058 なんだか怪しいおっさんが出てきました。
【注】エアリー視点です。ちょこっとシリアスなので読み飛ばしてもOKです!
「エリアル様ぁ……。少しはお食事をしていただかないと、お身体に障りますぅ……」
王室メイドのララが心配そうに私の顔を覗き込む。
でも、何も喉を通らない。
毎日毎日この豪勢な装飾で施された自室に籠り、涙を流しているだけ。
「……うん。でも、大丈夫だから。ちょっとダイエット中なだけだよ」
ララの頭を優しく撫で、彼女を安心させる。
でも彼女の表情は硬いままだった。
きっと私も笑顔になれていないのだろう。
少しでも気を緩めると、また泣いてしまいそうになる。
「うぅ……。分かりましたぁ……。もしも何か食べたくなったら、すぐにお呼びくださいね……?」
そう言い残し、ララは部屋を後にした。
再びひとり残された私は、ベッドの上で膝を抱えて丸くなる。
――私は二度も、カズハ様を裏切った。
その事実が私の心を締め付ける。
いつか話すつもりだった。
私がエルフィンランドの皇女だということを。
『エアリー・ウッドロック』という名が偽名であることを――。
でもお母様が亡くなって、この国の状況を聞いて、私は戻ることを決心した。
一人では何も出来なかったかもしれないけど、今はアルゼインがいてくれる。
エルフの里の英雄と呼ばれた彼女と一緒であれば、きっとこの国を救うことが出来る――。
「……カズハ様……」
なのに、どうして私は国に戻ってからずっと泣いているのだろう。
食事も喉を通らず、ただ毎日こうやって部屋に閉じ籠っているだけ。
こんなことで国を統治することなど出来る訳がない。
エルフィンランドの新たな女王として愛する民を導いていかなければいけないのに――。
言葉とは裏腹に、脳裏に浮かぶのはカズハ様と仲間達のことばかり。
私にとって、一体どちらが本当に大切なものなの……?
誰か……誰か教えて欲しい。
私の進むべき道が正しいと。
民のために生きることが善であると。
「おお、ここにいらしたか。エリアル女王よ」
声に気付き慌てて涙を拭く。
そして笑顔で顔を上げ返事をした。
「はい。叔父様。お迎えに上がれず、本当に申し訳ございませんでした」
「いや、女王は皇位継承祭で忙しかったでしょう。それに私は宰相です。宰相の出迎えを女王がする国がどこにありますか」
「そんな……」
エルフィンランドの宰相であり、お母様の従弟であるジェイド・ユーフェリウス。
女王の死後、私が皇位を継承するまでの間に一時的に国を治めてもらっていた。
つい先日行われた六カ国協議にも皇位継承祭で多忙な私の代わりに出席し、エルフィンランドとしての姿勢を強調してきたばかりだ。
「先ほどナイトハルト隊長とも会ってきました。どうやら『作戦』は成功のようですな」
「……はい」
『作戦』と聞き、一瞬で表情が硬くなってしまう私。
エルフィンランドにて太古の昔より封印されていた陽の魔術禁書――。
それを用い、新たな魔王として認定されたばかりのカズハ様の能力を封印する――。
アルゼインの使者から伝令があったのはつい先ほどのことだ。
「流石は『英雄』と呼ばれるだけのことはある。こんなに早く成果を出すとは驚きですな。奴隷の血が流れていると聞いたときは、妖竜兵団の長など務まるものかと心配しておりましたが……おっと。これは失言でしたな」
「……」
ジェイド叔父様は奴隷制度承認派の一人だ。
しかし私が女王となったことで姿勢を一変させ、今では奴隷廃止運動を各小国にて働きかけてくれている。
特に北西島であるエルフの里では今でもダークエルフ族に対する差別が根強く残っている。
彼らにより襲撃に遭った里の族長はアルゼインの功績により命を取り留めたが、里に住む大部分のエルフ族は不信感を募らせたままだ。
だが長年に渡った奴隷問題も、私とアルゼインが王政と民政のトップに立ったことで終結させる。
その間に立ち、双方の陣営が上手く協力関係を築けるように動いてくれているのがジェイド叔父様だ。
彼には本当に感謝している。
民からの信頼も厚く、城の兵士らも彼の言うことであれば即座に行動してくれる。
「……叔父様。本当は叔父様が国王になられたら良かったのにと、いつも考えてしまいます」
「はっはっは。何を言いますかエリアル女王。これは母上様の意志であり、民の意志でもあります。それにエルフの国は代々女王が国を治めるもの。男の出る幕などありません」
豪快に笑ったジェイド叔父様は、そのまま近くの椅子に腰を下ろした。
そして笑みを浮かべたまま、私の目をじっと見つめて話す。
「……話は変わりますが、エリアル様は各国を放浪されていた際に、あの魔王と面識が出来たそうですな」
「はい。お話はアルゼインから聞いているとは思いますが……」
「ええ。しかし、ナイトハルト殿の迅速な行動のお蔭で、不信感を募らせていた城の兵士らにも安堵が広がっているようです。ですが、この事実は民に報告はしないほうが無難かと」
「……はい。そうですね」
「その辺りは私が上手くやりましょう。世界ギルド連合のほうにはすでに私のほうで働きかけております。それとナイトハルト殿の手配書ですが、『誤報』として処理される方向で決定いたしました。民政のトップである妖竜兵団の隊長が危険度『S』の犯罪者とあっては民に示しがつきませんからな」
「ありがとうございます。叔父様が居てくださって、本当に助かります」
これで懸念が一つ減った。
エルフの民は人間族の手配書などに興味を示さないが、ギルドは違う。
手配書が『誤報』ということになれば、作戦の成功と合わせてアルゼインも行動を起こしやすくなるだろう。
「六カ国協議での細かな内容はのちほど議会に提出いたします。しかし、やはり予算の問題は解決の見通しが立ちませんな。世界通貨である『G』の高騰から、我が国の通貨である『U』の相場が下落傾向にあります。ここは安定した鍛冶生産高を誇るドベルラクトスとの、種族を超えた共存協定を推し進めるほかありませな」
そう答えたジェイドは椅子から立ち上がり、再び私の顔を見つめてこう言った。
「顔色が宜しくありませんな。国政は私に任せて、女王はもうしばらくお休みになられていたほうが良いでしょう」
「そんな……。もう大丈夫ですから」
「ララからも聞いておりますぞ。まずはしっかりと食事をとられてから、公務に励むべきです」
「……はい。叔父様がそう仰るのであれば」
私の返事に満足がいったのか。
ジェイド叔父様はニコリと笑い、部屋を後にした。
再び部屋にひとり残された私。
――結局、私は何一つ自分では出来ない愚か者なのだ。
アルゼインやジェイド叔父様がいなければ、私に従う民などいない。
……でも。
それでも、私はこの国を守りたい。
ずっとお母様から、国から、民から逃げ続けてきたのだ。
仲間を、カズハ様を裏切っても。
それでも、私はこの国を――。




