三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。
――再び二周目の世界にて。
真・魔王を倒した俺は途方に暮れています。
だってまた宝玉が転がり出てきたんだもん。
しかも今度は玉座からじゃなくて真・魔王の口から――。
「うーん……どうしたもんか……」
宝玉を手にしようかどうか悩んじゃいます。
同じことを二度繰り返しちゃうのもアホらしいし……。
「でもまあ……流石にもう、ないよね?」
誰が答えてくれるわけでもなく、ただ一人そう呟く俺。
時間だけが延々と過ぎて行きます。
意を決した俺はついに宝玉に手を伸ばしました。
すると一周目のときと同じように、俺の身体を眩い光が包み込みました。
ああ、今度こそ現実世界に戻れるんだ――。
随分と時間が経っちゃったけど、もう一度人生をやり直そう。
――そう思っていたんですけど、やっぱり駄目でした。
再び始まりの街『アゼルライムス』に戻ってきた俺。
「だあああぁぁぁ!! ったく!! 何度クリアすれば俺は元の世界に戻れるっつうんだよおおおおお!!!」
自宅のベッドから起き上がり叫びます。
あれだけ苦労したのに、また最初からやり直しかよ!
いくらレベルやアイテムを持ち越したって、意味ないじゃん!
俺は普通の高校生に戻りたいんだっつうの!
いい加減に開放しろよ! このクソ神様が!
「おやまあ、そんなに大きな声を出して……。それにカズハは女の子なんだから、『俺』なんて言ってはいけませんよ?」
そう言ったお母さんは、俺に背を向けて料理をし始めました。
……ん?
あれ、なんか今変なことを言われなかったか?
女の子……?
「……お母さん。今、何て言った?」
「あらあら。何を寝ぼけているのかしらこの子は。今日は王様に謁見する大事な日じゃないの。さっさと起きて、顔でも洗ってきなさいな」
「あ、いやそうじゃなくて……。今、俺のことを『女の子』って言ったよね。あと『カズハ』って誰……?」
「あらまあ、この子は自分の性別どころか名前まで忘れちゃったのかしら。今日の謁見は中止にしてもらった方がいいかも知れないわねぇ。王様に頭のおかしい子と思われたら大変だもの」
お母さんはそう言い、手鏡を俺に渡しました。
「ほうら、そんなに髪をボサボサにさせて。きちんと整えなさい。みっともない」
受け取った手鏡に視線を向けると、そこには一人の女の子が写っていました。
………………誰?
「はぁ……。あなたが男の子として生まれてきてくれたら、立派な勇者様になれたかも知れないのにねぇ」
そう言い残し部屋を出て行ってしまったお母さん。
一人取り残された俺は何度も鏡を見て自分の容姿を確かめます。
「どういうことなの」
手鏡を置き、体中を色々とまさぐってみます。
……うん。おっぱいらしきものがある。
小さいけど、確かにこれはおっぱい以外の何物でもない。
次に俺は下に手を伸ばしてみました。
……うん。アレが消失している。
どうしよう。アレが無いとおしっことかどうしたら良いんだろう……。
何度もまさぐり確認しても、無いものは無い。
「え? 無いってどういうこと? ごめん、意味が分からない」
俺の疑問に誰も答えてくれるはずもなく。
俺はただ放心状態になるばかり。
「…………どうしよう」
想定外にもほどがある。
二度あることは三度あるというから、ある程度覚悟はしていたつもりなのに。
いやでも、さすがにこれは無いっしょ。
だってアレが無いんだよ?
アレが無かったらアレとかアレとかどうしたらいいの?
「俺……女になっちゃったてこと……?」
どうしよう。マジどうしよう。
困るんだけど。誰に相談したらいいの?
いや、相談したところで解決しようもない気がする……。
こうなったらいっそのこと女として生きたほうが人生いろいろと楽しいかも知れない。
……。
………いや、無いだろ!
「どうすんだよ! 神様アホだろ! 一体俺に何の恨みがあるっつうんだよ! 二回も世界を救った勇者に対してこの仕打ちかよ! ふざけんじゃねぇよ!!」
半狂乱になり叫び、喚き散らしても何も反応は返ってこない。
俺は一旦深呼吸して、心を落ち着かせる。
大丈夫、まだ方法はある。
なんたってここは異世界なのだ。
性別が逆転するんなんて大したことはないさ。
……。
…………いや、大変なことだろっ!!
どうしよう。
でも意外に冷静かもしれない。
いや冷静とは言わないけど、二周目のときよりは今のほうがダメージが少ない気がする。
あの時はマジで神様をぶっ殺してやろうかと思ったくらいだから。
勇者辞めて魔王を目指そうと本気で考えたし……。
「まあ仕方ない。とりあえず、今の俺がすべきことは――」
周囲を見渡す。
窓はカーテンが閉まっているし、鍵も掛けてある。
お母さんは出掛けたし、扉の鍵を閉めれば誰も勝手に部屋に入ってこれない。
俺は高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、扉の鍵をかちゃりと閉めた。
「……」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
ヤバい。緊張してきた。
俺は今、一世一代の大勝負に出ようとしている。
大丈夫か。色々と大丈夫なのだろうか。
いや、心配など必要ない。
だって今の俺は女なのだから。
これは俺の体。だから俺がどうしようと誰に文句を言われる筋合いなど無い――。
「…………」
意を決し俺はベルトを緩め、ズボンを脱いだ。
続けざまに上着を脱ぎ、上半身を露わにする。
もちろんパンツも脱ぎ、生まれたままの姿になった。
――三周目の異世界で思い付いたのは、とりあえず裸になることだったのだ。
◇
「勇者は無理ぃ!?」
お母さんの言いつけを無視し、アゼルライムス帝王に謁見をした俺。
過去二度に渡る経験を元に効率的かつ迅速に行動したつもりだったんだけど……。
「すまんな。勇者の候補は男子のみとなっておるのじゃ。女子のおぬしでは勇者になることは出来んのじゃよ」
帝王にそう言われ、過去の記憶を遡ってみる。
確かに勇者になるのに必要な条件として『男であること』が必須だったような気がする。
そんな条件は最初からクリアしていたから、全然気にしていなかったんだけど……。
「で、でも俺……! ここにいる勇者候補の誰よりも強いはずです! 女だからといって、それだけで候補から外されるのは納得がいきません!」
周囲にいる勇者候補どもを指差し抗議の声をあげても、誰も賛同などしてくれない。
それどころか冷たい視線が男共から浴びせられる始末。
「おぬしの言いたいことも分かるが、これは決まりなのだ。何度も言うが、女では勇者にはなれん。諦めて家に帰るがよい」
帝王がそう言うと兵士が俺を強制的に外に連れ出そうとした。
ここで抵抗してもいいんだけど、スタートからいきなり問題を起こしたら後々厄介なことになる。
でもこのままあっさりと引き下がるわけにもいかない……!
どうにかして俺の力だけでも見せつけることができれば――。
「お願いです! どうかこの場で俺の実力だけでも証明させてください!」
「ええい、分からん奴だな! おい、早くこやつをこの場から追い出せ! ワシは忙しいのだ!」
王の命令で兵士たちが俺を羽交い絞めにして外に連れ出そうとする。
あ、ちょっと! 誰だよ今俺のおっぱい触ったの!
ぶっ飛ばすぞコノヤロウ!
暴れようかと思ったが、俺の理性がそれを制止する。
仕方がない……。 とりあえず今は家に帰ってもう一度作戦を練り直そう。
牢獄にぶち込まれるのも嫌だし。
◇
「あーあ。どうすっかなぁ……」
家に強制送還され、再びベッドに横になる。
まさか女として生まれてくることが、こんなにも大変なことだなんてなぁ。
この異世界が男尊女卑の世界だってことは何となく気づいていたけど、実際に女として生まれてきたらこんなに大変だなんて思いもしなかったよ……。
「まだまだ俺の知らねぇことっていっぱいあるんだなぁ」
急にやることが無くなってしまった俺は暇つぶしに空間をタップし、ウインドウを開くことにした。
二周目のラストで裏ボスを倒した俺は、ついに最高レベルであるLV.99に到達していた。
世界最強の武器である《咎人の断首剣》と《聖者の罪裁剣》もアイテム欄にそのまま入っている。
二周目の世界では隠しスキルとされていた『二刀流』までマスターしてしまった俺は、どう考えてもこの世界最強の剣士だろう。
次に所持金の項目をタップしてみる。
その額、なんと185743040G。
……もはやいくらなのかすら即答できない。数えるのも面倒臭い。
すでに二周目の中盤あたりで全アイテムをコンプリートしてしまった俺には、金の使い道なんてあるはずも無く。
モンスターを倒すたびに入るGはただの数値と化してした。
「ひい、ふう、みい……」
とりあえず暇なので数えてみる。
……。
…………。
………………約二億Gくらいありました。
ていうか、使い道あるのかな、これ……。