三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず法を犯すことでした。
「あらよっと」
『グアアアアァァァ!!』
「アチョーー!」
『ギャギャンッ!!!』
最果ての街を出発した俺達は順調に山道を進んでいく。
このペースだったら魔王城まで二日くらいで到着するかもしれないな。
タオも意外と戦えるし、ぜんぜん足手まといになっていない。
でもさっきからチラチラとチャイナ服から生足が覗いてて、青少年の教育上良くない気がしますね。
「あ、そうだ。タオ」
目の前のモンスターを真っ二つにしつつ俺はタオに質問する。
「な、何アルか! 戦闘中にっ!!」
『ゲエエエェェェ!!!』
回し蹴りでモンスターを吹き飛ばしたタオは、すごい形相で俺を睨みつけました。
そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃん……。
「今夜の晩飯の材料どうしよう。この辺ってあんまり食える物手に入らないんだよね」
「くっ……! こ、こんな時に晩飯の話なんてしている場合じゃ……どりゃあ! はぁっ!!」
『グワアアァァァ!!』
『ギャギャギャンッ!!』
深く身を屈めたタオは短刃拳で一体目の急所を的確に狙い。
そのまま身体を反転させて背後に襲い掛かってきた二体目も撃破。
「……戦うのか喋るのか、どちらかにしたほうが良いですよ。お二人さん」
俺とタオの間に隠れていたルルが顔を出して注意してくる。
「それは……! そっちのふざけた女剣士に言うアルよ!」
『ギャアアアァァァ!!』
「誰がふざけた女剣士だっつの。ほい、ほい、ほいほい」
『ギャンッ!!』
『グエエェェェ!!』
『キャキャンッ!!』
『グオオォォォ!!』
タオがもう一体のモンスターを倒している間に、俺は四体のモンスターを同時に仕留めた。
ていうか多いな。断末魔の叫びがウルサ過ぎる……。
「相変わらず馬鹿みたいな強さです……。この近辺のモンスターは最強クラスだというのに、どうして四体同時に撃破なんて出来るのでしょうか……。しかも鼻をほじりながら……」
「馬鹿は余計だ。馬鹿は」
「だあああ! もう! カズハが真面目に戦わないから、こっちは調子が狂うアル!」
ついに発狂してしまったチャイナ娘。
でもこれは俺のせいではない。
幼女が余計な口出しをするからだ。
うん。きっとそうだ。
「こうなったら……! ――真空は、我に仇名す刃とならん! 《ウイング・ブリザード》!」
一旦後方に引いたタオは風魔法を詠唱した。
次々と襲い掛かるモンスターの群れに風の刃が突き刺さる。
うわー、痛そう……。
「なかなかの魔力ですね。盗賊にはもったいないくらいです」
「『元』、盗賊アル! 今は立派な料理人アルよっ!!」
今度はルルに対し発狂したチャイナ娘。
落ち着け。相手は幼女だ。
俺なんか普段もっとヒドイことを言われているから、もう慣れたぞ。
――とまあ、そんなこんなで順調に進んでいったわけで。
◇
出発から半日が過ぎました。
思っていた通り、予定よりもペースが早くて俺も驚いてます。
この調子だと明日の深夜くらいには魔王城に着いちゃうかもしれない。
これもタオのおかげだな。
「はあっ……はあっ……! ちょっと……休ませてくれないアルか……!」
「私も足がパンパンです……」
俺のだいぶ後方でチャイナ娘と幼女が肩で息をしている。
危ないから離れるなって言ってあるのに。まったく……。
「カズハのあの体力は……一体どこから湧いてくるアルか……?」
「私にも分かりませんが……。普通の人間でないことは確かですね」
何やらコソコソと内緒話をしている二人。
どうせ俺の悪口だろ。
いいもん。グレてやるから。
「おーい! 早くここまで来いよー! 置いていっちゃうぞー!」
尻を振りつつ二人を煽ってみます。
悔しかったら早く俺に追い付いてみろ。
「……相変わらず馬鹿にしてるアルね」
「……いつか魔物に喰われてしまえばいいんですよ」
すごい形相で俺を睨みつける二人。
何を言っているかは聞こえないんだけど、さすがに怖いので尻を振るのを止めました……。
だって眼力が凄まじいんですもの!
ようやく俺に追いついた二人に笑顔を振りまくも、顔を背けられました。
いいもん。どうせ俺に友達なんていないもん。
でも一応、謝っておこう……。
「ほら、そんな怖い顔をしていないで二人とも。もうすこしで領土の境が見えるから、そこで一休みしよう?」
少し声を高めにして可愛らしく言ってみました。
……うん。
もっと怖い顔で睨まれました……。
「……だから、どうしてカズハはそんなことを知っているのですか?」
「そうアルよ。まるで一度魔王城に行ったことがあるみたいに」
「ぎくり」
タオの鋭い突っ込みに冷や汗が流れてしまいました。
どうしよう。なんて言い訳しよう……。
「もしかしたらカズハは、一度魔王を倒したことがある勇者とかじゃないアルか?」
「ぎくり!」
……タオさん。
それはもう鋭いとかじゃなくて、完全に当たっちゃってるから。
予想屋もビックリだよ……。
「タオ。さすがにそれは無いですよ。勇者と契約を結ぶ精霊である私でさえ、聞いたことがありませんから」
「そうアルよね。勇者と契約を結ぶ精霊であるルルちゃんが知らないとか……知らない、とか…………え?」
硬直するタオ。
彼女をきょとんとした顔で眺めるルル。
「どうかしましたか? タオ」
「あ、いや……あはは。なんか今、聞き間違えちゃったみたいアル。疲れているアルね……。ルルちゃんが精霊だなんて、そんなわけ――」
「精霊ですよ。精霊ルリュセイム・オリンビアといいます。『ルル』とはカズハが勝手に付けたあだ名です」
幼女が俺を指差す。
一応、俺はウインクをして返しました。
そしたら脛を蹴られました。
「精霊ルリュセイム・オリンビアって……。最果ての街の守り神じゃないアルか」
「はい。そうです」
「ルルちゃんが?」
「はい。精霊をやらせていただいています」
「……」
完全に混乱してしまったタオ。
仕方ない。
ここは俺がビシッと説明してやるか。
「あー、ええとな、タオ。こいつは俺が捕まえたんだ」
「……捕まえた?」
もはや俺の言葉をそのまま返すしかできないタオ。
「うん。最果ての街の南に『精霊の丘』ってあるだろ? そこにいたルルを俺が捕まえました」
「……」
ついに考え込んでしまったタオ。
そして彼女は震える声でこう言いました。
「ちょ、ちょっともう一度整理させて欲しいアル。『精霊ルリュセイム・オリンビア』といえば、人間族の希望と言われている、勇者を生み出すために必要な神様みたいな存在アルよ? 魔王城に近い最果ての街が守られているのも精霊様のおかげアル。その神様を……捕まえた?」
「だーかーらー、さっきからそう言ってるだろ。俺の陰魔法の『緊縛』で捕まえたんだっつうの」
幼女の首や手足に装着された拘束具を指差す俺。
はぁ、と溜息を吐いた幼女は優しくタオの背に手を置いた。
「……こういう人なんです。お互い苦労しますね、タオ」
「あ…………。ああ…………」
ルルに背中を擦られながら蹲るタオ。
どうした。お腹でも痛いのか。
「…………この馬鹿カズハああああああああぁぁぁ!!」
「痛い痛い痛い! やめて! 服伸びるからやめて!」
急に起き上がったタオは泣き叫びながら俺の胸倉を掴みました。
落ち込んだり叫んだり、忙しい奴だな!
「どうしてくれるアルかああぁぁ!! このままじゃ私も重罪人にされるアルよ!!」
「え? 重罪人?」
ルルに視線を落とすと、彼女もうんうんと頷いている。
確かに精霊を勝手に捕まえたら怒られるだろうとは思っていたけど……。
え? これって重罪なの……?