038 過去も未来も全部まとめて救っちゃいます。
「……でさ、セクハラ爺さん」
「誰がセクハラ爺さんだ。これから大事な手術を始めるのだから話しかけないでもらえるかな」
魔法遺伝子研究施設の奥にある手術室。
そこの手術台に寝かされている俺とエリーヌ。
すでに麻酔が効いているのか、エリーヌはすやすやと寝息を立てて俺の横で眠っている。
「いや、だから、どうして俺だけ上半身裸にされてんのか教えてくれますかね。どう考えてもセクハラだろこれ」
手術を受けるエリーヌももちろん衣服は脱がされているけど、手術用の布みたいなのを被せてあるし。
何故にドナーの俺だけ裸のままなんですか。
殴るよ。
「すいません、カズハさん……。貴女の全身に付着させた媒体術符から極めて微量であろう陰属性を検出させるためには、どうしても衣服が邪魔になってしまいますので……」
セクハラ爺さんの代わりに説明してくれるユリィ。
確かに俺の上半身のいたるところに小さなお札みたいなのが貼られている。
このお札みたいなのを貼っておくと、俺の体内に存在する(かもしれない)陰属性に反応し、拒絶反応を起こさずに手術が上手くいくのだそうだ。
「そういうことだ。何度も言うが、私は君の身体に興味などない。興味があるのは、君の中に存在する魔法遺伝子だ」
「どちらにしてもキモイ。いいからさっさとやっちゃって」
「……話しかけてきたのは君の方なのだが、まあいい。始めよう」
セクハラ爺さんの言葉でユリィが機材を動かし始める。
まあ彼女も手術の補佐をしてくれるみたいだし、きっと大丈夫だろう。
「……あ、俺もだんだん眠くなってきた」
エリーヌと同時に麻酔を投与されたけど、俺のほうが効き目が遅いみたい。
たぶん魔力量の違いとか、その辺が関与しているんだろうけれど。
「絶対に成功させます。だからカズハさんはゆっくりとお休みになってください」
「うん。信じてるぜ、ユリィ――」
――そして俺はそのまま微睡の中に。
◇
夢を、見ている。
海底の底で、俺は膝を抱えて丸くなっていた。
周囲を見回すと色々な形の魚が泳いでいるのが見えた。
……いや、違う。
あれは魚じゃない……?
楕円と菱形のそれらは泳ぐ魚のようにユラユラと動いている。
白と黒の菱形は交互に連なっているものもあれば、同色同士で寄り添っているものもある。
それらの中で無色の楕円は群体を作らずに、海底の底に沈んでいた。
ユラユラと泳いで見えたのは、白と黒に挟まれて強制的に泳がされていたものだけだった。
俺は抱えていた膝から手を放し、無色のそれらに手を伸ばす。
楕円のそれは弾力があり、手触りは心地良かった。
だが、生命を感じない。
白や黒のように、活発に動いているものが見当たらない。
強制的に泳がされているもの以外は全て朽ちていた。朽ち果てていた。
――そうか。俺はこのまま死ぬのか。
何故か、そう考えた。
その瞬間、『死にたくない』と思った。
まだやりたいことが沢山残っている。
永遠に生きたいなんて思わないけれど、もっともっと仲間との時間を過ごしたいと思った。
ルル。タオ。セレン。
グラハム。リリィ。アルゼイン。レイさん。
ユウリ。デボルグ。ルーメリア。エアリー。ミミリ。ゼギウス。
――――エリーヌ。
その瞬間、光が差し込んだ。
朽ちたはずの無色の楕円が動き出す。
俺の手から離れた楕円は海流に乗り、一点を目指して泳ぎ始めた。
目を凝らして見てみると、そこに紫の輝きが見えた。
その輝きに導かれるように、無色の群体が周囲を囲む。
――やっぱ俺って運がいいな。
その紫の意味を理解した俺は大きく息を吐き、笑った。
さあ、もう目覚めよう。
過去の悲劇と未来の惨劇を救うために――。
◇
「あー、良く寝たー」
久しぶりの快眠。
大きく伸びをして起き上がる俺。
「カズハさん……!」
「あ、エリーヌ。おはよ……おぶっ!?」
寝起きの挨拶を言おうと思ったら、いきなり抱きつかれました……。
い、息が……出来ない……!
「起きたか、カズハ君。見てのとおり手術は成功だ。まったく、すごい運を持っているな君は」
「カズハさん……! 本当に、本当に、ありがとうございます……! 私……私……カズハさんが心配で……! もしも私のせいでカズハさんが死んでしまったらと思うと、怖くて、怖くて……!」
『今死にぞう……。息できにゃい……』
「あっ、ごめんなさいっ!」
慌てて俺から離れたエリーヌ。
おっぱいに顔が挟まれて窒息死するところだった……。
恐るべし! エリーヌおっぱい!
「これが摘出した陰の魔術禁書です。本当に、成功して良かったです……」
目に涙を浮かべてエリーヌから摘出したばかりの魔術禁書を俺に見せるユリィ。
うん。確かに陰の魔術禁書だ。
これがあれば、全てが上手くいくはず……!
「術後二週間は絶対安静だ。エリーヌ君もはしゃぎたい気持ちは分かるが、早く横になりなさい」
「は、はい……。嬉しくて、つい……」
セクハラ爺さんに言われ、素直にベッドに横になったエリーヌ。
確かにこんなモンが体内に封印されていて、それを摘出したんだからかなり体力を消耗しているだろう。
「……あ、でも……魔王軍襲来まで時間が無いので、帝都に戻らないといけないのですよね? カズハさん」
「ううん、それはいいや。俺一人で戻って、カズトにこの魔術禁書を渡してくる」
そう言いながら俺はベッドを降りた。
「……それだと、また『歴史』が変わってしまうのではないですか?」
俺の言葉に疑問符を投げかけるユリィ。
「いや、大丈夫だと思う。魔女婆さんが言ってたんだ。『そんなに簡単に大きく歴史は変わらない』って。 だからこの陰の魔術禁書をカズトに渡しさえすれば、未来の世界の崩壊は防げる……と思う」
「そうですか……。エリーヌ皇女のことはお任せください。この研究施設で、何があっても彼女をお守りします」
まっすぐに俺の目を見てそう答えてくれたユリィ。
『何があっても』という部分を強調したのは、彼女なりの覚悟の表れなのかもしれない。
どうしてそこまでしてくれるのかは分からないけれど、未来のユウリにも似たところがあるし。
俺も人のこととか言えないし。
「うん。じゃあ、ちゃっちゃと終わらせてくるわ」
魔術禁書を受け取り、俺は三人に挨拶をして研究施設を後にした。
そして、再びアゼルライムス帝国へと――。




