050 こんにちは。魔王カズハっていいます。以後、お見知りおきを。
アゼルライムス帝国、帝都アルルゼクト。
過去に俺が救えなかった首都であり。
そして何度も救った首都でもある。
「あー、ここに来るとなんか落ち着くなぁ。まあ一応、故郷だからなー。当然顔も割れてるし、コッソリ見つからないように城に忍び込むとして……」
俺が世界的な犯罪者として、世界ギルド連合から懸賞金をかけられていることはこの街の住人も皆知っているだろう。
だがアゼルライムス王は、この国を救った俺を英雄として扱ってくれている。
俺が『戦乙女』なんて言われ始めたのも、王が国民に発した言葉がそもそもの発端なのだ。
姫の命を救い、帝都を救い、精霊王を倒した。
そしてついに俺は魔王を倒し、世界に平和を齎した。
「……なのにどうして世界中のお偉いさんから命を狙われているんでしょうかね、俺」
結局、勇者だの魔王だの、人間族だの魔族だのは関係なかったってことだ。
極端に力を持つものは排除される――。
過去に精霊族がほぼ絶滅したのも、力を持ち過ぎたことが原因なのではないか。
そして今、魔族が絶滅し、人間族の時代がやってくる。
その未来を作ってしまったのは、この俺だ。
ホントごめんなさい。
でも反省はしていない。
ドン!
「おっと、ごめんよ姉ちゃん! おーい! 号外だ号外!」
「ん? 号外……?」
考えごとをしていた俺とぶつかったおっさんは、何か紙を落としていった。
あれ……? これってギルド公報じゃん。
まあいわゆる新聞みたいなやつ?
俺はそれを拾い、見出しに大きく『号外』と書かれているそれを読み始めた。
「ええと……『世界ギルド連合主要加盟国であるラクシャディア共和国、アゼルライムス帝国、ユーフラテス公国、ゲヒルロハネス連邦国、エルフィンランド、およびドベルラクトスの六カ国協議の結果、ラクシャディア共和国とユーフラテス公国、ゲヒルロハネス連邦国の三国は、新国であるアックスプラント王国の女王カズハ・アックスプラント(以下、戦乙女と明記)に対する危険を「3S」から「4S」に上げることを提案。これに対しアゼルライムス帝国の帝王ガロン・アゼルライムスは抗議の声を上げるも、エルフィンランド、ドベルラクトスの両国は様子見の姿勢を崩さなかった。以上により世界平和協定条約第三条第四項が発動。主要三カ国の権限と、これまでの戦乙女の破壊行動・不法入国・拉致・強盗および世界遺産の略奪、最大禁忌とされる魔術禁書の所持・使用、魔族の領域の領土略奪等の行為を、「過去に類を見ないほどの世界最大の危機」との判断により、戦乙女を第25代魔王と認定。魔王カズハにより領土内に監禁・強制労働を強いられているとされる《最果ての街》の住人の安否が気遣われる』」
…………。
なにこれ。
え? どういうこと?
「……『また各国に魔王の部下とされる使者が訪れ、ラクシャディア共和国の古代遺跡から略奪したとされる四つの神器や魔術禁書を用い、各国の外交官と交渉。一度は交渉に応じたゲヒルロハネス連邦国側だったが、世界平和協定条約に基づき交渉を棄却。エルフィンランドは何故か世界ギルド連合による情報開示請求を拒否。アゼルライムス帝国とドベルラクトスには使者は向かっていない模様。ラクシャディア共和国とユーフラテス公国は交渉の場に立たず、危険人物の不法入国としてこれに応戦。現在も交戦は続いている模様』」
…………。
なにこれ。
え? あいつら交渉決裂して戦ってるの?
うそーーーん!?
「いやいやいや。まあ、あいつらなら死ぬことはないから心配してないけど、問題はそこじゃない。……いや、問題だらけでこれもう訳わかんね」
活字を目で追ってたら目がショボショボしてきました……。
ええと、俺が魔王認定?
世界は俺を許さない?
危険度が『SSS』から『SSSS』になっちゃった?
ていうか『拉致』とか『強制労働』とか、俺の国はどんだけヤバいんだよ!
ブラック企業も真っ青だね!!
「……でも、よーーーく読んでみたら、別に書いてあることが大きく間違えている訳ではないから、すごく胸が痛い……」
うん。確かに全部身に覚えがある。
こいつはアカンやつや。
言い訳しようにもできない。
どうしよう。お腹痛くなってきた。
「……と、とにかく! エリーヌに会わないと!」
俺は人目を気にしつつ忍者のように街を駆け抜けていった。
◇
城の城壁を飛び越え、内部に侵入。
陰魔法の《隠密》でも使えればもっと楽に城内を探索できるんだけど、今の俺にはそれもあまり関係ない。
人間の目で追えるスピード以上で走れば誰にも見つかることはない。
ササッ! サササッ!
「……おっと。そうだ。忘れてた」
中庭にある庭園を過ぎようとしたところで重要なことを思い出す。
足を止めた俺はそのまま庭園の中央にある大聖堂の前へと向かう。
「……誰もいないよね」
周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認する。
そして大聖堂の前に悠然と立っている勇者オルガン像の前へと歩んだ。
「……ホント、ごめんなさい。古代の勇者のオルガンさん。貴方の後輩は勇者になったあとに、魔王になっちゃいました。いや、でも俺のせいじゃないと思うんだ。きっとこれは誰か悪い奴が仕組んだ陰謀なんです。俺は世界を支配しようとか、壊そうとか一切考えていないんです。ただ平和に楽しく生きていきたいだけなんです」
ちょっとだけ像の前で手を組み、懺悔をする。
うん。こんなもんでいいか。
じゃあ、その下に隠されてる火の魔術禁書を貰っちゃうね。
「うんしょ、うんしょ……。お、あったあった」
錆びた鉄の箱から火の魔術禁書をゲット。
後はエリーヌの部屋に向かって――。
「それを足元に置きなさい。大聖堂の前で一体何をされているのですか?」
「うわっ!」
いきなり声を掛けられて心臓が止まるかと思いました。
ていうかこのパターンって……。
「……あら? カズハ様……? どうして貴女がここに……」
俺の顔を確認し、安堵した表情に変わったエリーヌ。
何度も何度も同じタイミングでビックリしちゃう俺って一体……。
まあいいや。探す手間が省けた。
「うん。ちょっと過去で色々あってさ。今も色々あり過ぎて困ってるんだけど……まあそれはいいや。とりあえず俺の城に行こう」
「へ……?」
エリーヌの手を取り、その場を離れようとします。
一瞬躊躇ったエリーヌだけど、何も聞かずに俺の言うとおりに付いてきてくれるから可愛い。
「……この感触。やはり、何となく覚えております」
「覚えてる? 何が?」
二人で手を繋ぎながら、城の兵士達に見つからないように城を抜け出します。
まあエリーヌも《隠密》が使えるから、いざとなったら隠れちゃえば大丈夫なんだけど。
「上手く言えないのですが……。遠い遠い昔に、カズハ様のような方と出会って、いきなり唇を奪われて……。最初は嫌だったのですけれど、徐々に気持ちが変わっていって、そして最後には彼女に命を救われて……」
エリーヌはまるで思い出話でもするかのように語った。
……。
いや、待って。
もしかして、エリーヌが女の身体の俺でも好きになってくれたのって……。
……過去戻りしたときの俺のせい?
「不思議です。カズハ様とこうしていると、すごく懐かしくて、嬉しくて。夢の中では心に決めた男性がいたはずなのですけど、いけないと思っても自分の心に嘘は吐けなくて……」
とうとうエリーヌは涙を流してしまった。
夢の中の男性……。
それ完全にカズトやん!
お前、俺にエリーヌを取られてんじゃねぇよ!
……いや! いいのか!
どっちも俺だからいいのか!
……もうよく分かんない!!
うん。
まあエリーヌの性癖は良くも悪くも俺のせいだったってことが分かっただけでも良かったのかな。
ていうかタオ達も闘技大会やってる場合じゃないな。
魔王認定された女王の部下が人間族の大会に出てると知られたらエラいことになるだろうし。
ホントごめんなさい。
俺のせいでみんな魔族的な扱いを受ける羽目になるんですね。
いやー、困った困った。
というわけで。
エリーヌと手を繋ぎながら俺は頭を悩ませていたのでした。




