅入られた哀れな者よ。我が眷属となり新たな命を共に歩まん。《シーザー・ダークヴァレット》!!」
『グググ……グアアアァァァ!!!』
…………ん?
あれ、なんか急に大人しくなった……。
「やったか……?」
『グルルルゥ……』
「……どうやら成功のようだな。我が眷属よ。いま食した肉を吐き出してくれまいか」
『グルルゥ……。…………ペッ!』
「いてっ!!」
いきなりドラゴンゾンビに吐き出され、地面に叩きつけられました。
砂利がケツに刺さったよ!
どうして俺はケツばっかり負傷するの!?
「ほらよ。お前にしてはよく我慢したじゃねぇか。約束を守れるっつうのは大事なことだからな」
蹲る俺に手を差し伸べてくれたデボルグ。
俺はニコリと笑い返し、その手を握った。
「うわっ! 汚ねぇ! ……てめぇ、わざとだな!!」
「だって仕方ないじゃん。こいつの胃袋の中にいたんだから、全身胃液まみれなんだし」
「……セレン。こいつに水魔法を。特大のやつをぶっ放してくれ」
「いいだろう。カズハ、少々痛いが我慢できるか」
「良くねぇよ! 普通に風呂に入るわ!」
俺がそう叫ぶとセレンとデボルグは同時に笑った。
とりあえずこれでエルフィンランドに向うことが出来そうだ。
……ていうか、本当に飛べるの? こいつ……。
『グルルルゥ……』
「こいつ、なんて言ってるのかセレンには分かるんだろ?」
さっきから俺の匂いをクンクンと嗅いでいるドラゴンゾンビ。
臭いからあまり近づかないで欲しいんだけど……。
「ああ。『このクマ、いつ食べていいか教えてくれ。腹が減って仕方がない』と言っている」
「ぶち殺すぞ! この腐れドラゴン!」
『ガゥ……』
俺が吠えるとセレンの後ろに隠れてしまったドラゴンゾンビ。
いちおう元知能の高いドラゴンだけあって、俺との力の差くらいは理解してるっぽい。
「仕方ねぇ。近くの村でエサを買っていくか。港町まで戻るのも面倒だし、長い空の旅だから途中でバテられても困るからな。この辺りに漁村があっただろ。そこで調達していこう」
「風呂もな! それとこのクマの着ぐるみもベトベトだから新しい別の服に――」
「着ぐるみは洗ってそのまま着てろ。何のための変装だと思ってるんだお前は」
「え……? まだ着ぐるみでいないと駄目……? うそーん」
がっくりと肩を落とした俺は、トボトボと先を歩きました。
とりあえず風呂入って、このベタベタの身体をどうにかしたい……。




