051 エリーヌの意志の固さに負けました。
「私の体内に……陰の魔術禁書が?」
帝都を無事に抜けた俺とエリーヌはタオ達の待つエーテルクランへと向かう。
いやもう、なんというか。
さすがに魔王認定とかされちゃうと、故郷の街の知り合いとかに出会ったらなんて言われるか分かったもんじゃない。
だってそうでしょう?
世界ギルド連合が俺を許さないとかの話じゃなくて、全ての人間族の敵にされちゃった訳なんだから。
「あの……カズハ様?」
「ん? ああ、ごめんごめん、他のこと考えてた。ええと、どこまで話したっけ……ああ、そうそう。でも、エリーヌの身体の中に封印されている魔術禁書を取り出す方法を見つけたんだ。俺は過去の世界でそれを知った。だから心配しないで大丈夫」
「そう……なのですか。しかしカズハ様がそう仰るのであれば大丈夫なのでしょうね。私はこれからカズハ様と共に魔王城へと向かえば宜しいのですね?」
「うん。エーテルクランの街でタオとミミリが腕試ししてるから、そいつらを拾ってすぐに城に戻る」
「腕試し……? ああ、そういうことですね」
俺の言わんとしていることを悟ったエリーヌ。
そして話は本題へと入る。
「先ほどの街のざわつき……。もしかして、お父様が向かわれている六カ国協議の結果がギルド公報で発表されて……?」
エリーヌが不安そうな表情を俺に向けた。
この様子だと、まだ彼女は事情を知らないみたいだ。
俺は生唾を飲み込み、彼女に内容を告白する。
「……いいか、エリーヌ。心して聞いてくれ」
「はい」
「ついに俺は世界中から嫌われて、ギルドのお偉いさん方に魔王として認定されちまったんだ」
「はい」
「…………あれ? 反応が薄くね?」
もっとこう、『そ、そんな……! カズハ様が魔王だなんて! でも私は一生カズハ様についていきますわ! この身が朽ち果てようとも、カズハ様と一緒にいられるのであれば、何処へでもご一緒致します!』とか期待してたのに……。
「す、すいません……。その、なんというか、あまり驚くようなことではなくて……」
「なんで! 超ビックニュースじゃん! 俺、世界中の敵になったんだよ!」
納得のいかない俺はエリーヌに猛抗議する。
いや、別に彼女を驚かせたいわけじゃないんだけど、この反応はちょっと寂しい!
「すでにカズハ様は世界ギルド連合により、3Sランクの危険人物として指名手配を受けています。これがたとえ4Sになろうと、想像を遥かに超えた危険度には変わりがありません」
「う……。はい、すいません……」
「それにセレンさんは元魔王ではないですか。彼女を部下に置いていること自体が、異例の事態なのです。……いいえ、セレンさんだけではありません。精霊であるルル様や元勇者であるゲイル様もそうです。カズハ様の元には常識では計り知れないレベルの仲間が集っております」
「なんか……そう言われるとヤバいよね、俺の仲間達って。誰が集めたんだ、こんな奴ら」
世の中は不思議なことでいっぱいだ。
俺的にはゲイルがそれなりに楽しそうに俺の城で生活しているのが不思議でたまらん。
「たとえ世界ギルド連合がカズハ様を魔王と認定したとしても、何も変わりません。街の人々が騒いでいたのは、恐らくカズハ様の件ではないような気が致します」
「え? マジで?」
もしそうだとしたら、滅茶苦茶恥ずかしい……!
なんか周りはみんな俺に注目してるとか、勘違いしちゃったみたいで!
「お父様は協議に向かう前に『帝国として発言を強めるつもりだ』と仰っておりました。アゼルラムス帝国は古の時代より勇者を輩出してきた伝統ある国です。その国を幾度となく救ってくださったカズハ様を最高ランクの危険人物扱いにし、帝国にも圧力をかけていた世界ギルド連合に、お父様も国民も不信感を抱いておりました。そのお父様の発言が棄却されたわけですから……」
「ああ、確かにそんなことが書いてあったな。俺を庇ってくれたのは親父さんだけだって。いや、でも迷惑かけちゃったなー。俺だけが狙われるのは全然構わないんだけど、アゼルライムスまで攻撃対象とかになったら俺が困るし……」
そんなことになったら、土下座したって誰も許しちゃくれないだろ。
俺の首ひとつで済む問題じゃない。
「その件については心配いらないと思います。あくまで表向きは『世界平和協定を脅かす存在』としてカズハ様を魔王に認定したのでしょうから。アゼルライムス帝国は世界平和協定の主要六カ国のうちのひとつですから、抗議の声を上げただけでその国を攻撃するということは重大な協定違反となります」
「協定違反になったらどうなるの?」
「違反を犯した国を、協定加盟国全てであらゆる面から制裁を加えることになります。経済制裁、軍事制裁……。最悪の場合は全加盟国の5分の4以上の賛成で魔術禁書の使用も認められています」
「マジで! それヤバくね! 魔術禁書なんて使ったらあかんだろ!」
「……」
……エリーヌが冷たい視線を俺に向けています。
はい。
俺、過去に二回も魔術禁書を使用しました……。
「……いや、待てよ。どちらにしろ、俺はこれからもずっと世界から嫌われるだろうから、むしろそっち方面に極振りしたほうが反作用の法則で世界は平和になるんじゃね?」
「反作用の……法則?」
……うん。
ごめん。なんか適当に言った。
「エリーヌの体内にある陰の魔術禁書を取り出したら、今ここにある火の魔術禁書と、それにユウリ達に預けている氷、気、闇の魔術禁書と合わせると……全部で五冊か。魔術禁書は全属性と同じ十二冊存在するから、残りは七冊」
「……まさか、カズハ様」
「うん。どうせだから全部集めようと思ってる。いちおう場所は知ってるから。俺、無駄に人生三周もしてないし。ていうか危ないだろ! 世界中で魔術禁書が使用OKになったら本当に世界戦争になっちまうよ!」
「……」
エリーヌは何も答えず、ただ俺の目をじっと見つめている。
……うん。
もしかして、俺が持っていたほうがよっぽど危ないとか考えているのかもしれない……。
「……分かりました。カズハ様がそう仰るのであれば、私は何も言えません。しかしそうなると、カズハ様を擁護しているアゼルライムス帝国の立場は更に悪化致します。今こうして私がカズハ様と行動を共にしていることも、皇女として相応しい行動ではありません」
「……そう……だよな」
何か言い返そうかと思ったが、エリーヌの言うとおりだった。
彼女が俺と一緒にいるだけで、アゼルライムスはどんどん窮地に立たされていく。
俺を庇ってくれている親父さんも、いつ何時命を狙われるか分からない。
ユーフラテス公国には世界最強と言われる聖堂騎士団がいるし。
ゲヒルロハネス連邦国は和漢の闇ブローカーと繋がっていることも分かっている。
――もう、ここらが潮時か。
「……エリーヌ。今まで本当にすまなかった。お前の呪いを解いたら、もう俺達は――」
「私、皇女を辞めます」
「…………はい?」
ヤバい。
俺、耳がおかしくなったみたい。
いやー、もう歳かな。
「お父様が六か国協議に向かうときに、何となく予感はしておりました。ですので、すでにお父様にお渡しするための手紙を宰相に預けてあります。お父様が城に帰ったときに、もしも私の姿が見えなかったら、それをお父様にお渡しするように、と」
「ちょ、ちょ、え? 何言ってんのエリーヌ? え? 手紙って……なんて書いたの?」
俺の質問を聞き、顔を真っ赤にして下を向いてしまったエリーヌ。
何この反応。
どういうこと?
「…………『お父様。申し訳御座いません。エリーヌは皇女を辞め、カズハ様と結婚致します』、と」
「…………」
無言。
俺は口が開いたまま停止。
「アゼルライムスは男女平等の国になったとはいえ、まだ同性婚は認められていません。しかし、国が変われば『法』は変わる。アックスプラント国はカズハ様の存在自体が『法』のようなもの」
「いやいやいや。ちょっと待って。落ち着こう、エリーヌ」
「カズハ様はあの日の夜、『責任をとる』と仰って下さいました。それに前世で私達は夫婦だったとも教えて下さいました」
エリーヌが決意の表情で一歩前へと歩み出る。
頬を染めて、それでも一生懸命に自分の気持ちを伝えようとしている。
……いやいやいや。
俺は今、女なんですけど!
心は男! 身体は女!
「私を正室として扱っていただければ、側室はいくらでも作っていただいて構いません。カズハ様の元には魅力的な女性が沢山おりますから。セレンさん、タオさん、ミミリさん。レイさんやルルさんだって……」
「ルルは犯罪になるからアカンやろっ! レイさんは論外っ!!」
エリーヌの暴走が止まらない……!
彼女の目には俺の仲間の女どもはみんな側室に見えてるのか……!
ないない! 俺をディスって楽しんでいるだけの部下だぞ! あいつら!
「……カズハ様は、私のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
潤んだ瞳で俺を見つめるエリーヌ。
やめて! そんな目で見ないで!
「好き好き! 大好き! 超好き! でも結婚とか言われるとちょっと躊躇しちゃうの!」
「何故ですか……? 好きな気持ちに性別など関係ないと、カズハ様が教えてくださったのですよ……?」
エリーヌの熱い吐息が俺の耳を攻め落とそうとする。
どうしよう……!
エリーヌの気持ちは嬉しいし、彼女は覚悟を持っているし……!
ここで受けなきゃ男じゃない!
……いや、今は女だから受けなくても大丈夫なのか!
どっちだー! もう分からないー!
「分かった! だからちょっと耳を攻めるのはやめて! 攻撃力高い!」
身を寄せるエリーヌを少しだけ引き離す。
危ない危ない。
意識が飛ぶ所だった……。
「……本当に良いんだな?」
「はい」
「……後悔しないな?」
「はい」
彼女の目は真っ直ぐに俺を見つめている。
俺は落ち着かない様子で目が泳いでいる。
「……魔王の妻になるんだぞ?」
「覚悟の上です」
「……世界中から命を狙われるんだぞ」
「もう何度もカズハ様が助けて下さいました。そして今も、これからも、私を助けようとしてくれています」
……。
こりゃ、絶対に引き下がらんな。
まあでも、だからこそ、俺はこのエリーヌを好きになったというわけだ。
彼女の意志の強さに俺は惹かれ、命懸けで戦い、わずかな間だけど夫婦になれた過去。
――もう、手放さないで済むのかな。
死ぬまで、彼女と一緒にいられるのかな。
俺はそっとエリーヌに手を伸ばす。
彼女も俺に合わせ手を伸ばした。
お互いの手と手が合わさり、どちらからともなく指を絡め合う。
そして俺は大きく息を吐いて、彼女にこう告げた。
「………………結婚、すっか」
「はい…………!!」
――戦乙女改め、魔王カズハ・アックスプラント。
女の身でありながら、アゼルライムス帝国第一皇女、エリーヌ・アゼルライムスと結ばれることとなる――。




