040 色々あったけど元の世界に戻れたからそれでいいや。
目を開けると眼前に不気味な森が広がっていた。
もう流石に色々と疲れたんですけど俺……。
「どうじゃった? 過去の旅は」
魔女婆さんがにぃっと笑って俺を出迎える。
一発くらいぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、そんな元気もない。
とにかく城に戻ってベッドで寝たい。
頭が痛いし、全身火傷もしているし、とにかくダルい。
「『どうじゃった?』じゃねぇよクソババア……。とにかくこれでもう終わりだろ? 早くおうちに帰りたいんだけど」
「ああ、構わんぞ。ワシも今回の一件でお前のことがよーく分かったからの。まあ大体予想通りの結果じゃったがな。……ほれ」
魔女婆さんは俺に向かい杖を振った。
すると俺の全身を覆っていた火傷があっという間に完治。
ボロボロに破けた黒い服も修繕された。
「……あのさぁ。それ、一体何の能力なんだよ。俺を過去に飛ばしたり、時間を巻き戻したり……」
「ふぉっふぉっふぉ。これは失礼。まだ名乗っていなかったかの。ワシは『時を司る魔女』。名をメビウスという」
時を司る魔女メビウス……。
……。
なんか、今ピンときたんですけど……。
「あの……もしかして、俺が今までの人生でずーーっと、ずーーーーっとループしちゃってるのって、もしかして婆さんの能力が関係してる?」
もしもそうだとしたら、俺はこの婆さんを殴る。
確実に。
「さすがに気付いたか。じゃが待て。その拳を仕舞ってワシの話を聞け。最近の若者は物騒でいかん」
「やっぱお前が元凶かよ! 殴る! ぜってぇに殴る!」
頭に血が上った俺は婆さんに掴みかかろうとする。
が、あっけなく俺の動きを読んだ婆さんはそれを避け、空中に浮かび上がり静止した。
「待てと言っておろう。おぬしの身に降りかかったのはちょっとした不幸なのじゃ。もちろんワシの本意ではない」
「どういうことだよ! ていうかちょっとした不幸ってなんだよ! 他人事だと思って!」
俺は地面に落ちている石を拾い婆さんに投げた。
婆さんは無表情のまま石を杖で払い除ける。
「じゃから聞けと言っておろう。これはワシと魔族との長年の確執が原因なのじゃ。それにおぬしが巻き込まれただけの話じゃ」
「確執?」
石を投げるのを止めた俺は婆さんの話を聞こうとその場で胡坐を掻いた。
一応聞いてやろうじゃないか。
婆さんの言い訳を。
「そのためには、まずはワシが何故ゆえ『魔女』と呼ばれているのかを話さなければならぬな。結論から言えばワシは魔族と精霊族のハーフ――。ワシのこの『時を司る能力』は、太古の昔より伝説とされてきた能力なのじゃよ」
◇
以下、婆さんの説明より抜粋。
太古の昔。
まだ精霊族が全盛期だった頃の時代。
激化する精霊族と魔族との戦争、いわゆる『精魔戦争』のときに精霊族の女と魔族の男との間に生まれたのがこの魔女婆さん――メビウスだった。
彼女は生まれながらにして『時を司る能力』を持っていた。
言ってしまえば『突然変異』のようなものだ。
魔族に宿る驚異的な魔法遺伝子の力と、精霊族に備わっている属性強化の力が重なり、こういう変異が起こってしまったとかなんとか。
その辺の説明はあまりよく分からなかったので割愛します。
精魔戦争が終わり、精霊族はほぼ絶滅。
魔族が世界を支配する暗黒時代に入るわけだけど、当然異質なメビウスは魔族から命を狙われ。
彼女はこの能力を使い、執拗な追手から逃げ続ける毎日を送っていたわけだ。
時間を操ることができるということは、つまり自身の若さを永遠に保つことが出来る。
婆さんは何度も自分自身に能力を使い、何百年とこの世界を生きてきたんだって。
ちなみに今は婆さんの姿でいるけれど、若い姿に飽きたから渋い年寄りの格好でいるのが今は好きなんだそうです。
どうでもいい情報ー。
で、問題なのはここから。
徐々に人間族が力を付け、精霊族の生き残りが力のある人間に精霊の力の一部を与える儀式――。
つまり『勇者の儀』が始まった頃から、人間族と魔族との争いが激化。
初代勇者であるオルガンと当時の魔王との戦いはお互いの相討ちにより決着がついたのは歴史の授業で習ったのを覚えています。
で、それから更に100年くらい経って、俺がこの世界に転生してきました。
そのちょっと前に、当時の現職魔王と魔女メビウスとで和解のための会談があったんだと。
でもそれは魔王の罠で、メビウスは時を操る力が蓄えられた『あるもの』を魔王に奪われちゃったんだって。
……もう気付いたよね。
そう。それがあの『宝玉』。
魔王を倒したら出てくる、あの忌々しい金の玉です。
魔王はメビウスの能力を恐れていた。
だから彼女を騙し、その能力の根源である宝玉を奪い取り、誰にも奪われないように自身の体内に封印した……というお話でした。
◇
「……」
「なんじゃ、その顔は。まだ何か分からないことでもあるのかの」
いつの間にかお茶を啜り、まったりしている婆さん。
「……ということは、アレですかね。俺は完全にその、婆さんと魔王との確執だか騙し合いだか知らんけど、それに巻き込まれてループしちゃっただけなんですかね」
「ああ。そういうことになるな」
「軽い! 俺の人生狂わせといて、言葉が軽い!」
思いっきり唾を飛ばしながら怒鳴りつけました。
どうせ皺くちゃの顔だから唾くらいかかったって構わないだろ。
「じゃから初めから言っておいたじゃろう? ワシはおぬしに『感謝をしている』と。過去に飛ばしたのも、おぬしが抱えている過去の『闇』を少しでも軽くしてやろうと思ったからじゃ」
「う……。まあ、確かに色々とヒントもくれてたし……。でもよ! 俺そんなこと一言も頼んでねぇし! 勝手に人の心の中をこねくり回して、挙句の果てに世界まで滅亡させて――」
「滅亡させたのはおぬしがワシの忠告を聞かんかったからじゃろ」
……完全に論破されました。
いや、でもさ!
俺って走り出したら止まらない暴走列車だから、仕方ないじゃん!
「それと忘れたか? おぬしの失った得意属性を復活させてやるという話を。過去の世界で火の魔術禁書と陰の魔術禁書を手にし、それを魔法遺伝子研究施設の教授に渡しさえすれば、おぬしは再び魔法が使えたのじゃぞ」
「あ……」
……すっかりその話、忘れてました。
いや、でもさ!
あの状況でそんなことまで頭回るわけないじゃん!
エリーヌを助けることだけで精一杯だったんだし!
「……あれ? でも、この世界に存在する火の魔術禁書と陰の魔術禁書を使えば……?」
俺が使用した二つの魔術禁書は、どちらも1周目の世界で手に入れたものだ。
ということは、まだこの世界には二つとも魔術禁書が残っている。
「ほう。そこに気付けるのであれば、まだ馬鹿とは言えんかの」
「……『馬鹿』は地味にショックだから言わないで」
婆さんを睨みつけ、考える。
火の魔術禁書はまだオルガン像の下に眠っているはず。
陰の魔術禁書もエリーヌの体内に封印されたままだから、彼女に事情を話してゲヒルロハネスの研究施設に連れていって手術で取り出してもらえばいい。
体内に魔術禁書が眠っていると周囲に知られたら、どんな輩に命を狙われるか分からないし。
取り出せる方法を知った今、すぐに取ってもらったほうが良いだろう。
「さっそく城に帰ってゼギウス達に相談してくるかぁ。……ていうか、俺が過去に行ってた間、こっちの世界はどれくらい時間が進んでるの?」
向うには何週間も居たわけだけど、もしも同じ時間が流れてたら――。
「心配せんでも大丈夫じゃ。おぬしがここに来た時と、ほぼ時間は過ぎとらんわ。何度も言っておろう。ワシは『時を司る魔女』じゃぞ?」
「……あそう」
頭を掻き、俺は立ち上がる。
そして婆さんに礼を言い立ち去ろうとしたところで、後ろを振り向く。
「? どうした? 行かんのか?」
「婆さんはこれからもここにいるのか?」
「ああ。邪魔じゃと言われても、ワシの居場所はこの暗い森しかないからの」
「ふーん。じゃあ、来るか? 俺と一緒に」
俺は特に笑顔をするわけでもなく、婆さんに手を伸ばした。
こんな危険な婆さんを放置しておいたら、またどんな悪さをされるか分かったもんじゃないし。
「ワシを仲間にすると……? 言っておくが、これ以上おぬしのために時を遡る力を使うつもりはないぞ。それにワシは静かな場所で暮らすのが性にあっておる。何百年と一人で暮らしてきたのじゃからな」
「うん」
「……それに、ワシは魔族と精霊族のハーフじゃ。人間のおぬしと共に生きるには、あまりにも違い過ぎる。生きてきた時も、環境も、考え方も」
「うちにも元魔王と精霊がいるよ。あとはドワーフと馬鹿ばっかりだけど。全員、環境も考え方も違う奴らばかりで、誰も俺のこと尊敬してくれないの」
「……」
話が噛み合っているのか、いないのか。
微妙な表情で俺を見つめている魔女婆さん。
でももう、俺の心は決まっている。
「……まったく。おぬしには敵わんな。後悔しても知らんぞ」
「うん。行こう」
そう軽く返事をした俺は、にぃっと満面の笑みを零した。
『時を司る魔女メビウス』――。
さらに仲間が増えた俺は、久しぶりに城に帰還しまーす。




