062 着ぐるみって結構暑くて大変ですね。
街の装飾店に寄り、新しい服を購入した俺達は酒場へと向かった。
薄暗い店内は真昼間だというのに飲んべぇ達であらかた席が埋まっていた。
「お、あそこにいるな。おい、セレン」
「ん? ああ、デボルグか。船の調達は済んだ――」
デボルグに気付き返事をしたセレン。
だが俺の姿を見た途端、言葉を失ってしまう。
「……カズハ。その恰好は、一体、何だ」
「…………クマ、です」
俺は俯いたままそう答えた。
だってそれ以外答えようがねぇし!
「クマ……か。確かに似合っているとは思うが、我が聞きたいのはそういうことではない。もう一度聞くぞ。……お前は何故、『クマの着ぐるみらしきもの』を着ているのだ?」
「……デボルグさん。説明してください」
これ以上、俺は何も言いたくない……。
ていうか、似合ってんのかよ!
嬉しくもなんともねぇよ!!
「とりあえず飲み物を頼んでからだな。おーい、マスター! 焼酎とミルクを一つずつ!」
カウンターにいるマスターに飲み物を頼んだデボルグ。
俺は俯いたまま少し離れた席に座った。
「……また何かしでかしたのか、カズハ」
「…………はい」
「……そうか」
それだけ答えたセレンは空きかけのワインを飲み干し、グラスを置いた。
そして足を組み、長い後ろ髪を鬱陶しそうに払いデボルグに視線を向ける。
お前はホステスか。
「結論から話そうか。この街で船は手に入らない。今まともに運行できるのは観光船だけだ。エルフィンランドは人間族の国との交易を基本的に禁止している国だから、このままでは海を渡ることができないっつうわけだ」
俺のすぐ横の席に座ったデボルグは背もたれに大きく寄りかかり話を始める。
ちょっとニヤニヤしながら俺をチラ見してくるのが無性に腹が立ちます……。
「おい、セレン。お前も服を着替えろよ。俺だけ変な恰好するのは差別だろ。差別反対」
「服……? ああ、そういうことか。つまり変装だな。我の分も買ってきてくれたのか。どれ、見せてみろ。実は少し羨ましいと思っていたのだ」
「……マジで?」
セレンの意外な回答に目が点になっちゃいました。
こいつ着ぐるみとか好きな奴だったっけ……?
「おい。人の話を聞けお前ら。このまま船が買えずに海を渡れないとなると、帝都に戻ってアゼルライムス王に帝国船を借りるしか手がねぇんだぞ? だが、世間一般的にはエリーヌ皇女はこの馬鹿魔王に拉致られたことになっている。その皇女も今はユウリと共に呪いを解くためにゲヒルロハネスに渡っている最中だ」
「……お。これは……人間族の庶民服か」
「おいデボルグ! なんで俺がクマの着ぐるみでセレンが普通の女服なんだよ! おかしいだろ!」
テーブルを叩き立ち上がると、飲み物を持ってきたマスターに睨まれました。
あかん……。
せっかく変装してるのに騒いだら意味がない……。
「……はぁ。セレンはこういった服のほうが目立たなくていいだろ。ただでさえこいつは純血の魔族なんだぜ。いや、魔族っていうか元魔王なんだが……」
周りに聞かれないように声を潜めて話すデボルグ。
いや、言ってることは正しいんだけど、ちょっと待ちなさい。
じゃあ何で俺は着ぐるみなんだという新たな疑問が持ち上がるのですが。
「よいっしょ……ええと……これはどうやって着たらいいのだ」
「ここで着替えるんじゃねぇ! マスター! 化粧室借りまーす!」
服を脱ごうとしているセレンを慌てて止めた俺は、そのまま彼女を連れて化粧室へと向かいます。
これだから常識外れの魔族は困る!
「……ちっ、カズハの野郎。余計なことを……」
◇
というわけで、お着替え終わりました。
せっかくだから長い髪も後ろでお団子に結んであげましたー。
「……マジか。まったくの別人に見えるぜ、セレン」
「だろー? これで誰が見ても人間に見えるよな。ちょっと闇を抱えた系の美女って感じで」
「そ……そうか。うむ。悪くない」
少し恥ずかしそうに頬を染めたセレン。
うんうん、何か俺まで嬉しくなっちゃうな。
「……で、何の話をしにきたんだっけ」
再び席に座りミルクを一気飲みする。
ふとテーブルに視線を落とすと、いつの間にかデボルグの前にあった焼酎の空きグラスが三つになっていた。
勝手に一人で飲んでんじゃねぇよ……。
「船だ、船。海を渡れなければエルフィンランドに向かえねぇだろうが」
ちょっと酒臭い息を吐きつつ、デボルグがそう答えた。
俺はこの臭いが苦手なので二つ分くらい席をずらします。
「海を渡る、か……。それが不可能ならば、空から渡れば良いのではないか?」
「空? どうやって?」
セレンの回答に質問する俺。
この世界に飛行機なんてあったっけ……。
「そうか……。アルゼインもフェアリードラゴンの背に乗って魔王城に攻めてきたんだったな。しかし、この国に野生のフェアリードラゴンは生息していない。密猟者から買おうにも、どれくらい時間が掛かるか分からねぇし……」
「いや、その必要は無いぞ。ここからそう遠くない場所にドラゴンゾンビが生息する丘がある。周囲を毒の沼地に囲われている場所で、人間族も滅多に立ち寄らない場所だ。捕獲するには好都合だと思うが」
「え……? ドラゴンゾンビの背に乗って、空から侵入するの? マジで?」
ドラゴンゾンビって、あれだよね。
めっちゃ腐ってるドラゴンってことだよね。
……え? 飛べるの?
ていうか、この近くにあって、周囲が毒の沼地で囲われている、人間が滅多に立ち寄らない『丘』って……。
「そこってまさか……カズハが黒剣の試し斬りに使ったっつう丘か? アゼレスト山脈が真っ二つに切り裂かれて、天変地異が起きたとか騒がれているっていう……」
「……うん。でも、何となく俺のせいだってことがバレてるみたい。たぶんアルゼインかエアリーが世界ギルド連合にチクったのかも。あいつらなら良く分かってるからな! こんなことするのは俺くらいしかいないってことを!」
胸を張りそう言った俺をジト目で見つめるセレンとデボルグ。
……ホント、いつもご迷惑をお掛けしております。
「ドラゴンゾンビか……。まあ、俺らはもう魔王軍として世界中に認識されちまってるし、ある意味お似合いなのかもな。よし、すぐにその丘に出発しよう」
「えー? またあのゾンビがいっぱい這い出てくるとこに行くのー? あいつらクサいしドロドロしてるし、俺行くの嫌だー」
「……誰のせいで船が買えなくなったか、忘れたのか。あぁ?」
「……俺のせいでした。以後、発言に気を付けます……」
ヤクザに睨まれた俺は目を逸らし、謝りました。
この店のお会計はしておきますから、皆さんは先に退店していてください……。
というわけで。
ドラゴンゾンビ探しに向かうことにしました。




