037 魔法遺伝子共有者(ドナー)って何ですか。
半日かけゲヒルロハネス連邦国へと到着した俺はユリィに会いに行くため魔法都市アークランドを目指した。
もちろんエリーヌをお姫様抱っこしたまま海を走って渡りました。
「やっべ……! これギリギリじゃね? 早いとこユリィに会って事情を説明しねぇと……!」
「ブクブクブク……」
エリーヌが出発からずっと泡を吹いたまま気絶している。
休ませてあげたいのは山々だけど、もうちょい我慢して。
「あ……見えた! 魔法都市アークランド!」
眼前に巨大な都市を確認し、俺は速度を緩めることなく走る。
「おいエリーヌ! 着いたぞ! 起きろ!」
「……え? あ……ここはどこですか……? 私は誰ですか……?」
……駄目だ。混乱しとる。
無理もないか。
まあいいや。このまま魔法研究所まで連れていっちゃおう。
◇
「おーい! ユリィー!」
研究所の扉を開け、彼女の名を叫ぶ。
俺の声に驚いた施設内の研究員たちが一斉に俺に注目した。
「……君はカズハ君ではないか。どうしたのかね。そんなに慌てて」
集まってきた研究員の背後から現れたのはあのセクハラ爺さんだった。
俺の姿を見てニヤリと笑った爺さんを一瞬殴りそうになったけど我慢。
「ユリィはいるか? ちょっと急ぎの用件があって――」
「一体何の騒ぎですか? ……って、カズハさん! どこに行かれていたのですか! 探したんですよ……! 急に居なくなってしまうから、心配して……」
俺の姿を発見したユリィは安堵のため息を吐いた。
確かに何も言わずに出ていったのは悪かったけど、今はそれどころじゃない。
「後ろにいる女性は……。……! まさか、エリーヌ皇女殿下……!」
「へ……? あ、はい。そうですけれど……」
エリーヌに気付いたユリィの言葉に研究員たちにどよめきが走る。
ええい、面倒臭い!
俺達には時間がないっつうの!
「とりあえず説明すっから、どこか個室を貸して! 野次馬どっか行って!」
噛みつかんばかりの形相で野次馬どもを退けさせ。
俺とエリーヌ、ユリィとセクハラ爺さんで話し合いをすることにしました。
もう面倒臭いから全部説明しちまおう。
今更隠したってどうにもならないだろうし。
◇
「……にわかには信じられんな。どう思う? ユリィ君」
一通り説明したけど、やっぱすぐには信じてもらえないっぽい。
ていうか俺の説明が下手すぎるのかも知れないけど。
「『世界のループ』、『過去戻り』……。それに魔王軍の襲来と、皇女の体内に封印された魔術禁書……。確かに前者はとんでもない話ではありますが、太古の錬金術師の間で実際に研究されてきた内容でもあります。それにカズハさんが嘘を言っているようには見えません」
「ユリィ……!」
やっぱユリィに相談して正解だった!
もう俺、お前のこと大好き!
「私の身体の中に陰の魔術禁書が封印されていたなんて……。でも、確かに小さい頃の記憶で、お母様と二人で大きな神殿のような場所に行って、分厚い書物を読まされた覚えがあります。その後何故か気を失ってしまって……。あのときの書物が陰の魔術禁書だったのかもしれませんね」
声を殺すように、しかし冷静にそう話すエリーヌ。
それが本当に魔術禁書だったのかは定かではないが、もしもそうであれば、エリーヌに呪いをかけた人物は――。
「とにかく。時間が無いのだろう? 私達に相談に来たということは、その魔術禁書を取り出して欲しいということだろう」
「そう、それ! 出来るの!?」
「体内に取り入れたということは、もちろん取り出すことも可能です。ですが、取り出すための『条件』が現実的には不可能な『条件』となっています……」
セクハラ爺さんの代わりにユリィがそう答えた。
不可能……?
それは困る!
「マジで! 何とかならないのかよ!」
「無茶を言うな。恐らく皇女に封印されている魔術禁書は魔法遺伝子レベルで人体と同化している。それが死を迎えた瞬間、抑えられていた陰の属性が解放され、再び『禁書』という形で具現化されるという仕組みだ。これを取り出すには、まず陰属性を所有している魔法遺伝子共有者が必要だ」
魔法遺伝子共有者……。
……って、なに?
「しかも対象が『魔術禁書』ともなれば、それに見合った陰属性を保有している魔法遺伝子共有者……。つまりもう一冊の陰の魔術禁書か、それに非常に近い強大な魔力が必要になります。しかし、この世界に陰の魔術禁書は一つしか存在しない。それが皇女様の体内にあるのであれば、決して取り出すことは出来ないということになります」
「そんな……」
ユリィの非情な言葉にエリーヌが肩を落とした。
もう一冊の陰の魔術禁書を手に入れる……?
そんなん無理やろ!
時間だって無いし、そもそも陰の魔術禁書を手に入れるにはエリーヌが死なないと無理なんだし!
「ああ……! もうどうしたら良いんだよ! ドナーっていうのになろうにも俺の陰属性は消失しちまってるし、陰の魔術禁書を使ったことはあるけど、もう手元に持ってるわけじゃねぇし! ていうか持ってたらこんな面倒なことしないでそれをカズトに渡したらそれで終わりだし!」
「……え?」
「何……だと?」
何故か俺の言葉に同時に反応したユリィとセクハラ爺さん。
うん?
俺、今なにか変なこと言ったか?
「……カズハさん。一つ質問させて下さい。貴女が『陰の魔術禁書を使ったことがある』というのは本当ですか?」
「うん」
「……カズハ君の体内には確かに陰属性は消失しているが、得意属性の『型』が消失しているわけではない……。これは以前に私が検査している」
「あ、そうなんだ」
……。
…………え?
「つ、つまり……どういうことですか」
緊張して声が震えちゃいました。
なんかセクハラ爺さんもユリィも俺達に聞こえないようにコソコソ話をしているし。
「……結論から言いますね、カズハさん。カズハさんが魔法遺伝子共有者として協力して下さるのであれば、エリーヌ皇女の体内に封印されている陰の魔術禁書を、取り出せるかもしれません」
「え? マジで!」
「ほ、本当ですか……!」
同時に声を上げる俺とエリーヌ。
「だが、『確実に成功する』かは分からない。カズハ君の体内にある陰の魔法遺伝子がひとかけらも残っておらずに完全に消失していたら、手術は失敗する」
「し、失敗するとどうなるのでしょうか……?」
セクハラ爺さんの言葉に溜らずエリーヌが反応する。
「……失敗すれば、魔法遺伝子共有者……つまりカズハ君の命は魔術禁書の暴走により尽きるだろう。具体的に言えば、体内の魔法遺伝子が『型』ごと破壊され、カズハ君は死亡する」
「そ、そんな……!」
三人は厳しい表情で下を向いてしまった。
つまり結構難しい手術ってことだな。
「カズハさんに陰の魔法遺伝子が残っているか、検査では分からないのでしょうか……?」
「今の研究技術ではまだ無理だ。人体には何十兆という数の魔法遺伝子が存在している。それを一つ一つ確認するなど、広大な砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すことに等しい」
万事休す。
……でも、別に俺にとったら万事休すでも何でもない。
「あー、諸君。何をそんなに気落ちしておるのかね」
「……」
「……」
俺の言葉に皆が無言で顔を上げた。
「成功する可能性はゼロじゃないんだろう? ていうか何十兆も魔法遺伝子があるんだったら、一個か二個くらい陰属性が消失せずに残っててもおかしくないんじゃね?」
「だが君は陰の魔術禁書を使用したのだろう? 『魔術禁書を使用した者は、その代償として対応する属性を消失する』――。これは古の知勇アーザイムヘレストの書記にも書かれていることだ」
「そのアーザイムなんとかっておっさん、あれだろ? 魔法遺伝子の研究のために何十万っつう魔族を実験材料にして惨殺させた奴だろ? 俺、嫌いなんだよねそいつ。だからそいつの書記とか信用しない」
胸を張り、自信満々にそう言いました。
でもみんな目を丸くしたまま何もコメントしてくれません。
「……まさか、カズハさん」
「うん。だからちゃちゃっと手術しちゃってください。俺がその魔法遺伝子共有者っつうのやるから」
「何を言っているのですか……! 今の話を聞いていなかったのですか! 命を落とすかもしれないのですよ……!」
エリーヌがすごい怖い顔で俺を怒鳴ります。
そんな顔も可愛い。
さすがは俺の嫁。
「……責任は取れんぞ。だが、やるからには研究者として全力を出す」
「教授……! 駄目ですよ! こんな危険な手術、私は認められません!」
セクハラ爺さんに反論するユリィ。
俺のことを心配してくれているのがすごい伝わってくる。
どんだけ俺のことが好きやねん。
過去でも未来でも変わらないな、お前。
「二人とも。大丈夫だから。俺、めっちゃ運がいいから。運だけで生きてるから。だからきっと成功する」
俺は満面の笑みで二人にそう答えました。
そしたら何故か二人とも泣き出しそうになってやんの。
――命を軽々しく考えてなんていない。
俺が死んだらきっと、皆が悲しむと思うから。
だから、俺は絶対に、死なない。
「というわけで! 時間が無いからさっそくお願いします!!」
再び歴史の節目が訪れるまで、残り半日――。