057 さあ、元気良くエルフィンランドに向かいましょう。
魔王の領土。新生アックスプラント王国。
エルフィンランドへの遠征準備を整えた俺達は、未だ各国から戻らぬ他の仲間を心配しつつも城を出発した。
「ルル達は大丈夫かなぁ。でもあいつらも化物レベルで強いから滅多なことにはならないと思うんだけどなぁ」
タオから手渡されたお弁当をさっそくつまみ食いしながら荒野を歩く俺。
なんだか身体が重い気がするけど、これはきっとレベルが99に戻ったせいだろう。
レベル99で身体が重いとか言ったら皆に怒られそうだけど……。
「心配せんでも大丈夫だ。ルルの部隊にはリリィがいるし、ラクシャディアにはレイの部隊が向かっているのだろう? 唯一の懸念はゲイルだが、さすがに神としての力を失った今、我らに造反することは無いだろう」
俺の横を歩くセレンが俺の心配を払拭させようと元気づけてくれる。
……元魔王様に元気づけられる現職魔王っていうのもどうかと思うんだが。
「おいカズハ。お前が持っている鎖でグルグルに巻かれているその黒剣は何だ? まさかあのラスボス魔王から奪ったっていう巨剣じゃねぇだろうな」
俺の後ろを歩くデボルグが俺の腰に差してある二刀を指差してそう言った。
ていうか俺の後ろを歩かれるといつ何時、尻を触られるか分かったもんじゃないから気が気でないんですが。
セクハラ野郎は前を歩け、前を。
「あれ? 言わなかったっけ。ゼギウスに加工してもらったんだよ。でもあんまりにもアレだから、こうやって頑丈な鎖で封印してあるんだけど」
アゼレスト山脈を崩壊させたのはつい先日の話だ。
さすがに今はレベル99に戻ってるから一撃で巨大山脈を真っ二つということは出来ないだろうけど、それでも危険な剣であることに変わりはない。
「その黒剣……。我の魔剣よりも遥かに凶悪な魔力を感じる……。そのような剣を二刀も扱えるのは、この世界でもカズハしかおるまい」
「あ、やっぱヤバいんですね、この黒剣。ていうかユウリから魔剣を返してもらったんだ、セレン」
「当然だ。これから同じ魔剣を持つアルゼインと対峙するのだぞ。それに奴の傍らにいた二人の将軍……。彼らもかなりのやり手だろう。ならばこちらもそれ相応の装備を整えなければならぬ」
「だよな。俺もこの神器の『爪』をようやく最近使いこなせるようになってきたからな。エルフィンランドに到着したら大暴れしてやんぜ」
セレンに続きデボルグが武器を高々と掲げてそう言った。
「……お前ら、なにか勘違いしてないか。俺はアルゼインともエアリーともまったく戦う気とか無いんだけど」
そう答えた俺はウインドウを開き、所持金である12億Gを彼らに見せた。
エルフィンランドには戦争に向かうのではない。
この金を丸々渡すために遠征するだけだ。
「……カズハ。お前は何があってもアルゼインとエアリーを仲間に戻したいのだろうが、果たしてそう上手くいくだろうか」
「何でだよ。だってあいつら金に困ってるだけだろう? 俺の力を封印したのも世界ギルド連合に言われたからやったんだろうし、あとは金を渡せば解決だろ?」
「はぁ……。この阿呆は一体どこまで本気なんだか。いいか、カズハ。エアリーはエルフィンランドの皇女だった。お前だって知っているだろう? あの国の女王がつい先日に病魔に侵されて死去したことを」
「うん」
「ならば次の女王はエアリーで決定だ。まだニュースにはなっていないが、もう今日か明日ぐらいにはギルド公報でデカデカと報じられるだろう。そしてアルゼインは『民政』のトップである妖竜兵団の隊長だ。……後は言わなくても分かるな」
「うん。全然分かんない」
堂々とそう答えた俺。
そしたらセレンもデボルグも頭を抱えて蹲っちゃいました。
「……いいか、カズハ。お前も国のトップだったら少しは世界情勢を勉強しろ。エルフィンランドは二権分立の国家だ。つまり王政と民政のツートップで国を指揮している」
「おうせいとみんせい」
「……王政のトップは女王に君臨したエアリーだ。そして民政のトップは妖竜兵団の隊長であるアルゼインだ」
「ふーん。つまりあいつら二人を連れ戻したらエルフィンランドも俺の物になるってこと?」
「…………嗚呼…………」
俺の返答にまたしても蹲ってしまった二人。
なんでだよ!
別に間違ったこととか言ってないだろ!
どっちにしたって、俺はあいつらを連れ戻すんだから細かいことは気にしないの!
「……デボルグ。これ以上カズハに何を言っても無駄だ。我らはなるべくカズハから目を離さず、こやつが勝手に行動を起こす前にそれを止める。アルゼインとエアリーの件はその後だ」
「……だな。この問題児のせいでこれ以上俺達に厄介事が舞い降りて来ないように細心の注意を払わねぇといけねぇ。俺だって世界戦争なんぞに巻き込まれたくねぇからな。……おい、聞いてんのか。このアホ女王」
「アホ女王って言うな! 俺だって好きで世界戦争を起こしたいわけじゃねぇっつうの! だってこんなに謝ってるのに、どうして俺を魔王認定になんてすんだよ! これは明らかな陰謀だー!」
俺は声高らかにそう叫んだ。
でもセレンもデボルグも遠い目で俺を見つめるだけ。
この世に俺の味方なんていないんですね!
世知辛い世の中だね!
「……お前はあいつらが抱えているだろう『闇』を全て受け止める覚悟があるのか?」
「うん。受け止めるっていうか、気にしない」
「お前はそれでいいかもしれないけどよ、俺達はどうなるんだよ。国の財産を盗んでいたアルゼインと、皇女だと黙っていたエアリーと、どう接すればいいって言うんだ?」
「うん。たぶん普通に接することが出来んじゃね? だって俺と普通に接してるじゃん。俺以上にひどい奴ってそうそういないだろ。…………自分で言って、すごく落ち込んじゃった」
今度は俺が頭を抱えて蹲ってしまう。
いやいや、ここで落ち込んだら駄目だ!
人生は楽しまなきゃ損だからな!
俺は今まで自分がやりたいようにやってきたし、これからもやっていく!
異世界最高!
「……デボルグ」
「……ああ。もうやめよう。言えば言うほどアホらしくなってくる」
そう答えた二人は以後、まったく話しかけてくれなくなりました。
いいもん!
どうせ俺の気持ちなんて、誰も分かってくれないもん!
「うおおおおおおおおおお!!!」
自棄になった俺は憂さ晴らしに周囲のモンスターに八つ当たりします。
恐怖に慄くモンスター達は一斉に俺達の周囲から姿を消しました。
うん。
こうやって平和は作られていくんですね。
「エルフィンランドはユーフラテスよりも更に北にある小さな国だ。各国との交流が途絶えた今、港町グランザルに停泊している船を拝借して、直接向かう以外に他あるまい」
「まあ金だけはあるからな。船を丸々購入して、そのまま俺達だけで向かうのが良いんじゃねぇか? 船の操縦は俺がする。客船で向かったほうがカモフラージュにもなるし、カズハの言い分を聞くなら、俺達は別に戦争に向かうわけじゃねぇからな。それに金を渡すにも交渉は必要だろう。元魔王のお前と、現魔王のカズハじゃ話にもならねぇだろうし」
「何から何まですまないな、デボルグ。お前だけが頼りだ」
素直にデボルグに頭を下げたセレン。
いやー、人って変わるもんですねー。
あの高飛車だったセレンさんが、こんなに健気になるなんてねー。
これも俺のおかげかな!
――そして俺達は港町グランザルへと。




